初めて月に着陸し、人類史に大きな一歩を残した米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画から半世紀が過ぎた。NASAは新たな「アルテミス計画」で再び月面に宇宙飛行士を送り込む予定だ。一方、中国も2030年までに自国民を月に着陸させる計画で、米中の競争は月でも過熱している。(時事通信社ワシントン支局 樋口悠)
対抗心むき出し
「われわれは中国との宇宙開発競争の真っただ中にある」。NASAのネルソン長官は2023年8月8日、南部フロリダ州のケネディ宇宙センターで開かれた記者会見でこう強調した。さらに、水の存在が期待される月の南極への着陸を米中ともに目指していることに言及し、「中国が先に到達することは望んでいない」と対抗心をむき出しにした。
ネルソン長官はその理由について、「地球上での中国の行動を見てほしい」と説明。南シナ海で領有権を巡る争いがある南沙(英語名・スプラトリー)諸島を一方的に実効支配したことを挙げ、「南沙諸島と同じように、(月面でも)ここはわれわれのものだ、出て行け、と主張するだろう」と、中国による月資源の独占に警戒感を示した。
1972年のアポロ17号を最後に人類は月から遠ざかっているが、米国は25年までの月面再着陸を目指している。アルテミス計画は22年11~12月に第1弾ミッションが行われ、月周回軌道に無人宇宙船を投入することに成功。これまでの宇宙探査で培った経験に能力、そして豊富な人材と、NASAが世界で先行している事実に疑いの余地はない。
しかし、アルテミス計画はその後、遅れ気味だ。有人の宇宙船を月周回軌道に送る第2弾ミッションの実施は、24年5月に予定されていたが同年11月にずれ込み、さらに遅れる可能性もある。月面着陸を目指す「本番」の第3弾ミッションが予定通り25年に実現できるかも見通せない。
米国を追い越す可能性
巨額の費用がかかる宇宙開発は、政治に左右されやすい。歳出抑制を求める野党共和党が下院の過半数を支配する中、NASAの今後の予算確保は一筋縄ではいかなさそうだ。また、24年の大統領選の結果次第ではアルテミス計画自体が白紙となりかねない。
一方、共産党独裁体制の中国では、米国のように予算を巡って議会に振り回されることはない。習近平国家主席による「宇宙強国」の号令の下、着実に宇宙開発技術を発展させている。
23年5月には「30年までに中国人の月への初上陸を実現する」と発表。これまでの無人から有人へと、月探査を加速させる方針を掲げた。米宇宙軍のニーナ・アルマーニョ中将は「中国がわれわれに追い付き、追い越す可能性は大いにある」と中国の進歩に目を見張った。
協調の場から対決の舞台へ
冷戦期の宇宙開発競争は米国と旧ソ連の間で繰り広げられた。しかし、旧ソ連崩壊後、国際宇宙ステーション(ISS)の建設ではロシアが米国と協力するなど、宇宙開発は国際協調の場となった。ロシアのウクライナ侵攻後、地球上では米ロの対立が激化しているが、宇宙では協力関係を維持している。
これに対し、中国は独自の宇宙ステーションを建設したほか、アルテミスと同様に月面に基地を設置する方針を打ち出した。地球だけでなく、宇宙でも米国との対決姿勢を鮮明にしている。
米中ともに批准している1967年発効の宇宙条約では、月の領有権を各国が主張することを禁止しているが、資源開発に関してはあいまいな部分が多い。このため、「早い者勝ち」とならないような月探査の国際的なルール作りを求める声も専門家からは上がっている。
平安時代の「竹取物語」からジャズの定番曲「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」に至るまで、古今東西の地球人を魅了してきた月は、今や激しい国際競争の舞台となっている。
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