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決死!水没からの脱出訓練◆離島防衛の中核「日本版海兵隊」見てきた【自衛隊探訪記】

2023年08月21日07時30分

 南西諸島防衛の中核部隊で、「日本版海兵隊」とも呼ばれる陸上自衛隊の「水陸機動団(水機団)」。記者は本部のある陸自相浦駐屯地(長崎県佐世保市)を訪ね、沈没した水陸両用戦闘車などからの脱出訓練を取材した。死の恐怖と戦うハードなトレーニングをリポートする。(時事通信社会部 釜本寛之)〔末尾に動画あり〕

 【自衛隊探訪記】

オスプレイやLCACで迅速展開

 水機団は、離島の防衛や奪還を想定した部隊で、2018年に発足。いざというときには、ヘリから洋上に降下してゴムボートで島に潜入したり、輸送機「オスプレイ」や海自のホバー式揚陸艇「LCAC」で上陸したりして任務を遂行する。主力の水陸機動連隊は2個連隊からなり、ほかに偵察や教育、水陸両用の装甲戦闘車「AAV7」を運用する部隊などがある。

 水機団には現在、約2400人が所属するが、24年春には1個連隊が増強され、3000人規模になる予定だ。異名の基になった米海兵隊とは、共同訓練を通じ、連携が深まっているといい、藤村太助副団長は「発足5年で『先生と生徒』から『パートナー』に成長できた」と語る。

水中に落下、さらに180度転覆

 取材したのは、「ダンカー」と呼ばれる緊急脱出訓練。全長50メートル、最も深いところで5メートルの水深がある訓練用プールに、AAV7やCH47輸送ヘリの胴体部分を実寸大で再現したコンテナ型の「ユニット」を沈め、そこから脱出するというものだ。

 訓練は、➀ユニットが傾くことなく、真下に水没➁90度傾き、横倒しで水没➂上下さかさまに水没ーの3パターンで実施。AAV7やCH47に任務で搭乗する隊員は訓練修了が義務付けられ、修了後も、2年に1度は履修を繰り返す必要がある。

目と閉じたまま、感覚で外に

 ゴボ、ゴボゴボゴボ。勢いよく流れ込んだ水の重さもあってか、隊員6人が乗り込んだユニットは、みるみる沈んでいった。モーター音が聞こえたかと思うと、天地が一瞬でひっくり返る。➂の上下逆さまに水没するパターンだ。

 数十秒後、1人目が水面に浮上。最後の6人目が水面に顔を出すまで、さらに約2分かかった。6人は「緊急呼吸装置(EBS)」という小型の酸素ボンベを使用しているが、息遣いは荒く、激しくせき込む隊員もいた。

 シートベルトを外し、EBSを装着、脱出用ハッチから外に出るー。訓練では、脱出までの一連の流れを、目を閉じた状態で行う。本当に水没した際には、AAV7の破片や漏れた油などが目に入り、失明する恐れがあるためだ。隊員の一人は「視界がなくても脱出できるよう、『この座席位置ならハッチの取っ手は75度の方向だ』などと分かるようになるまで構造を頭にたたき込む」と話す。

冷静さと信頼関係がポイント

 ハッチを開ける係や脱出する順番は、座った場所で決まっている。➂の上下逆さまパターンでは、左右2列に座った6人のうち、右後方の隊員がハッチを開け、右列が脱出し終えてから、左列がユニット外に出るーといった具合だ。

 脱出の順番が回ってきた隊員は、次の隊員に合図し、方向を指示してから外に出る。取り残された隊員の有無を把握できなくなる事態を避けるため、順番は厳守。目を閉じたまま、じっと動かず順番を待つ恐怖は、いかばかりか。訓練を終えた直後の岡崎健一1曹(36)は「今日は3番目だったが、最後の時は本当に怖い。酸素切れの不安もあり、とにかく長く感じるが、ただただ、他の隊員がベストの行動をしていると信じて待つ」と語る。

 ➀の真下に沈むパターンでは、上部の非常用ハッチをみなでタイミングを合わせて押し上げて脱出➁の横倒しで沈むパターンでは、海底側になる席に座った隊員から脱出し、海面側の隊員は、シートベルトで宙づりになったまま順番を待つーだそうだ。EBSの酸素は数分しか持たず、パニック状態になれば、あっという間に酸素がなくなる。訓練を指揮する倉富隆1等陸尉(38)は「目を閉じてユニットごと回転すると、平衡感覚を失いがちだが、その状態でいかに冷静に行動できるかがポイント」と語る。

新人養成もハード

 プールの一角では、新人隊員の基礎訓練も行われていた。参加者は、ユニットを使った訓練に入る直前の段階にあるといい、「ストレッチャー」という回転するイスに固定された状態で、逆さまにプールに沈められていた。

 ある若手隊員は数分たっても脱出できず、足をバタバタさせたところで救助された。「EBSのマウスピースがどこにあるか分からなくなったのでしょう」(指導教官)。悔しさからか、若手隊員の目に涙が光っているように見えた。

 基本訓練は約5週間。ボート操作やヘリ降下、足ひれを使った泳力強化などに始まり、「水中で1分間息を止められる」「逆さまの姿勢で水中で30秒耐えたあと安全報告ができる」などの基準をクリアしながら、段階的に進む。記者もストレッチャー訓練を受けるかどうか聞かれたが、➀10メートルの潜水ができる➁息止め1分➂着衣水泳50メートル以上などが参加条件。とても無理だ。

「最低」の乗り心地?

 訓練の取材後、AAV7に搭乗できる機会があった。AAV7は、操縦手、機銃手、車長の3人のほかに、後部乗員席に約20人を乗せることができる。記者が座ったのは、車長席。立ち上がって上部ハッチから車外に顔を出すと、エンジンが回り始めた。舗装路では非常に滑らかに走行。未舗装でも揺れは少なく、大きな水たまりも全く問題としなかった。地上では最高時速72キロで走るという。

 車長席の乗り心地は悪くなかったが、後部乗員席は「暑いし、暗いし、最低」なのだそうだ。硬い鉄板のシートからは、背中やお尻に振動がじかに伝わり、窓のない閉鎖空間を照らすのは、小さなランプだけ。空調はないに等しく、オイル臭もするという。

 水上での乗り心地は「陸上に輪をかけて悪い」という。水上での速度は時速13キロ程度。高圧ポンプで取り込んだ水を後方から噴出するウオータージェットで進むが、ベテラン隊員は「どんなに訓練しても船酔い者続出。乗るには覚悟が必要」と話す。

隊員「率先してきつい道を」

 有事に備え、厳しい訓練を続ける隊員たち。ロシアのウクライナ侵攻や緊迫感を増す台湾情勢に、「出動の現実味」を感じる機会が増えたという。印象に残ったのは「部隊の特徴」を問うた際の隊員の答えだ。「楽な道ときつい道があるとして、必要なら全員が迷わずきつい道を選ぶ部隊です」

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