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『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』(カナダ・ギリシャ)【今月の映画】

2023年08月12日12時00分

デヴィッド・クローネンバーグ監督

究極のSDGsと人間性回復の軌跡

 これは究極のSDGs(持続可能な開発目標)映画だ!―作品を見終わった時、そう確信した。『ザ・フライ』(1986年)や『クラッシュ』(96年)など、数多くの問題作を世に問うてきたカナダの鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督の最新作。強烈な映像と奇想天外な展開に振り回されそうになるが、その根底にはクローネンバーグ監督の崇高な人間愛、そして地球愛がしっかり刻まれている。(時事ドットコム編集部 宗林孝)

『ザ・フライ』では実験の失敗によってハエ男になってしまう科学者の悲劇が、『クラッシュ』では自動車事故に性的興奮を覚えていく男の姿が描かれた。今作の主人公の人物像も、自身の体内で発生した新たな臓器にタトゥーを施し、人前で取り出して披露する「パフォーマンスアーティスト」というクローネンバーグファンが狂喜するに違いない設定なのだ。

 人間が“痛み”を克服して、体を人工的な環境に適応するよう“進化”させられるようになった近未来が舞台。それに対して、変化を恐れるあまり進化をコントロールしようとして躍起になる当局―。そんな状況の中、手術担当のパートナー、カプリース(レア・セドゥ)と共にカリスマ的人気を誇るパフォーマーのソール(ヴィゴ・モーテンセン)がある日、ラングという名の男(スコット・スピードマン)に呼び止められる。ラングから、8歳の息子ブレッケンの遺体を解剖してみないかと提案され、興味を覚えるソール。ブレッケンはプラスチックを食べ、消化できる特殊な臓器を持っていたが、それを恐れた母ジュナに殺されたというのだ…。

 ソールらの手術パフォーマンスをはじめ、目を背けたくなるようなシーンの連続で、2022年のカンヌ国際映画祭で上演された際には、途中退出者が相次いだというのも納得できる。しかし、ソールの咀嚼(そしゃく)や嚥下(えんげ)を支援する装置「ブレックファスター・チェア」の骨のようなもので装飾された背もたれが、横から見るとまるで恐竜がソールの後頭部にかみついているかのように見える点など、どこかユーモラスな部分もちりばめられていて、映画全体のグロテスクさを和らげている。ソールが愛用する「オーキッドベッド」や、パフォーマンスで使う解剖モジュール「サーク」も精密機械なのに生物的な生々しさを持ち合わせている。

 この作品で重要なのは、こうした芸術的な映像美だけではなく、登場人物一人ひとりが発するせりふの中身にある。例えば、ラングが息子ブレッケンについて熱っぽく語るシーン。「変化すべき時だと体が告げた。技術の進歩に合わせて進化すべきなんだと。食料は産業廃棄物。それが人間の運命だ。その現代の食物であるプラスチックを消化できる器官を持った最初の子だったんだ。人類の素晴らしい未来はここに存在し、この世界と調和するのだ」

 この言葉で印象的な冒頭シーンの意味がようやく理解できる。さびた船が横たわる海岸に流れつくごみをスプーンで一心にあさるブレッケン、そしてそれを嫌悪の目で見詰めながら叱責するジュナ。ラングとその仲間たちは手術によってプラスチックを消化する能力を獲得したが、ラングとジュナの息子はその能力を先天的に受け継いでいた。つまり、地球上を暴力的な勢いで覆い尽くそうとする廃棄物の問題と食糧不足を一気に解決しうる希望を秘めた“奇跡の子”だったのだ―。

「自分の体に起きていることが気に入らないから体を切り刻んでるだけだ」と告白するソールは、体内で新たに生まれた“自分自身”を尊ぶラングたちとの出会いで考え方を変えていく。そしてソールとカプリースは美しい少年の遺体の解剖を始めるが、その中には母ジュナが予言したような「宇宙」が広がっているのか…。

※8月18日(金)より、東京・新宿バルト9ほか全国公開

(2023年8月12日掲載)
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