会員限定記事会員限定記事

のび太がつくった「光学迷彩」◆体を着替え、心を自在化?SF世界を現実に【時事ドットコム取材班】

2023年08月19日08時30分

 まるでSFの世界のような発明品を次々に生み出す科学者がいる。「人間拡張工学」を専門とする東京大先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授だ。分身、合体、超感覚、果ては幽体離脱も研究対象という教授の原点は、人気漫画「ドラえもん」に登場するのび太くんのようだった少年時代にあった。(時事ドットコム編集部 太田宇律)〔動画あり〕

 【時事コム取材班】

人間を「拡張」せよ!

 2023年7月下旬、東京・駒場の先端研にある研究室を訪ねた。キッチンやお茶の間もある研究室内には、そこかしこに何かの試作品らしきものが並んでいる。「これは床の圧力を検知する装置、これはドローン、あっちは金魚すくいを体験するVR装置」と研究員。なぜ電子ピアノやドラムセットがあるのかを尋ねると、「6本目の指や3本目の足で弾けるかテストするため」と言う。

 指や足を増やすと、何ができるようになるのか。研究テーマの「人間拡張」について尋ねると、稲見教授の口から出たのは、ドラえもんの映画の話だった。

 「地球ではスポーツが苦手なのび太も、重力が小さい星では、まるでヒーローのように活躍できるんです」。のび太の能力が変わらないのにヒーローになれるのは、能力というものが、実は、自身に備わったもののみでは決まらず、取り巻く環境の影響を受けるから。そうであれば、環境を変えることで、まるで服を着替えるかのように、能力を着替えることができるのではないかー。

 
人間の身体と環境の双方を拡張することで、より自在な社会を目指す。それが人間拡張工学だという。高齢になっても、少年の体になって孫と遊んだり、ハワイにいるロボットを自分の体のように動かして浜辺で砂のお城をつくったりできるような世界が、稲見教授の考える「自在化社会」だ。

恩師に渡された「攻殻機動隊」

 稲見教授の名を世界的なものにしたのは、1999年発表の「光学迷彩」だ。何度もアニメ化された人気SF漫画「攻殻機動隊」に登場する透明化技術を実現したそれは、自転車の赤い反射板に使われる「再帰性反射材」でできた服に景色を投影すると、姿が消えたように見えるというもの。その場で実演してもらうと、教授の着たポンチョが透明になり、背後の本棚が見えた。現在、車の運転中に死角となるダッシュボードや窓柱を透明にする技術を開発中だそうだ。

 人生を変えるきっかけともなった攻殻機動隊との出会いは、大学院時代。当時研究室の助手だった前田太郎・阪大大学院教授に「自分と議論したければこれを見なさい」と、コミックと映画版のビデオを渡された。当初は驚いたが、今なら、その意図が分かるという。「工学系の研究は『どうやってつくるか』の探究で、『何をつくるか』をあまり意識することがない。『何を』のヒントを提示してくれるのが、フィクションなんです」

 そのフィクションについては、「多くの作家が世の中を観察し、『こんな技術があったら面白い』『こんな発明が生まれたら世の中はどうなるんだろう』と思考実験をしてきたようなもの」と話す。あるSFアニメの制作陣から、「99%の科学と1%のファンタジー」をスローガンに作品をつくっている話を聞いたことがあるといい、「SFからヒントをもらって実現した科学技術が、今度はSFにリアルな影響を与えたらうれしい」と熱を込める。

将来は翼も?背中から生える腕

 稲見教授が23年に発表した「自在肢(JIZAI ARMS)」は、リュックのように背中に背負えるロボットアームユニットだ。最大4本まで増やせるアームは、装着者とは別の人物が、同じ形をした小さな人形を動かすことで操作する。教授が身に着けた自在肢は、机の上に置かれた小さなぬいぐるみを3本の指で器用につまみあげ、スムーズに教授の手に乗せた。

 装着者が肩の動きで直接操作できるようにする研究も進んでおり、腕の代わりに翼やドローンを取り付ける構想があるという。「人間に翼が生えたとき、人間の脳はどこまで直感的に動かせるのか。研究が進めば、生身の人間には不可能な『超人スポーツ』が次々に生まれるかもしれない」と語る。

のび太のようだった少年時代

 SF世界を次々と現実にしようとする稲見教授の原点は「運動が苦手で、のび太そっくりだった」という少年時代にあった。

 「地元の野球チームでは、四球かデッドボールでしか出塁した記憶がありません。逆上がりもなかなかできず、『どうして自分の体は思い通りに動かないんだろう』とずっと疑問に思っていました」と回顧。「自分のところにドラえもんは来ないけど、未来の道具のようなものをつくりたくて、科学館によく遊びに行っていました」と話す。

 転機になったのは、中学生だった84年に行われたロス五輪の開会式。噴射装置を背負った人間が自由に空を飛ぶ姿に、「まるでタケコプターみたい。自分もあんな技術の開発にかかわりたい」と心を奪われた。大学生時代の93年に開発した、腕に電気刺激を与えることで、存在しないものを触っているかのように感じることができる「バイオフィードバック装置」が人生初の発明だったという。

見えてきた「心の自在化」

 教授には、研究を通じ、新たに見えてきたことがある。「体を自在化することで、心も自在化できるのではないか」というアプローチだ。

 ロボット実験を例に説明してくれた。VRゴーグルを身に付けた人間の隣に、その人の動きを忠実に再現するロボットを立たせ、ロボットから見える映像をゴーグルに映し出す。そんな実験を行うと、ゴーグルを装着した参加者は、たいてい手元を見るそうだ。「目に映るのはロボットの手で、隣を見ると自分がいる。そうすると、幽体離脱してロボットに乗り移ったかのように感じるわけです」

 
海外では、こうした感覚が、心に変化をもたらすという研究結果が報告されているという。バーチャルリアリティーを使って自分が黒人になったかのように感じさせると、黒人への差別感情が薄れたり、アインシュタインの姿になったと思わせると、成績が少しだけ良くなったり。「いずれ心も自由に着替えられるようになれば、人間をストレスから解放することもできるのではないかと考えています」と語る。

ドラえもんは来ないから

 まるで千手観音のような見た目の自在肢をつくった際、教授は「仏罰が当たらないだろうか」と京都の三十三間堂を訪ねたという。僧侶の答えは「利己のためにするのはいけないが、利他のためならきっと許されるでしょう」というものだったそうだ。

 「最先端の研究に倫理面の検討は不可欠。どんな技術も、将来悪用されることは、あり得ない話ではない。思いもよらない方法で使われたときにどう対応するかも、継続的な課題です」。自戒を込めるように話した教授に、取材の最後、かつての自分と同じように「発明」に憧れる子どもたちへのメッセージをお願いした。

 「欲しいものがあったとき、誰かがつくってくれるのを待つのではなく、簡単なものでもいいから形にしてみましょう。工夫を積み重ねていけば、いつかそれは自分だけではなく、世の中にとって、もしくは誰かにとって、すてきなものになると思います」

◆◆◆稲見昌彦(いなみ・まさひこ)◆◆◆ 東京大先端科学技術研究センター教授。1972年生まれ、東京都出身。東京工業大生命理工学部卒。99年、東京大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。電気通信大教授、慶応大教授などを経て、2016年から現職。東京大総長特任補佐、先端科学技術研究センター副所長を兼務。

時事コム取材班 バックナンバー

話題のニュース

会員限定



ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ