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「物語」描く和光のショーウインドー 時代を映し、心を動かす仕掛け【銀座探訪】

2023年08月13日08時00分

 銀座を歩いていると、洗練された大小さまざまなショーウインドーに目を奪われる。中でも4丁目の角に立つ「セイコーハウス銀座(旧和光本館)」のディスプレーは、日本一有名な交差点を見下ろす時計塔とともに「銀座の顔」と称されてきた。特徴ある優美な弧を描くウインドーは街に開かれた“舞台”として、70年以上にわたって、単なる商品展示を超えた「物語」を、銀座を訪れる人々に届けている。時代を映し、見る人の心を動かす仕掛けとは―。

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街の人を楽しませる

 セイコーハウス銀座は、1881年に創業した服部時計店(現セイコーグループ)の新店舗として1932年に完成した。ネオルネサンス様式の重厚な建物は、戦後、進駐軍に接収され米兵向けの売店として使われた時期もある。接収が解除された52年に、服部時計店の小売り部門を主体に設立した「和光」がここで営業を始めた。

 「和光のウインドー」は、この時からスタート。「銀座を訪れるすべての人々をもてなす」というコンセプトを一貫して掲げてきた。「当時の取締役の言葉です。単に物を売るだけでは社会に貢献できないというのは、今では当たり前の考え方ですが、会社を辞めてから工芸家になったような人だから、アートの力を理解していたのではないでしょうか」。こう話す和光デザイン部の武蔵淳部長(56)は、2000年からアートディレクターとして展示を手掛けている。

 和光のショーウインドーは、季節や行事などに合わせて年10回ほど展示替えをする。今年の年間テーマは「#vividtime(鮮やかな時間)」。5月下旬から約1カ月半、巻き貝をモチーフにしたディスプレーで夏を先取りした。波の音が聞こえてくるような大小の白いオブジェが、夜はほのかにライトアップされ、海中に漂うかのようだ。

成長する緑のディスプレー

 東京都心の気温が37.5度を記録した7月半ば、ウインドーの入れ替え作業が行われた。その取材に出向いたのは、街にネオンがともり始めた頃だが、4丁目の交差点は昼間と変わらぬにぎわいだった。

 午後7時、時計塔の鐘が鳴り、和光が閉店すると全館で展示の入れ替えが始まった。交差点に面した中央ウインドーは幅8.1メートル、高さ2.4メートル、奥行き1.5メートル。中に入ると、表から見た印象より狭く感じられる。

 植物をふんだんに使った新しいディスプレーはSDGs(持続可能な開発目標)がテーマ。モンステラ、スパティフィラム、ツピタンサス、クテナンテ、ルドベキアなど多彩な観葉植物と鉢花で埋め尽くされていくウインドーは、アンリ・ルソーの絵画に描かれたジャングルのように見える。緑色の再生ポリエステルのゴムを天井からつって26本の木に見立て、「A」から「Z」までのキーワードでまとめた和光のSDGsの取り組みの頭文字を飾った。「UPCYCLING(アップサイクリング)」の「U」の文字にはレザーの端材で作ったキーホルダーなどの小物をさりげなく展示。水と土と植物で発電する仕組みを使ったイルミネーションも施して「夏のクリスマスみたいに見えたら面白い。ウインドーが毎日少しずつ変化していくのもいいかな」と武蔵さんは思い巡らせる。

 展示が完成したのは、晴海通りを大型トラックがごう音で行き交い、新しい一日が動きだした翌朝5時半ごろだ。展示期間中は時計塔も緑にライトアップ。通常のディスプレーと違って植物のメンテナンスが欠かせないが、ウインドーの緑が灼熱(しゃくねつ)の銀座に涼を運んでいる。

心を動かすウインドー

 武蔵さんは大学で空間デザインを学び、1990年に和光に入社。エンターテインメント性のある斬新な展示で時代をリードしていた同社のアートディレクターの八鳥治久さん(1936~2019年)の下でウインドー作りを学んだ。2000年に八鳥さんの後を任されたが、当初は迷うことも多かったという。

 手応えを感じたのは、01年9月の米国同時多発テロに触発されて作った翌年正月の展示。平和への祈りを込めて、2002本の鍵で世界地図を作った。「ウインドーに手を合わせる人や、じっと見入る人がいた。作品としてどうだったかは別として、そういうメッセージ性を出していいのだと思いました」。東日本大震災の時には、空っぽの真っ白いウインドーに「あなたの今の思いを、聞かせてください。」と書いた。

 最も大きな反響があったのは、16年のクリスマスの展示だ。「ニューヨークやパリのウインドーを見に行くと、クリスマスの時期には子どもが楽しめるものが多い。日本でもやってみよう」と、プレゼントを楽しみに待つクリスマスの朝の幸せな時間を、重なり合って寝そべるシロクマの親子で表現した。

 「PLEASE DO NOT DISTURB(起こさないでね)」と書かれたボタンを押すとベルが鳴り、シロクマが薄目を開けて首を上げ、また寝るという仕掛け付き。「起きたらもったいない、ダラダラしたい、という気分をユーモラスに表現したら、たくさんの人が来て、子どもが喜ぶのを見た親も喜んだ。和光はやや高級な物を扱っているので、こういうかわいらしい表現を思い切ってできなかったけれど、すべての人をもてなすというコンセプトに立ち返ればいいのだと思いました」

銀座らしさと時代性

 武蔵さんが常に意識するのは銀座の表通りにあるという公共性。「銀座の街には、物が分かっている人がたくさんいて、和光に対する期待も高い。今は外国人も増え、言葉を使わないコミュニケーションの手段として有利だと思っています」。海外の有名ブランドのディスプレーも日常的にチェックし、「世界的な基準の表現に対して、銀座という街にいるローカルな店としての表現を考える」と言う。

 とはいえ、バブル時代とは街の空気も人々の意識も大きく変わった。「八鳥の時代は、いろんなものをフィクションの中に閉じ込めても、みんなが夢を見ることができた時代だった。僕の世代はハイカルチャーより、サブカルチャーやストリートカルチャーを志向していて、ファンタジーの持ち方がだいぶ違う」と武蔵さん。「バブル期の浮ついた気分では引っ張れない時代性を感じる。何のためにこれをやるのかという社会的な意義を問われている」と受け止めている。

 「銀座の顔」の重責を担って20年余り。「まだ見たことのないものを、できそうな気がすると思ってやるわけですけどね…」。深夜の和光店内で淡々と語った武蔵さん。8月17日からの新しいウインドーはがらりと趣向を変え、「新しい季節への予感、新しいファッションをまとった自分へ思いをはせるような表現」を考えているそうだ。(時事通信編集委員 中村正子、カメラ・入江明廣 2023年8月13日掲載

(2023年8月13日掲載)
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