四方を海に囲まれた海洋国家日本。領海に近づく外国軍艦を監視し、不審な船舶がいないかを確かめるため、海上自衛隊は航空機による警戒監視を行っている。記者は監視訓練を取材する機会を得た。今稿では、海自で長く使われる「P3C哨戒機」の運用現場を紹介し、次稿で、試験運用が進む大型無人機「シーガーディアン」を取り上げる。(時事通信社会部 釜本寛之)
そんなに遠くの船体番号まで見えるとは…「無人機シーガーディアン」◆警戒監視の今(下)【自衛隊探訪記】
汎用(はんよう)性高いマルチ機
2023年6月13日、P3Cの搭乗員を養成する千葉県の海自下総航空基地を訪れた。P3Cは米国製で、海自では1978年に調達が始まり、川崎重工がライセンス生産する。「サブマリンハンター」の異名を持ち、船舶の哨戒のほか、敵潜水艦の探知、攻撃が主任務。輸送や観測、救難などマルチな業務をこなせる汎用(はんよう)性もあり、世界各国で導入されている。
老朽化が目立ち、国産哨戒機「P1」への置き換えも進む古株だが、探知能力は十分。レーダーや赤外線カメラ、音波や磁気を探知する各種装置で、洋上から水中まで目を光らせる。全長約35.6メートルの機体は、最大4910馬力のエンジンを計4基備え、最大速力は時速730キロ。飛行距離は最大7000キロで、日本ーシンガポール間を無給油で飛行できる。
いよいよ出発、急上昇で空へ
今回、基地を訪ねたのは、そんなP3Cの訓練飛行への同乗が許されたためだ。(※機内の撮影は禁止で、内部の写真は海自提供です。また、取材中に岐阜市の陸自射撃場で発砲事件が起き、降機後すぐに東京に戻ったため、下総基地では写真を撮影できませんでした。外観写真は後日、シーガーディアン取材で訪問した海自八戸基地で撮影したものなどです)
気象状況やルート、任務や注意事項をクルー全員で確認して意識統一する「頭合わせ」をし、いざ、日本海上空へ。当初は房総沖を飛ぶ予定だったが、雲が多いため急きょ変更された。
運航を担うのは、正・副操縦士と機器をチェックする機上整備員の計3人。エンジンを一つ一つ起動するごとにプロペラが回り、振動が増していく。最大時速730キロは、決して速いとは言えないが、その分ゆっくり目標を監視できるメリットがあるそうだ。
離陸時、コックピットの中に入れさせてもらった。下総基地の滑走路は長さ2250メートル。一般的な民間空港より短いが、上昇性能に優れるP3Cは難なく上昇し、約10分後には高度約3200メートルに達した。
広い機内に探知機器満載
機内は小型旅客機ほどの大きさがあり、かなり余裕がある。飛行は通常11人編成。操縦席の後ろには、各種データを見て指揮を執る戦術航空士と通信員が陣取る。機体後方には、レーダーや、熱源を探知する赤外線暗視装置、潜水艦の航行で生じる磁場の乱れをつかむ磁気探知装置(MAD)、電波情報を解析する電波探知装置(ESM)などがずらりと並ぶ
紹介すべきは、やはり、海中に投下して潜水艦のスクリュー音をとらえる音響探知機(ソノブイ)だろう。機体下に48本搭載されているほか、機内にも置き場があり、任務によっては100本以上搭載することもある。機内からの投下は手作業で、重さ10キロ以上あるソノブイを一つ一つ投下機にセットする機上武器員は中々の重労働だという。
専門の音響分析員は2人。パラシュート投下したソノブイで海中の音を拾い、音の方向などから、潜水艦が潜んでいる場所を絞り込む。 一度探知すれば徹底して追跡する「しつこさ」が真骨頂だ。
ちなみにソノブイは使い捨て。「潜水艦チェックポイントの海峡などでは、大量に沈んだソノブイが魚のすみかになっている」という。
船見つけると急降下、連係プレーで監視
機体は1時間足らずで日本海上空に到達。以前取材したガメラレーダーのある佐渡島が見えた。戦術航空士らが見詰める画面には、船を示す光の点が10以上映っている。この光の点を、一つ残らず目視で確認していくという。海域によっては、一回の任務で百隻以上をチェックすることもあるそうだ。
「10時方向、日本漁船1」「3時方向、貨物(船)」。双眼鏡で船影を確認した搭乗員の声が響くたびに、上空約1000メートルから150~300メートルの監視高度まで急降下を繰り返す。実際の任務では、必要に応じ、高度数十メートルの低空まで下がることもあるという。記者は低空への降下も体験したが、かなりのG(重力加速度)を感じ、みるみる迫る海面に冷や汗が出た。
船の周りを何度も旋回し、搭乗員が、船番号や国籍の書かれた船尾や船の側面などを、望遠レンズ付きの一眼レフカメラで写真に収めていく。「もう少しバンク(傾斜)取ってください」「ちょっと高度落として」。撮影はパイロットとの連係プレーだ。
画像はその場で拡大して分析。不審な点があれば再度撮影したり、追跡したりする。デジタルカメラの登場で、その場で確認できるようになったが、フィルム時代は基地に戻って現像する必要があった。ある搭乗員は「当時の撮影手は、実際に現像されるまで、無事撮れているかどうか胃が縮む思いだった」と話す。
違和感を見逃すな
船のチェックポイントは多数ある。無線で船舶情報を知らせる「船舶自動識別装置(AIS)」のスイッチを入れているか。AISの登録情報通りの船種か。船名や番号が書かれていなかったり、表記が薄れていたりした場合は要注意だ。
「視界不良時や、赤外線画像で監視する夜間でも識別できるよう、搭乗員はさまざまな船のシルエットを頭にたたき込んでいる。各国軍艦などを特集した雑誌は格好の教科書で、擦り切れるほど読む」とベテラン搭乗員。 防衛省は人工知能(AI)の活用も検討しているが、「人間の目だからこその気付きがある」と話す。問題なさそうな貨物船を「念のため」真上から確認し、ロの字型に並べたコンテナで四方を囲って隠された軍事物資を発見したり、 何時間も同じ場所で動かないヨットに違和感を覚え、急病で動けなくなっていた人を見つけたりしたこともあるという。
「漁船で言えば、例えば、積まれた漁具が海域や漁期に適しているかや、帰路にもう一度見た際に獲物が増えているか。そういった細かい部分のチェックが不審船の発見につながる」。そう語ったベテラン搭乗員は「経験を積むと、怪しい船から『におい』を感じ取れるようになる。これは機械には分からない」とプライドをにじませた。
機内には憩いのスペースも
哨戒任務では、一度離陸すると8~12時間は戻らない。このため、機内には食事などを取るための休憩スペースも設けられている。冷蔵庫や給湯器、コーヒーメーカーも備え付け。米軍仕様故か、パンや冷凍ピザを焼くことができるオーブンも用意されていた。国産哨戒機P1では、オーブンは弁当を温められる電子レンジへと変更されたそうだ。
仮眠用ベッドもあるが、「専ら物置」で、使った例は皆無だとか。食事用のテーブルには、昭和のころ、電車の座席に備え付けられていたような灰皿も付いていたが、今は禁煙。喫煙できたころも、オイル漏れの臭いなどに気付くのが遅れるため、吸う時間は限られていたという。