子育て、仕事、家事。膨大なタスクを抱え、疲弊している現代のワーキングマザーたち。政府が「異次元の少子化対策」を掲げてさまざまな施策を打ち出す一方、子育てと仕事の両立の中で生じる肉体的・精神的な負担は、依然として女性に重くのしかかっている。
そんなワーママたちの8割は「疲労1~2段階」(通常疲労~うつっぽい状態)にあるのではないか―こう指摘するのは、元自衛隊の心理カウンセラー、下園壮太さん。イライラ、不安、自責感、プチうつなどのメンタル不調を抱えがちなママたちが、心をラクにして生きていくためのアドバイスを40のポイントにまとめた新刊『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』より、今回は、知られざる「疲労」のメカニズムについて紹介する。
疲労には3段階ある
現代人は基本的に疲れている方が多いです。ましてやワーキングマザーやワンオペ育児状態のお母さんたちは、日常的に疲労を溜めている(蓄積疲労と呼んでいます)方が非常に多いんです。「疲労」は私たちの心にどんな影響を及ぼすのでしょうか。疲労の度合いを3段階に分けて、心との関係を見てみましょう(右の図)。
(1)疲労1段階(通常疲労)
通常の元気レベル。
この状態で疲れることをしても、よく眠れなかったり、食欲不振になったりするなど、疲れは肉体的な症状に出るだけで、精神的な変化はほとんどない。「あるショック」(例えば、上司のイヤミな一言、夫との口げんかなど)を受けても、一晩寝たら復活する回復力もある。
(2)疲労2段階
少し疲労が深まった、いわゆる「うつっぽい状態」。
仕事や作業は「緊張・なんとかして対応」モード。余裕がなく、あまり楽しめなくなる。何をやるのもうっすらとおっくうで、やる気が出にくい。また、「あるショック」を受けたら、「疲労1段階」と同じ出来事でも「2倍」ショックに感じる。そのショックは一晩では回復せず、何日か引きずるなど、回復にも「2倍」の時間がかかる。
(3)疲労3段階(うつ状態)
「仕事を辞めたい」「いなくなりたい」「死にたい」という思いや言葉が出る。
元気な時とは別人のようになる(別人化)。〈1〉自分を責める〈2〉自信を失う〈3〉疲労〈4〉不安―の四つの要素が強まり、過剰な自責感、無力感、負担感、過剰な不安が出る。「あるショック」があったら、「疲労1段階」と同じ出来事でも「3倍」ショックに感じる。回復には「3倍」の時間がかかる。
ライフイベントで知らないうちに疲れを溜めてしまっている
皆さんは「なんだか疲れたなあ」と感じる時、その原因については、ごく直近の、長くても数日前の出来事を思い浮かべませんか。例えば、「昨晩、子どもの夜泣きが続いて眠れなかった」「最近仕事のトラブル対応に追われてしまった」などです。でも本当は、ここ数カ月、もしくは数年でのライフイベント(日常的な出来事)をすべて含めて、見積もらなくてはいけないんです。
ライフイベントがどれだけ心身に不調を来すのかを調査した、有名な米国の研究があります。下の表を見てください。直近1年の間に経験したライフイベントの点数の合計が「150」以下なら30%、「150~300」なら50%、「300」以上なら80%の人が、次の年に心身の不調に陥る可能性がある、というものです。
この表をよく見ると、結婚、妊娠、家族の増加(出産)といった大きな出来事ばかりではなく、夫婦げんかの増加、生活リズムの変化、趣味の変化、長期休暇といった、割と小さな出来事にも点数がついています(米国の調査なので、日本人のニュアンスと異なる部分もあります)。
ハッピーなイベントでも疲れは溜まるもの
この表の点数を「疲労」のポイントと考えてみてください。たとえ大きな出来事がなくても、生活の小さな変化の積み重ねで、気付かないうちにポイントがどんどん加算されていく。たとえ、それがハッピーなイベントであっても、私たちは疲れるもの。気付かない間に、いつの間にか疲労ポイントが蓄積しているんです。
ちなみにコロナ禍では、習慣の変更(マスクや手の消毒、検温など)、労働環境の変化(テレワーク、オンライン会議)などを多くの方が経験しました。また、この表にはありませんが、最近では、ひどい花粉症や天候不順、過剰なSNSのチェックなども、疲労の要因になっていると私は考えています。
ワーキングマザーの8割は「疲労2段階」?
ワーママの皆さんは、妊娠出産を経て体がクタクタの中、日々の家事や育児をこなしていらっしゃいます。さらに、コロナ禍による大きな社会変化も体験しつつ、疲れが回復し切らないまま、さらに職場復帰、保育園・幼稚園入園、子どもの進学・イベント、日々の子育てと仕事の両立…などなど、ポイントを着々と貯めてしまっているという方がほとんどなのではないでしょうか。
今、日本のワーママたちやワンオペ育児をしているお母さんたちのうち、8割は「疲労2段階」以下にあると私は見ています。中には疲労を深めて「疲労3段階」(うつ状態)に陥っている方も決して少なくなく、珍しいケースではありません。
2段階では、どうしても楽しさレベルが落ちて、目の前のことで必死になってしまいます。3段階の「うつ状態」にまで陥ってしまうと、ちょっとした出来事がトラウマになったり、子どもへの拒否反応が出てきたりする方もいて、中には虐待などに及んでしまうケースもあります。もちろんタイミング良く休めるなどして、自然に「疲労1段階」に回復する方もいらっしゃいます。しかし、子育て、そして仕事や人生に前向きに向き合っていくためにも、まずはご自身の疲労ポイントをチェックする視点を持ってみてください。
自衛隊で行う事前のケア「心の予防接種」
「疲労」のメカニズムを知り、ご自身の疲労ポイントをチェックしたら、次は「心の予防接種」で備えることをおすすめします。
私が自衛官時代、隊員たちが戦場や災害派遣など実際の現場に赴く時は、これから「心」に起こることについて事前に講習を開き、現場でどんな症状や反応が起こり得るかを指導していました。私はこれを「心の予防接種」と呼んでいますが、ワーママの皆さんにこそ必要だと考えています。
疲れが溜まると心にどんなことが起こりやすくなるのかを知り、自分が調子を落とした時にどうしたらいいのか、という対処法を持っておくことで、これから起こり得る危機もぐんと乗り越えやすくなります。ワーママたちは、ぜひ「心の予防接種」をして備えておきましょう。
下園 壮太(しもぞの・そうた) NPO法人メンタルレスキュー協会理事長、元陸上自衛隊衛生学校心理教官。陸自初の心理幹部として多数のカウンセリングを経験。その後、自衛隊の衛生科隊員(医師、看護師、救急救命士等)やレンジャー隊員等に、メンタルヘルス、カウンセリング、コンバットストレス(惨事ストレス)対策を教育。本邦初の試みである「自殺・事故のアフターケアチーム」のメンバーとして、約300件以上の自殺や事故に関わる。2015年8月退職。現在はメンタルレスキュー協会でクライシスカウンセリングを広めつつ、産業カウンセラー協会、県や市、企業、大学院などで、メンタルヘルス、カウンセリング、感情のケアプログラム(ストレスコントロール)などについての講演・講義・トレーニングを提供。著書50冊以上。
下園壮太さん公式ホームページ