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日野自・三菱ふそう、統合に難路 トヨタと独ダイムラーが仕掛ける再編劇【けいざい百景】

2023年06月07日

 トヨタ自動車子会社で、エンジンデータ不正に揺れた日野自動車が、独ダイムラートラック傘下の三菱ふそうトラック・バス(川崎市)と経営統合する。両社にそれぞれの親会社を加えた4社が5月30日、商用車分野で提携し、統合に向けた基本合意書を締結した。不正発覚で1000億円を超す過去最悪の赤字を計上した日野自は、世界大手のダイムラートラックの力も借りながら、水素技術や自動運転など「CASE」技術への対応を急ぐが、統合には数々の困難が待ち受けている。(時事通信経済部 編集委員・豊田百合枝)

トヨタ、支援に限界

 経営統合は、日野自と三菱ふそうがそれぞれ、新設する統合会社の完全子会社となる方式。統合会社は、東証プライム市場に上場する予定で、トヨタとダイムラートラックが同割合で出資する。この結果、トヨタは日野自の親会社ではなくなる。統合比率などは今後詰める。2024年3月期中に最終契約を締結し、24年末までに統合を完了する計画だ。

 2社の普通貨物車の国内新車販売シェア(2022年)は、単純合算で37%となり、いすゞ自動車と傘下のUDトラックス(埼玉県上尾市)の合計38%に迫る。世界の中型商用車市場では、約1割を占めるという。

 両社にトヨタとダイムラートラックを交えた4社による記者会見が開かれた5月30日夕刻。日野自に50.1%を出資するトヨタの佐藤恒治社長は「日野を支えていく限界も正直あると思っている」と胸の内を明かした。日野自へは、何代かにわたりトヨタから社長を送り込んできたものの、トラックなどの商用車は「車造りでトヨタのノウハウを生かすのが難しい」(佐藤氏)と説明する。

 不正の再発防止と立て直しには、出資比率を高めて関与を強める選択肢もあり得たが、トヨタは連結対象から外し、一定の距離を保つことを選んだ。日野自は、商用車専業のダイムラートラックの支援も得ながら出直しを図る。

 トヨタ出身の小木曽聡日野自社長も会見の中で、一時は国内向けの自社エンジン搭載車全てが出荷停止となる異常事態からの立て直しに一定の手応えを示しつつ、「脱炭素化など環境変化への対応を同時に実現するには、日野単独では実際非常に厳しいと悩んでいた」と話した。不正の再発防止と信頼回復に奔走している間に、ライバル社は電気自動車(EV)のトラックなど矢継ぎ早に電動化戦略を打ち出し、日野自の出遅れは目立つ。こうした状況の打破に向け、日野自は「今回の4社の枠組みは千載一遇の機会」(小木曽社長)と捉えた。

 もっとも、一連の問題では少なくとも過去20年にわたる不正が明らかになっており、排ガスの規制値を満たしていない主力の大型トラック「日野プロフィア」や中型トラック「日野レンジャー」の一部は、いずれも国内出荷再開のめどがたっていない。長年にわたる不正の過程で、日野自の技術力が衰えているのではないか、と懸念する声も出ている。

日野自に潜む訴訟リスク

 直近の売上高は日野自が1.5兆円、三菱ふそうが7000億円弱と2倍超の差が開いている。それでもトヨタの佐藤社長は、急速に進む脱炭素化の流れを踏まえ「グローバルな競争力を強化するために、対等な立場で統合し、新たな可能性を追求していく」と宣言した。

 だが、日野自には海外での訴訟や罰金のリスクも潜む。

 米国では、10年から19年モデルの同国市場向けエンジンについて、認証に関する法令違反の疑いで司法省など関係当局の調査が続いている。これに伴い、同国で販売された車両に関する損害賠償を求める集団訴訟も起きた。集団訴訟はオーストラリアでも発生。欧州では認証手続きの総点検が継続中だ。

 今後の統合比率を決める作業では、「エンジン認証問題のリスクは三菱ふそうの株主は負担すべきではない」との基本方針をベースに、損失額の引き当て分を株式価値の算定に反映させる。また将来、統合後の新会社に損失が派生した場合は、三菱ふそう株主に特別補償する義務を最終契約に盛り込むこととした。

 さらに、基本合意の発表文には「財務状態に重大な悪影響を及ぼす可能性」「株式保有に著しい希薄化(価値低下)が生じる恐れ」「経営統合に至らない可能性」など、これでもかと懸念される日野自のリスクが列挙された。

 日野自の株価は、統合が発表された翌日の5月31日こそ、経営再建が新たなフェーズに入る合意が好感され、前日比68円高の621円と年初来高値を更新したが、翌日は再び小幅に値を下げた。さまざまな潜在リスクへの不安感が株価に反映された形だ。22年3月に不正が発覚する前の1000円前後の株価水準には遠い。

水素・CASE、投資重荷に

 今回の提携は、ダイムラー側から持ちかけられたという。多大なリスクが潜在し、不祥事からの再建途上にある日野自との提携に、なぜダイムラー陣営が積極的だったのか。

 ダイムラートラックのマーティン・ダウム最高経営責任者(CEO)は、気候変動や自動運転、燃料電池など「同時に複数の新しい技術に投資しなければならず、業界トップ企業にとっても大変なことだ」と商用車業界の現状を指摘。その上で「規模の経済こそ大事だ」と強調し、「劇的なスケールアップにつながるこの統合は、まさに決定打になる」と統合効果に自信を示した。

 基本合意の中で、親会社のダイムラートラックとトヨタは、「水素をはじめCASE技術開発」で協業し、統合会社の競争力強化を支えることを盛り込んだ。

 積載重量が大きく、長距離の運送を担う大型トラックは、EVバッテリーのパワーではまかないきれず、水素燃料のほうが適していると指摘されている。トヨタの佐藤社長は「水素領域の取り組みは、豊かなモビリティー(移動手段)社会を実現するために、4社で力を入れて協力していく大きなテーマだ」と指摘し、水素モビリティーの普及を商用車から加速させる考えを示した。

 また、世界的な人手不足に対応する自動運転や効率的な運送システムなど、「CASE」技術への莫大な投資は待ったなしだ。

 しかし、ダイムラートラックのアジア部門は欧米の他の部門と比較し、収益性が低いことが課題。その一因に、三菱ふそうの乏しい成長力があるとみられる。

 三菱自動車のトラック・バス部門だった三菱ふそうは、02年に横浜市で起きた同社製の大型トレーラーの事故などを契機に「リコール隠し」が問題化。元会長ら逮捕者も出して経営が混乱・悪化し、外資系傘下で再出発した経緯がある。東海東京調査センターの杉浦誠司シニアアナリストは「不祥事のダメージは大きく、三菱ふそうはあの事故から成長していない」と話す。

 ダイムラートラックは、アジア市場での収益力強化に向けた効率的な投資へ、トヨタの燃料電池技術や日野自との相乗効果に期待を寄せた形だ。トヨタとダイムラーという世界大手同士の商用車をめぐる提携は、EVの乗用車で出遅れたトヨタにとっても、水素技術で勢力を巻き返す好機と映った。

社風の違い、融合に時間も

 ただ、古い気質が残るとされる日野自と、外資傘下となった三菱ふそうの社風の違いの克服は、今後の大きな課題となりそうだ。両社は、それぞれのブランドを維持しつつ、開発、調達、生産などで協業を図る方針。だが、東海東京の杉浦氏は「長年ガチンコで勝負してきた2社が融合するのは簡単ではない。いすゞが傘下に収めたUDとの融合よりも、かなり時間がかかるのではないか」と指摘する。

 SMBC日興証券の木下寿英氏も、アナリストリポートの中で「三菱ふそうの売上高は日野自の半分以下で、規模のシナジーが創出できるかは、親会社のアセット(資産)をいかに活用できるかにもよる」と指摘。現時点では競争力強化に不透明感も強いという。また、両社の持ち株会社にトヨタとダイムラートラックが同率で出資する計画は、「対等とも言えるが、両社間でのイニシアチブ争いになるリスクも否定しがたい」とする。

 4社の思惑が交錯する中、24年中の統合完了に向け、山積する課題をクリアすべく各社は走りだすことになる。

(2023年6月7日掲載)

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