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樋口新葉が「充電」を終えて気付いたこと フィギュアスケート競技会のリンクに復帰へ

2023年06月27日13時30分

 樋口新葉(ノエビア)が帰ってくる。昨年10月、フィギュアスケートのシーズン序盤に休養を発表。以降の日々について「『充電』という言葉がぴったりだった」と振り返る。アイスショーでは既に演技を披露していたが、7月2日に千葉市のアクアリンクちばで行われるアクアカップのシニア女子フリーが久々の競技会となる。「ゼロ」から再スタートする22歳に、あれからと今について聞いた。(時事通信運動部 岩尾哲大)

「休んでよかった」

 今春、明大を卒業した。学生生活を終えた寂しさはあっても「スケートに集中できている。すごくいい感じで練習ができている」。言葉通りの充実感が、明るい笑顔ににじみ出る。「復帰してみて、体の状態もすごくいいし、練習の内容も徐々に上がってきている。休んでよかったなと思います」。心から、そう言える。

 2022年2月の北京冬季五輪。念願だった大舞台のリンクで、樋口は躍動した。団体で女子ショートプログラム(SP)を滑って2位に入り、日本初メダルとなる「銅」獲得に貢献。5位に入賞した個人戦では、こだわり続けてきたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)をSP、フリーでともに成功させてみせた。

 大きな達成感も得ながら翌シーズンへの準備を進めるのは、簡単ではなかった。新たな目標、モチベーションをなかなか確立できず、昨年10月5日に「今シーズンの競技活動は全て見送らせていただくことになりました」と発表した。

 約1カ月後のインタビューで休養に至る経緯を詳しく聞いた。その直前の11月初旬に、一般営業の時間に久々に滑ったと話していた。それからは「全然滑らなくて。3月ぐらいまでは全く」。本格的に練習を再開したのは3月30日。「本当にゼロからという感じで、面白かったです」

面白い、楽しい

 面白い、とはどういう気持ちか。「すごく時間をかけて休んだので、その分はスケートをできなくなっていたけど、できないところから一個一個できるようになるのが、面白い、楽しいという気持ちがすごく強くて。できないことも面白いし、できるようになっても面白い」

 休養する前までは、希薄になっていた感覚だった。「去年の春にけが(右脚の疲労骨折)をして、そこからの復帰ということだけを考えて滑っていると、10月までは焦る気持ちがすごく強かった。小さい変化には気付けないまま、自分が何をしたいのかというより、しなきゃいけないという感じ。それがすごくしんどかった」

 今は「楽しいです」と、はっきり言える。できないことがあっても、それを受け入れて、楽しめる心のゆとりがある。「できるようになるまでの過程が面白いなと思って。できなくても、そんなに深く考えないというか、つらくないし、それも面白い」

貴重だった何気ない日々

 休養中は、フィギュアスケーターとして活動している最中ではなかなかできないことをたくさんした。ゴルフのコースに初めて出てみたり、ホノルル・マラソンに挑戦してみたり。髪も金色に染めた。ただ、振り返って貴重だったと思えるのは、決して特別なことではなく一般的には何気ないと思えるような日々だった。

 「お昼とかにだらだら起きたり(笑)、友達とご飯を食べに行ったり。そういう時間がすごく楽しかった」。休養前は、例えば同じように友人と食事に行っても、頭の片隅では「常にスケートのことを考えている。考えていないと思っていても、無意識に考えている部分があった」。だから、本当の意味で大学生らしい生活が、樋口にとっては新鮮で大切だった。

 それを経験したからこそ分かった、というより再確認したこともある。ちょっとだけルーズに過ごした日々を「それはそれで良かったんですけど」と笑いつつ、「復帰してみると、(練習に向けて)朝ちゃんと起きて、ご飯をちゃんとした時間に食べてというのは、やっぱりそっちの方が合っている。その良さに気付くことも、休まないとできなかった」と実感を込める。

ちゃんと最後まで

 もともと、競技の場に戻ることを念頭に「充電」期間を過ごすことは聞いていたし、今回のインタビューでも、そこに向けて順調に心身の状態が整ってきたことが分かった。その上で、あえて質問してみた。このまま競技から離れる考えは浮かばなかったのか、と。

 「正直、思った時もあった」という。ただ、その気持ちは膨らまなかった。3歳の頃から打ち込み、世界選手権や五輪でメダリストになるまで向き合ってきたフィギュアスケート。「それで(このまま)やめていいのか。ちゃんと(最後を)決めて終わりたい」。自分も、応援してくれる人も、納得できるところまで続けたいという思いの強さが、競技の場に戻る大きな理由だった。

 もう一つ。「自分もやっぱり(第一線には)戻れないんじゃないかと思ったこともあるので、周りにもそう思っている人がいるかもしれない。無理だろうと思われているところから戻せたら面白いな、とも思った」。氷から長期間離れながら、以前のようなパフォーマンスを示すのは容易ではない。だからこそ、挑む価値もある。

「悪い癖が抜けた」

 3月の終わりに再始動し、無理をせず徐々に感覚を取り戻してきた中でも、5月末にはトリプルアクセルを除く3回転ジャンプは全て跳べるようになったという。2カ月ほどでそこまで戻したことに驚かされたが、その跳び方にも変化があるという。

 樋口いわく「悪い癖が抜けた」。ジャンプにはスケーターの特徴が出る側面もあるが、樋口は自身の跳び方について「すごくひねって、力ずくで跳んでしまうような部分があった」と感じていた。それが今は「ちゃんとした位置で跳べるというか、振り回すことなく、うまく力を使って跳ぶことができている」と話す。

 どんなスポーツでも、戦いの最前線にいる最中にフォームを修正するのは難しい。樋口の場合は「ゼロ」からのリスタート。「ある意味、戻すというよりは、全く違うものに変わった。もうちょっとこうしたいけどできなかったという部分が、スムーズにできている。シンプルになった感じ」と表現した。

五輪シーズンまでと違う自分

 話しぶりから、生まれ変わったジャンプへの手応えが伝わってくる。主たる目的はリフレッシュだった休養期間。ジャンプが「全く違うもの」になることまで予想していたわけではなかったそうだ。思わぬ副産物も得て「いいものになっているので、楽しいです」と柔らかく笑った。

 「充電」を完了して臨む新シーズン。全日本選手権で好成績を残し、世界選手権に出場することを一つの目標には置いているが、背伸びし過ぎることはない。「今の気持ちや、楽しいという思いを忘れたくなくて。徐々にレベルアップしていけたらいい」。トリプルアクセルについては「今シーズン、練習できるぐらいにはいきたい」。先ばかりを見詰めるのではなく、今の自分と向き合いながら歩を進める。

 最後に、樋口新葉の帰りを待っていたファンへの思いを聞いた。「そのままやめちゃうんじゃないかと心配してくれた方もたくさんいて、そんな中で、復帰できるまでの気持ちを戻せているのを感じている。いつも調子がいいわけではなく、できない時もあると思うけど、できないなりにできることをやる、今の自分を見てもらうのも大事なことだと思う。成長段階でも、何かが伝わるといいなと思って滑っていきたい。オリンピックシーズンまでとは違う、全く違う自分なので、それをまた楽しみにして、応援していただけたらうれしいです」

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