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AIが生成した小説は誰のものか 著作権を巡る世界に大波が押し寄せる

2023年06月12日12時00分

杉光一成 金沢工業大学大学院教授

 実業家のホリエモン(堀江貴文氏)が、生成AI(ChatGPT)で作成した本(「夢を叶える力」2023年2月12日)を出版しているのはご存じの人も多いだろう。あの本の内容を誰かが無断でコピーして販売しても、ホリエモンは著作権を主張できないかもしれない、と言ったら驚かれるだろうか。実は、これはホリエモンの本に限らず、AIで作成した文章や画像、音楽等のいわゆるAI生成物の全般に言える話であり、著作権・知的財産の専門家の間では、「AI生成物には原則として著作権が発生しない」というのが通説であり定説である。

 しかし、ここで「原則として」著作権が発生しない、と書いたところは注目してほしい。後述するように、「例外として」著作権が発生する場合もあるからだ。

【目次】
 ◇先行する米国のケースは
 ◇AIを「部下」と捉える考え方
 ◇ホリエモンの本の場合
 ◇トラブルが急増する
 ◇被告側反論の常とう手段

記者がChatGPTに「インタビュー」してみた【news深掘り】

先行する米国のケースは

 まず、このようなAI生成物と著作権を巡る問題では、外国、特に米国では既にさまざまな事件が起きており、その意味で先行している。そこで、米国での動きを確認しておこう。

 米国の著作権局は、2023年2月、人間が執筆した文章とAIによる画像生成サービスとして著名な「Midjourney」による画像を組み合わせた小説に関し、Midjourneyが生成した個々の画像そのものは著作権で保護することはできないと判断した。

 米国では過去の裁判で、写真の著作権について訴えられた被告が、写真はカメラ(という機械)が作成したものにすぎないという趣旨の主張をしたため、裁判所が「著作者」というのはあくまで「人」であるという点を強調したという歴史的経緯もある。そのため、著作権局は「AIによって生成された素材を含む著作物について」というガイダンスを2023年3月16日に発表し、その中で「人間の著作者からの創造的な入力または介入なしに無作為又は自動的に動作する機械または単なる機械的プロセスによって生産される著作物は登録しない」とした。

 もちろん、これは行政当局の解釈であり、裁判所がこれと異なる判断をする可能性はあるものの、一つの参考になる基準とは言いえよう。ここでは人による「創造的な入力または介入(creative input or intervention)」がある場合を「例外」として考えており、この場合にはAI生成物にも著作権が発生すると理解できよう。

AIを「部下」と捉える考え方

 では日本では、どういう場合が「例外(=著作権が発生する場合)」となるのか。この点、日本においては「AIを『道具』として利用したにすぎない場合」あるいは「人が創作的寄与と認めるに足る行為を行ったか否か」で判断すべき、ということが一般的に言われている。しかし、この説明は抽象的でイメージが分かりにくい。ここで筆者がもう少し分かりやすい基準と考えているものを紹介する。

 それは、複数の者が創作に関与したときに「共同して創作した」と言えるかどうかの判断で用いられている基準である。具体的には、複数の者が企画提供や素材提供、執筆・作画などとそれぞれ関与してある創作物を完成させたときに、どのような関与をすれば「(共同)著作者」として認められるか、という議論である。

 AIに関する裁判例ではないものの、これであればわが国でも既に裁判例の蓄積がある程度はある。例えば、地図の作成を注文した者は、地図に入れるべき主要道路等を指定していたとしても著作者とは言えず、また、英語訳の文法上の間違いを正したり、用語の変更等をしたりしただけでは著作者(翻訳者)と言えない、絵画について描くべき内容を大まかに指定しただけの人は著作者とならない、インタビュー記事という著作物について素材を提供しただけの人は著作者に当たらない、等の趣旨を述べた裁判例がある。

 これらの具体的な裁判例を参考にしながら、生成に利用したAIをあたかも共同で作業した「人」と仮定した場合にAIを用いた側の「人」が「著作者」となり得るのか、と考えれば分かりやすいのではなかろうか。

 生成AIは、いわば人間の「秘書」や「部下」の代わりになり得ることが言われているが、まさに生成AIを人から指示を出された「秘書」や「部下」のように捉えて、「指示を出した側」が著作者となり得るのかを考えよう、というわけである。

(※この考え方自体は必ずしも専門家の間で一般的に言われているものではないことにはご注意いただきたい。ただし、著作権法を専門とする市村直也氏も『意匠・デザインの法律相談』=青林書院=で同旨を述べている)

ホリエモンの本の場合

 ここでChatGPTを例に検討してみよう。ChatGPTではどういう文章を生成させるかについて指示する文(「プロンプト」と呼ばれているが、俗に「呪文」とも言われる)を入力することで、AIがその内容に応じて生成する。先ほどの基準に照らせば、この入力文が、「大まかな指定」だけの場合、例えば、「『走れメロス』の感想文を書いて」とだけ指定した場合には、その指定をした人は「著作者」とはならないだろう。この場合、AIが権利者になることはできないので、結果として著作権は発生しないと考えられる。

 他方、裁判例の中には、漫画の細部に注文を付けて手直しさせた場合などはその注文者も著作者となる、というものがあるため、一度生成された文章や画像に対して、細かい注文(呪文)を付けて自らが手を加えつつ、AIに何度も生成し直させるなどした場合には、著作者となり得よう。

 このような観点で考えれば、おそらくホリエモンの本も実際には単に本のタイトルだけ入力してChatGPTにすべてを1回で自動生成させたわけではなく、各章の構成や目次は自分で検討した上で、このような指示を繰り返し行い、最終的には自分である程度まで文章を直したと想定される。当然のことながら、その場合にはホリエモンに著作権が発生していると考えられる。

トラブルが急増する

 もっとも、理論的にはこのように言えても、今後「著作者」と言えるか否かが現実に問題になった場合には、もっと複雑な話となることが予想される。なぜならば、このようにAIが関与した生成物に著作権が認められる場合と認められない場合がある、となれば、当然のことながらほとんどの場合、AIを使って何らかの物を生成した人は、著作権を確保するために、AIに生成させた(あるいはAIを利用した)こと自体をそもそも言わなくなる(隠す)ことが予想されるからだ。現時点では「AIで作りました」ということ自体に話題性があるものの、AIで作ることがより広まって一般的になった場合には、わざわざ自分に不利になることは言わないだろう。

 この場合の解決策として、AI生成物にも法律で何らかの保護を認めるべきではないか、つまり何らの立法が必要ではないか、という議論がある。

 しかし、仮にこのようにした場合、AI生成は人の何倍ものスピード(数分から数秒で1曲を作曲するAIツールも存在する)で、しかも例えばイラストの素養のない人でもイラストを生成することができるようになる結果、「自分が作ったイラストのパクりだ」といったトラブルが急増する恐れがある。

 他方、AI生成物の保護を認めなければ、あるいは通常の著作権よりも弱いものとすれば、先に述べたように多くの人は「これは自分の力で創作したものであってAIは用いていない」と主張することになろう。その結果、「”権利のある創作物に見えるもの”が爆発的に増える」(内閣官房・知的財産戦略推進事務局の検討資料『AIによって生み出される創作物の取り扱い 討議用 平成28年』)ことになりかねない。つまり、AI生成物に権利を認めても認めなくても、いずれにおいてもいばらの道が待っているとしか言いようがない。

 この解決策の一つとなり得るものとして、ハーバードビジネスレビュー2023年4月7日号で興味深いことが主張されていた。それは、AIツールの提供者側が「AIが生成したコンテンツの出所を管理する方法にも取り組むべきである」というものだ。要するに、例えば画像生成AIツールの場合であれば、どの画像を学習に用いて、誰がどのような画像を生成したか、という記録を残しておくべき、ということであろう。

 いずれにしても、AI生成物の問題は、「出来上がったものだけを見る限り、人間の創造物との区別がつかない」ということを前提にすれば、いわゆるパッチワーク的な改正では対応できない可能性が高い、と個人的には考えている。米国では、日本とは異なり著作権の侵害訴訟に関し、著作権局への登録を義務づけているため、この登録要件がこの手の訴訟の「防波堤」として機能する可能性があるものの、そのような登録要件のない日本は大丈夫だろうか。その意味において、米国でも既に問題提起がなされているように、知的財産制度の「抜本的」な改正の検討が必要となるかもしれない。

被告側反論の常とう手段

 最後に、ごく近い未来の予想をしておこう。イラストなどの絵画や文章、曲の著作権侵害に関する訴訟(または紛争)で、被告側(侵害したと訴えられた側)から、「原告(訴えた側)の著作物であると主張しているものは、AIが生成したものではないか。つまり、そもそも著作権が発生していないはず」といった類いの反論が増加することが予想されている。このことについては、既に2019年4月の内閣府・知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会で、AIに関する参考人として発表した弁護士・弁理士の濱野敏彦氏が指摘している。

 従来は、「著作者か否か」が争点になることは、前述したような複数の者が関与した場合以外にはあまりなかったと考えられる。しかし今後は、相手方(訴訟であれば被告)が、権利者と主張する者(原告)は普段からAIツールを用いていた、という証拠などとともに、そのような主張をすることがこの手の問題における常とう手段となる可能性がある。従って、今後は著作物の創作者の側で、自らが「著作者」であることを示す証拠、例えば、企画書、創作ノート、スケッチ、取材ノート等を日頃から残しておくことが重要となり得る。

 以上、主にAI生成物そのものに権利が認められるのか否か、という生成・利用段階の問題に焦点を絞って述べた。しかしこれ以外にも、AIと知的財産との関係で議論されている問題として、AIツール自体を構築する際の学習に他人の著作物を無断で利用できるのか、というAIの学習段階の論点がある。

 この点について、日本は世界に先駆けて立法で解決している(2018年改正の著作権法30条の4)。営利目的でも無断で学習用データとして著作物を利用できることになったため、日本は「機械学習パラダイス」と言われている。

 一方、米国では2022年後半、AIの学習ソースとして無断で作品が用いられたと主張しAIツール提供者に対する訴訟が起こされたほか、2023年に入ってからも、多くの写真画像を提供するゲッティイメージズが、画像生成AIサービス「Stable Diffusion」の開発元に対する訴訟を提起するなどしている。

 つまり、生成AIと知的財産の問題は、大きくは(1)学習段階(2)生成・利用段階―に分けて議論すべきとされている。本稿は(2)の問題のうち、権利の発生の有無のみについて論じた。

 最後となるが、(2)の生成・利用段階における議論の中でも、「AI生成物に著作権が発生するかどうか」の議論と、「AI生成物が他人の著作権を侵害するか否か」は、全く別の議論であることも注意が必要だ。AI生成物に著作権が発生しない場合であっても、そのAI生成物が他人の著作権を侵害する場合はあり、その点も既に議論がなされている。日本は「機械学習パラダイス」ではあっても、「AI生成・利用パラダイス」ではない点はくれぐれも気を付けるべきであろう。

◇ ◇ ◇

杉光 一成(すぎみつ・かずなり) Ph.D.。専門は知的財産に関する先端および学際領域(最近は特にマーケティング論と知財など)。電機メーカーの知的財産部などを経て金沢工業大学大学院教授に就任。東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員、PwCコンサルティング合同会社顧問も務める。総務省「メタバース著作権委員会」委員、内閣府・知的財産戦略本部・検証評価企画委員会委員などを歴任。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」、NHK「クローズアップ現代」などにも出演。主な著書に「知的財産法を理解する理系のための法学入門」など。

(2023年6月12日掲載)
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