AI時代に生き残れる?熱烈コレクターに聞く「図鑑の未来」【時事ドットコム取材班】

2023年05月09日10時00分

 図鑑。誰しも一度はページをめくったことがあるだろう。ジャンル横断型や写真にこだわったものなど、工夫を凝らしたシリーズが人気を集め、推定発行部数は年130万部を突破、30年で約3倍に伸びた。何でもインターネットで検索でき、対話型AI(人工知能)「ChatGPT」なども登場した今、重くて分厚い図鑑はどうなっていくのだろうか。2000冊以上を所有する「図鑑博士」に話を聞いた。(時事ドットコム編集部 川村碧

 【時事コム取材班】

図鑑で憧れの虫を眺める

 2023年4月下旬、JR千葉駅(千葉市)からバスに揺られること10分、千葉県立中央博物館(同)を訪ねると、主任上席研究員の斎木健一さん(61)が、壁一面の本棚に図鑑が並んだ研究室で出迎えてくれた。

 斎木さんは大判サイズからハンドブックタイプまで、植物や昆虫など生き物を中心に2000冊以上を個人で所有する。今春、同県勝浦市にある同博物館分館「海の博物館」から異動した際は「2トントラックを借り、息子たちに手伝ってもらって運び込んだ」というから驚きだ。

 そんな斎木さんが図鑑と出会ったのは、小学1年生の頃だ。母親に毎月1冊ずつ本を買ってもらえることになり、学習図鑑「昆虫」やファーブル昆虫記を読みあさるように。夏になると朝3~4時に起床し、夜のうちに自宅団地の外階段に飛び込んできた昆虫たちを捕まえるような虫好き少年に育ち、「憧れの虫を眺めるために図鑑を使っていました。昆虫館で図鑑に載っていたミズカマキリやタガメの実物を見たときは、感動しましたね」と振り返る。

収集のきっかけ

 高校を出て東京学芸大に進学、研究者に憧れ、植物化石の研究を専攻した。東大大学院を修了後、北海道の博物館に就職。1994年から千葉県立中央博物館で勤務している。

 学生時代の図鑑の使い方は「学問のため」。だが、来館者と接するようになってあることに気づいた。自分は植物の化石のことを知っていても、生きている植物については、よく分かっていないー。「来館者の質問に答えられず、『これはまずいな』と思った」と斎木さん。知識を身に付けようと図鑑をひもといたという。

 「もし来館者にお薦めするなら、どれがいいだろう?」「自分で使ってみてどうかな」。図鑑ごとの違いや工夫を確かめようとするうちに冊数が増えていったが、3人の息子が生まれたことも、収集を後押ししたそうだ。「生き物好きになってほしい」と、それぞれ幼い頃から虫捕りや魚釣りに連れ出していたといい、「家族旅行では山や川に行って生き物を見たり捕ったりしていました。出会った生物の名前を調べるため、昆虫や鳥、水の生き物などの図鑑も増えていきました」と語る。

気付けば2000冊

 仕事や子どもの教育目的で図鑑を増やしていった斎木さんが、より深い世界に足を踏み入れたのは、担当した企画展がきっかけだ。

 昆虫や動物と違い、植物の企画展は、実施してもなかなか来館者が増えないことに頭を悩ませていた斎木さん。あるとき、「図鑑をテーマにしたら人気の昆虫や鳥も扱える。植物の話なら、自分の知識を生かせる」と思い付いた。博物館の予算を使って展示用の図鑑を購入する手もないことはなかったが、趣味と実用を兼ね、個人で買い集めることにしたそうだ。

 構想から10年、古書店やネットなどでこつこつと収集し、2014年に企画展が実現。展示した約500冊のうち、8~9割は斎木さん個人の所有物で、一部は来館者が自由に触れることができた。図鑑をテーマにした出版にもつながったという。

 「企画展準備のため図鑑に詳しい人に話を聞くうちに、歴史や古い図鑑にも興味が湧いてきた」と振り返った斎木さん。企画展後も収集を続け、気付けば、所有図鑑は2000冊を超えた。同じ図鑑なのに何冊も持っているものもあるという。「版が違うと買います。間違えて買ってしまうこともよくありますが…。ネット上の宣伝を読んで、『お!これは!』と感じると買っちゃいますね」と笑った。

最近の図鑑「子どもの夢が膨らむ」

 図鑑の発行部数は右肩上がりだ。出版指標年報によると、図鑑の推定発行部数は1990年は45万部だったが、2009年に小学館が発売した「くらべる図鑑」がヒットするなどし、10年に121万部に拡大。21年はコロナ禍で自宅での教材としての人気が高まって137万部に伸び、ここ30年で3倍となっている。図鑑を巡る状況について、斎木さんに聞いてみた。

 ー最近の図鑑の特徴は。

 
生き物を、生きたまま白い背景で撮影した写真が載っているものが増えました。植物図鑑なら、葉の形や付け根がどうなっているか、細かいところまで一目瞭然で分かる。昆虫図鑑には、以前から、自然の中で生きている姿を載せたものもありましたが、背景に紛れて細かいところが分かりにくかった。生きたまま白い背景で撮った写真の図鑑は、生きているときの姿をそのまま見せてくれる。

 ーこうした図鑑が主流になっていくのでしょうか。

 
このタイプにも欠点はあります。例えば、昆虫のガには、羽が4枚ありますが、飛んでいないとき、羽は閉じています。標本なら、羽を広げてあるので全部見えますね。羽の特徴を細部まで見たいときは標本の図鑑。でも、子どもたちにすれば、生きている姿が分かる方かな。圧倒的に「欲しい!」ってなるでしょう。それぞれの図鑑に特徴があるということです。

 ー最近の図鑑の写真は、確かに動きだしそうに見えます。

 
ですよね。子どもたちの夢を膨らませます。

一長一短?AI導入アプリ型

 ー最近はChatGPTやAIを活用した検索ツールも登場しています。図鑑の世界にはどういう変化が起きると思いますか。

 
植物図鑑の分野には既にAIが進出しており、ほぼ実用段階に入っていると言っていいと思います。写真を撮るだけで自動的に植物の名前を教えてくれるアプリが数種類あり、普通の植物なら属や科レベルで9割、種レベルで7~8割くらいの正解率です。

 ー分厚い図鑑を開いて名前を調べる必要がなくなる。

 
ぱっと見て、ぱっと撮って、調べたい植物の名前が分かるようになります。今までは葉の裏の細かい毛や葉脈の数など、細かいところを観察して調べ、ようやく名前を知ることができた。

 ぱっと分かるのは楽です。ただ、それが良いことなのか、悪いことなのかは分かりません。名前を教えてくれる専門家がいつでも横にいるようなもので、「生き物を知る」という世界に入りやすくなるのは間違いないでしょう。一方、写真を撮っただけで分かるようになると観察が抜けてしまう恐れがあります。

 ー分厚い図鑑はどう変わっていくのでしょうか。

 
コンテンツとしては生き残ると思います。図鑑を見る大きな目的は「名前を調べる」ですが、それ以外の部分に力点を移していかないといけなくなるのではないでしょうか。この生き物はどこに分布して何を食べて何年くらい生きるのか。より深い知識を図鑑で調べる。もちろん、名前を検索するだけでなく、そういったこともスマホ上で見られるようになるかもしれません。

 ーデジタルとは違う、冊子の図鑑ならではの魅力はなんですか。

 
冊子の図鑑は、ページを開いたときに生き物が一覧できる。探している動物や植物、昆虫などが、一覧表示されたバリエーションの中のどれに似ているのか、そういったことが比べやすい。あとは実物大の大きさが分かりやすい。スマホだと自分で拡大できてしまうので、実物大は難しそうです。

調べることは楽しい

 「調べると楽しいですよね。分からない生き物を見つけて、はっきりとした特徴があれば『調べたら絶対に分かるな』とわくわくする。次から道端でその植物や昆虫に出会うと知り合いを見つけた気分になります」

 話を聞くうち、斎木さんのことを好奇心旺盛で、「生き物が好きで、名前を知りたい」という探究心が強い人だと感じた。「調べると楽しいですよねー」は、その理由を尋ねた際の答えだ。

 さて、2トントラックで運搬しなければならないほどの図鑑と出会い、進化の過程を見てきた斎木さんは、冊子版と、これから出るかもしれないスマホ版、どちらの図鑑がお好みなのだろう。「新しいものはとりあえずやってみたいです。使ってみないと分からないですからね」。予想通り、好奇心に満ちた答えが返ってきた。

斎木健一(さいき・けんいち) 1962年、横浜市生まれ。千葉県立中央博物館の主任上席研究員。専門は植物学・理科教育。最近の研究テーマは、県内の高校などに残る学校標本の調査で、日本に持ち込まれて間もないアメリカザリガニの標本などを「発掘」した。

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