音楽評論家・道下京子
黒木雪音―この名を多くの人が知る日は遠くないに違いない。昨年から今年にかけてダブリン国際ピアノコンクール(アイルランド)、リスト・ユトレヒト(オランダ)、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール(イスラエル)と、国際的に権威あるコンクールで次々上位入賞を果たしているピアニストだ。今年大学院を卒業したばかりの24歳。輝き始めた黒木さんにこれまでの足跡とこれからについて聴いた。
苦手の古典派で特別賞
―第17回アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。このコンクールは、小さいころからの憧れでした。その舞台に立てたことをうれしく思いました。それから、ファイナルの三つステージで室内楽と2曲のコンチェルトを演奏させていただけたことも大きな喜びです。
イスラエルの聴衆のみなさんは、感情を素直に表現してくださり、心の距離がとても近く感じられました。
―古典派コンチェルト賞も受賞されました。
ファイナルでは、ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第1番》を演奏しました。
今まで古典派の作品への苦手意識があり、そのなかでベートーヴェンのコンチェルトを演奏して賞をいただけたことで、これからもっと研究していきたいとの気持ちが芽生えました。
《超絶技巧》中学生で
―5月に、東京と仙台でリサイタルを開催します。
プログラム前半は、リスト《超絶技巧練習曲》第1番と第5番、同じく《バラード》第2番、リスト=シューベルトの《ミュラー歌曲集》第1番と第5番、リスト=シューベルトの《12の歌曲》から第2番と第5番、そして第12番になります。
後半は、メンデルスゾーン=ラフマニノフの《真夏の夜の夢》から「スケルツォ」、リスト《ピアノ・ソナタ》、そして最後に《愛の夢第3番》を弾きます。
リストが持っていた情熱や愛、歌心などを今回のプログラムに反映させています。
―1曲を除くと、すべてリストの作品ですね。
リストは、私にとって特別な作曲家です。
初めてリストの作品と出会ったのは、小学校5年生の頃でした。《三つの演奏会用練習曲》の「軽やか」を弾き、「リストってなんて素晴らしいのだろう!」と。リストの作品のメロディーやパッセージなどが、自分の感性に合っているような感じがしました。そこから、リストの作品を勉強し始めました。
今回のリサイタルの曲目は、これまで手掛けた思い出深い作品で構成しました。前半はリスト作品で、物語や歌を中心としたプログラムです。
まず、《超絶技巧練習曲》第1番ですが、ハ長調の「ド」から始まる音楽で、聴衆の皆さまをリストの世界に引き込みたい気持ちがありました。次に、第5番「鬼火」は長く勉強してきた曲で、超絶技巧よりも鬼火が軽やかに舞う空間的なものを表したいと思っています。その後の《バラード第2番》ですが、ルービンシュタインのコンクールでも、1次予選で「鬼火」から《バラード第2番》という流れで演奏しました。幻想的な鬼火の世界から、バラードの感情の波打つ海をイメージしていて、その移り変わりが好きです。
リスト=シューベルトの歌曲については、リスト・ユトレヒトのコンクールの頃から勉強し、大学院2年時に論文も執筆しました。リストは、シューベルトをとても尊敬していました。その美しい音楽を、皆さまに知っていただきたいとの思いで選曲しました。
後半1曲目のメンデルスゾーン=ラフマニノフは、ルービンシュタインのコンクールで演奏し、江口文子先生からも「あなたに絶対に合う曲だから」と勧めていただいた作品です。その最後の「ソ」の音は、続くリストの《ピアノ・ソナタ》の最初の音と同じ「ソ」で、始まりの音でもあります。幻想的なスケルツォから、《ピアノ・ソナタ》の深くて荘厳な空間に皆さまを誘いたいと思いました。
この《ピアノ・ソナタ》は、ゲーテの「ファウスト」の物語を基に書かれたと言われています。今年はこの作品を中心に勉強していて、ダブリンとルービンシュタインのコンクールで演奏していますが、勉強するたびに思いも変わってきています。今、紀尾井ホールでしか弾けない《ピアノ・ソナタ》を模索しているところです。そのソナタの壮大な物語のあと、皆さまに「今日のコンサート、良かったな」と思ってもらえるように、《愛の歌第3番》をプログラムの最後に置きました。
―《超絶技巧練習曲》を初めて弾いたのはいつ頃ですか?
中学生の頃です。アリス=紗良・オットさんが全曲弾いているCDを聴き、強い衝撃を受けました。それまでは、リストの作品は男性が力強く弾くものだという固定概念のようなものがあったのです。中学生の時、《超絶技巧練習曲集》をすべて練習して、その中からコンサートやコンクールで演奏する曲を選んでいきました。
―シューベルトの歌曲をリストが編曲したピアノ曲も演奏しますね。
大学の1、2年生の時、副科で声楽を取っていました。声楽専攻の人のようには歌えませんが、声楽の経験もピアノの演奏に活きています。
例えば、シューベルトの歌曲はドイツ語です。発音やフレージングなどはすべて言語からきていて、そのニュアンスはそのままメロディーに関わってきます。歌曲のピアノ編曲を演奏する時、シューベルトの歌曲から勉強し直しました。
―リストの《ピアノ・ソナタ》は大学時代に初めて弾いたそうですね。
ずっと憧れていた曲で、最初に弾いたのは大学3年生の後期試験で弾きました。昨年のダブリンのコンクールで初めて聴衆の皆さまの前で演奏した時、もっとお伝えしたいとの気持ちがどんどん沸き起こってきたのです。物語がもとになっている曲なので、自分が一番感情移入してしまう曲でもあります。目まぐるしく変わっていく状況のなか、最後はメフィストがあざ笑うかのようなテーマが出てきて音楽は終わるのです。
バレエの伴奏で進化さらに
―ご自身の演奏をどのように捉えていらっしゃいますか?
熱い思いを柱として、そこからいろんな感情を大きな木のように実らせ、それを皆さまにお伝えしたいと考えています。
演奏する上で一番大切にしているのが、聴衆の皆さまにお伝えする“心”です。作曲家に対しても尊敬の念をひとときも忘れずに演奏することを、先生から学びました。
感謝と尊敬…最も大事な感情だと思います。
―黒木さんの演奏を聴いていると、生来の運動神経を感じます。
運動神経は悪い方で…(笑)。ただ、3歳から10歳までクラシックバレエを習っていて、とても好きでした。
―お母さまはピアノの先生だそうですね。
母はピアノを教えています。父は自衛隊のヘリコプターパイロットですが書道の師範の免許を持っていて、私も小さなころから書道を習っていました。私も師範の免許を持っています。
―表現するのがお好きなのですね。絵を描くのですか?
大好きです! いまでも描いたりしていますが、もう少し時間が欲しいですね。油絵もやってみたいです。
―バレエが好きだったとおっしゃっていましたが、黒木さんが在籍していた昭和音楽大学にはバレエコースもありますね。
大学院の2年間で、バレエ伴奏の研究をしていました。
バレエのレッスンでのピアノはすべて即興で、振付をバレエの先生が指示して、それに合わせて即興で弾きます。それから、「くるみ割り人形」や「ロミオとジュリエット」などの演目も、そのオーケストラの音楽をどのようにピアノに編み直すかにも取り組みました。
バレエダンサーの耳は、ピアノを弾く人の耳とはまったく違うのです。どの音がきっかけで振りに入るか…そのきっかけがとても大事で、オーケストレーションの中からピアノが感じる重要な音と、ダンサーが感じる重要な音はまったく異なるので、その点に気をつけながら編曲するなど、興味深いこともたくさんありました。
社会貢献できる演奏家に
―ちょうど大学院を修了されたところですが、さらにコンクールに出場する予定はありますか。
まだ考えられません。活動としましては、コンサートの機会をたくさんいただいていますので、その中で、自分が何をしていきたいかを模索していきたいと思っています。
―今後どのようなことに取り組む予定ですか。
レパートリーを増やしていきたい。今年の下半期のコンサートでは、メンデルスゾーンやチャイコフスキーのソロの作品、それから来年にはシューマンのコンチェルトを演奏する機会もあります。さまざまな勉強にも積極的に取り組み、自分を成長させていきたいです。
―どのようなピアニストを目指していきたいですか。
社会貢献できるピアニストになりたいですね。
小学校低学年の頃、定期的に地元の老人ホームで演奏していた時期がありました。演奏した次の日、認知症のおばあちゃんが「昨日のピアノ、良かったね」とおっしゃっていたそうです。前日の出来事を翌日まで覚えていたのはすごいことだと、職員の方から連絡をいただき、音楽の無限の可能性に驚きました。今後、さまざまな活動を行うなかで、社会貢献できればと思っています。
―今後の演奏活動の予定を教えてください。
ヨーロッパでは、7月と8月にオランダやポーランド、イタリアでいくつかソロ・リサイタルがあります。その後、10月に豊洲シビックセンター、12月には浜松で公演があります。それから、2025年には、ルービンシュタインのコンクールの褒賞コンサートとして、カーネギーホールでのデビューが決まっています。
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黒木 雪音(くろき・ゆきね)1998年生まれ、千葉市出身。昭和音楽大学大学院修了。3歳よりピアノを始め、7歳でオーケストラと共演。2019年、ピティナ・ピアノコンペティション特級銀賞、22年、ダブリン国際ピアノコンクール第1位、リスト・ユトレヒト(リスト国際コンクール)第1位、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位。
道下 京子(みちした・きょうこ)1969年、東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究)修了。現在、「音楽の友」「ムジカノーヴァ」など音楽月刊誌のレギュラー執筆をはじめ、書籍や新聞、演奏会プログラムやCDの曲目解説など執筆多数。共著「ドイツ音楽の一断面―プフィッツナーとジャズの時代」など。
(2023年5月10日掲載)