会員限定記事会員限定記事

経済政策の目的は「幸福」 G7、GDP偏重から脱却模索【けいざい百景】

2023年05月31日12時00分

 民主主義国家において、経済政策の目的は何だろうか。究極的には国民が「幸福」になることに違いないが、政策を選択するに当たっては何らかの指標を参考にせざるを得ない。これまで経済的な規模を示す国内総生産(GDP)が重視されてきたが、拡大する格差や気候変動の影響を捉え切れていないとの指摘がある。規模の拡大が幸福に直結しなくなった現状を踏まえ、日本が議長国を務める先進7カ国(G7)はGDP至上主義からの脱却を模索し始めた。(時事通信経済部 小林優哉)

「幸福」追求の経済政策

 新潟市で5月に開いたG7財務相・中央銀行総裁会議の共同声明には「ウェルフェア(幸福)を追求する経済政策」という項目が新たに設けられた。声明はデジタル化や気候変動、格差、ジェンダーなどの要素について、「GDPのような集計された単一指標では十分に捉えられない」と指摘した。その上で、「多元的な指標を把握するとともに、そうした指標を政策立案に反映させるためのツールを探求する必要がある」とした。

 仕掛け人は財務省国際部門トップの神田真人財務官。神田氏は「社会経済が大きく変容する中、GDPで把握できる価値を超えて政策を議論することが重要だ」と力説する。背景にはGDPを重視するあまり、反映されにくい経済活動の持続可能性や所得格差が軽視されてしまうことへの危機感がある。GDPが抱える課題を巡り、G7で討議することは極めて異例という。

 G7新潟会議では、ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授を会議に招いたほか、インドやブラジルなど「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国も交えて意見交換を行った。同氏は社会の全体像を捉えるためには、GDPなど単一の指標だけでなく、健康や教育水準など複数の指標を活用すべきだとの主張で知られ、「脱GDP」研究の第一人者とされる。出席者によると、同氏からは「GDPを追求することが真に人々にとって幸せなことなのか」と問題提起があった。

 「富の平等や持続可能性といった多様な価値を認識し、政策に反映していくことの重要性を共有した」。会議終了後の記者会見で、鈴木俊一財務相はこう強調した。鈴木氏は「私にとっては目新しい議論に接することができた」と振り返る。

GDP、何が問題?

 GDPは国内で生み出されたモノやサービスの付加価値の総額を示す。前の四半期と比べた増減率が経済成長率で、景気動向を示す指標や経済政策の目標として使われてきた。

 ただ、環境破壊の影響を捉え切れず、それに伴う公害対策費がGDPを増加させてしまうとの問題点がかねてより指摘されていた。インターネット上で無料で提供されているSNSや動画視聴サービスについても、支払った対価を元に計算されるGDPでは経済活動の実態を十分に反映できていない可能性がある。

 GDPが増加し、国の経済規模が拡大しても、格差がさらに広がる場合もある。スティグリッツ氏も格差の拡大について、「政治への不満からポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭につながる」と警鐘を鳴らす。

 こうした問題意識を背景に、国際機関や各国では指標の改善や創設が進められてきた。国連は所得水準に加え、平均寿命や就学年数を考慮した総合指標として「人間開発指数」を開発。経済協力開発機構(OECD)も経済的な豊かさに加えて、社会的なつながりや主観的な幸福度などのさまざまな尺度で生活の質を評価する指標群「より良い暮らし指標」を公表している。

 日本政府も「グリーンGDP」の研究に取り組む。政府が昨年6月に閣議決定した経済・財政運営の基本指針「骨太の方針」にはその研究・整備を進める方針が明記された。内閣府は昨年、温室効果ガスなどの排出削減努力を加味した経済成長率の試算を公表。このほか、生活に対する満足度の調査も行っている。

G7、議論の行方は

 共同声明に基づき、G7は今後、活用可能な指標の絞り込みや、指標をどうすれば予算編成プロセスに反映できるか検討をさらに進めていく。声明はこうした取り組みが「G7の中核的価値観である民主主義と市場経済への信頼を維持することに資する」と結んだ。来年の議長国であるイタリアも強い関心を持っているとされ、「G7で長い年月にわたり議論が続く可能性があるテーマ」(財務省幹部)になりそうだ。

 BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは、「新しい価値観を示す議論をすることがG7のあるべき姿だ」と評価する。「地球温暖化をどうするかと言う一方で、『中国に負けるな』と成長ばかり追求しても問題の解決にならないし、グローバルサウスを取り込めないだろう」と話す。

 国際通貨基金(IMF)によると、新興国の台頭もあり、世界全体のGDPに占めるG7の割合は4割程度まで低下している。気候変動など世界規模の課題解決は新興国の協力なしにはおぼつかないのが実情だ。成長著しい新興国内で広がる所得格差の問題も見過ごすことはできない。世界経済を「持続可能」なものにしていくためには、先進国自ら範を示すことが必要だ。

けいざい百景 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ