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元サントリー広報、冬季五輪に挑む 新競技“スキーモ”で【けいざい百景】

2023年05月24日12時00分

 「SKIMO(スキーモ、山岳スキー競技)」という競技をご存じだろうか。スキー板を履いたまま雪山を登ったかと思えば、外して背中に担いで移動し、再び装着して滑り降りてタイムを競う。日本でなじみの薄いこの競技が2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪で追加される。

 4月15日、ノルウェー北部トロムソで開催されたスキーモのワールドカップ(W杯)に一人の日本人選手の姿があった。数カ月前までサントリーホールディングス(HD)広報部に勤務していた上田絢加選手(30)だ。26年五輪でメダルを狙う上田選手の軌跡をたどった。(時事通信経済部 安田弓彦、運動部 西村卓真)

【目次】
 ◇山岳アスリートの広報部員
 ◇スキーモ、欧州では世代超え愛好
 ◇駆け上がれ! メダリストへの道
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山岳アスリートの広報部員

 上田選手は神戸大を卒業後の16年4月、「やってみなはれ」の企業理念に引かれ、サントリーHDに入社。営業部門で量販店などを担当した後、22年3月に広報部に配属された。

 広報部の業務は、プレスリリースの作成、記者会見の運営、新聞社やテレビ局による問い合わせへの対応など多岐にわたる。飲料・食品メーカーでは、新商品や自社の取り組みを報道機関に発信してもらい、消費者の認知につなげることも重要な役割だ。ただ、報道機関が求める情報と企業が強調したポイントが異なる場合などには互いの意見がぶつかり合うこともある。

 上田選手は広報部で22年6月まで、通信社や女性誌、インターネットメディアを担当した。上田選手は「商品のポイントを記者に工夫して伝え、うまくいけば記事配信につながる。結果が目に見えて面白かった」と当時を振り返る。

 仕事と並行して18年から打ち込んだのが、非常に険しい山を走破する速さを競う「スカイランニング」と、この競技を通じた縁で始めたスキーモだった。上田選手は子どものころから陸上やトランポリンなどさまざまな競技に親しんでおり、それらの経験を生かしてスキーモでも活躍。19年ごろからは毎週金曜日、仕事が終わった後、コーチの居住する群馬県でトレーニングし、月曜早朝に新幹線で東京に戻って出社する生活を続けた。

 当初、サントリーHDを辞める考えはなかった。しかし、スキーモが五輪の追加競技に決まり、自身も強化指定選手に選ばれたことが転機となった。海外遠征への参加や、国内でも普段から雪が多い環境でトレーニングに打ち込むため、今年1月末退職。東京都から群馬県に移住した。退職による所得減少なども頭をよぎったものの、「自分が面白いと思っているスポーツが初めて五輪競技になる。(五輪を)目指さないといけない運命だと思った」と迷いはなかった。

 4月には同県を中心に専門学校を運営する「中央カレッジグループ」(前橋市)にアスリート兼広報職員として再就職した。学生に「目標に向け現在進行形で挑戦する姿を見せる」(上田選手)ことを期待されての採用という。長期間の海外遠征などに参加できるほか、費用面での支援も受けられることになった。

スキーモ、欧州では世代超え愛好

 スキーモは、スキーと登山を融合した山岳競技だ。アルプスで行われていた欧州の国境警備隊のトレーニングが発祥という。コルティナダンペッツォ五輪では、1周3~5分程度のコースで順位を争う「スプリント」、男女1人ずつのチームでコースを周回する「混合リレー」の2種目が実施される。

 登りでは、前には進む一方、後ろには滑りにくくする「クライミングスキン」(「シール」とも呼ばれる)をスキーに貼り付ける。スキーを外して背負って、ブーツで斜面を駆け上がる「つぼ足」と呼ばれる部分もあるほか、アルペンスキーのように一気に滑降する場面もある。

 選手は外したスキンをしまうポケットの付いた上着を着用。スキーを取り付ける留め具が付いたバックパックを背負いながら競技する。スキーやブーツは他の競技より軽く、固定の仕組みも異なる。

 特徴的なのが、激しい高低差に加え、スキーやスキンを付け外しする作業もレースの一部ということだ。「トランジット」と呼ばれ、これらのテクニックと素早さも順位を左右する。選手は徐々に弱まるスキンの粘着具合にも気を使う。

 急斜面を登る様子は見るからに過酷だ。しかし、欧州では世代や性別を問わず親しまれている。上田選手は「雪の上を自由に移動できる面白い競技で、(心身を)追い込まなければハイキングのように楽しめる」と語る。トロムソでのW杯は市街地に雪を積んで作ったコースで、競技が地域に受け入れられている様子が感じられた。

 一方、日本での認知度は低い。日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)によると、競技人口は200人程度。代表選手が海外遠征する際の費用は選手が自分で捻出しているほか、スキーやビンディング(ブーツを板に取り付ける器具)など専用用具も国内では手に入りにくい。国内での試合も少なく、4月にシーズン終了後のスキー場で予定されていた群馬県の大会は、雪不足で中止になった。

駆け上がれ! メダリストへの道

 コルティナダンペッツォ五輪の開催まで3年を切る中で、上田選手を含む日本勢にとって最初の課題は出場枠の獲得だ。JMSCAによると、同五輪では競技合計で男女18人ずつが出場できる。ただ、世界選手権の上位選手のみが出場すると、欧州選手で埋まってしまう可能性があり、大陸ごとの出場枠を設けることが検討されている。

 アジア枠が設けられた場合でも、その枠はアジア各国選手での争いになる。具体的な選考方法は決まっていないが、近年では中国が選手育成に注力。日本人選手の出場枠獲得は「簡単ではない」(JMSCA)という。日本人選手同士でもしのぎを削ることになる。

 出場枠を獲得し代表に選ばれても、メダル獲得には世界のトップ選手との差を縮めていく必要がある。上田選手の22~23年シーズンのW杯や世界選手権での最高順位はスプリントが24位、混合リレーは11位で、欧州勢との力の差は大きい。

 上田選手のコーチで、自身も日本代表歴を持つ星野和昭氏は「(上田選手が)26年五輪での日本代表候補であることは間違いない」と評価。一方で、「体力は抜群だが、まだ(レース中の動作が)スキーモの動きになっていない」と指摘する。改善の余地がある分、上位浮上への伸びしろがあるとも言え、競技に集中できる環境が整ったこともプラスに働くとみている。

 まずは出場枠獲得のため日本選手権とアジア選手権での優勝を目標に据え、「五輪を目指す環境は整った。最短距離で世界との差を埋めていく」と意気込む上田選手。五輪出場・メダル獲得への道は険しいが、サントリーHDの有志社員が「応援金」を集めて遠征を支援してくれるなど、元同僚からも活躍に熱い期待が寄せられている。

(2023年5月24日掲載)

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