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マラソン界の新鋭、23歳キプトゥムが迫る「2時間切り」 ロンドンで示した可能性

2023年05月01日15時30分

世界記録まで16秒

 男子マラソン界にとてつもないランナーが現れた。人類史上初の「2時間切り」を成し遂げるのはこの男か―。そう思わせるほど圧倒的な走りだった。4月23日のロンドン・マラソンで、世界歴代2位の2時間1分25秒をマークし初優勝した23歳のケルビン・キプトゥム(ケニア)。母国の英雄エリウド・キプチョゲ(38)が昨年9月にベルリンで樹立した世界記録まで16秒に迫った。今回がまだ2度目のマラソン。キプチョゲの後継者候補は、歴史に名を刻むスターになる可能性を秘めている。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)

 中間点の通過は1時間1分40秒。プレスルームでレースを見守っていた記者たちは、この時点では誰もこの結末を予想できなかった。「ゴールは2時間3分前後かな。雨で肌寒い条件を考慮すれば十分に好タイムだな」。私もそんなふうに思った記憶がある。

 最初のサプライズは30キロすぎだった。6人で競り合っていた先頭集団からキプトゥムが飛び出し、あっという間に後続を置き去りにした。ラストスパートかのような急激なスピードアップ。独走態勢を築いてもハイペースを保ち、力強く進んでいった。

 30~35キロは直前の5キロより41秒も速い13分49秒。35~40キロも14分1秒。30キロ以降とは思えない驚異のラップタイムを刻んでいく。キプチョゲが世界記録を出した時と比較して、30キロ地点の通過では1分43秒遅れていたが、40キロ地点では20秒遅れにまで縮めていた。

 「世界歴代2位は間違いなさそうだ。まさか世界記録まで届くのか…」。プレスルームは騒然とし始めた。キプトゥムは観客の大歓声と拍手を受け、バッキンガム宮殿前のカーブを曲がり、最後の直線に入る。歯を食い縛り、体を揺らしながら懸命に腕を振った。人さし指を突き上げた後、胸をたたき、両手を広げながらゴールテープを切った。くしくも今回スターターを務めたキプチョゲが、2019年大会に出した大会記録を1分12秒も更新。「なんというパフォーマンスだ!」。テレビの実況は興奮気味にたたえた。

驚異のペースアップ

 中間点以降のレース後半は59分45秒。主催者や報道によると、フルマラソンにおけるハーフの記録としては「史上最速」タイムだ。ハーフマラソン日本記録は60分ちょうどであることからも、いかに驚くべきペースアップだったかが分かる。レース前半と比べて後半は1分55秒もタイムを縮める別次元の「ネガティブスプリット」で駆け抜けた。

 キプチョゲは世界記録を出したレースで、中間点までを59分51秒のハイペースで突っ込んだ。キプトゥムは全く異なるレース内容でその世界記録に迫った。ロンドンのコースは好記録が特に出やすいベルリンほど平たんではない。また、今回は雨が降り、コンディションはベストとは言えなかった。

 昨年12月にスペイン・バレンシアで初マラソンに臨んだキプトゥムは、世界歴代3位(当時)の2時間1分53秒で制する衝撃的なデビューを飾った。2度目のマラソンとなった今回はその記録を28秒縮めた。「2時間2分か3分ぐらいで走るつもりだった。世界記録のことは考えず、いいタイムを出すことに集中していた」。今後の世界記録挑戦については、「家に帰って考えると思うが、今はまだだ」と答えるにとどめた。

パリ五輪でキプチョゲと対決も

 英BBC放送(電子版)によると、キプトゥムが陸上競技を始めたのは18年。当時は指導を受けずに自身で考えて練習していたという。コーチに師事し始めたのは、昨年のバレンシア・マラソン後。つまり、本格的な指導を受け始めてからまだ半年もたっておらず、大きな伸びしろを感じさせる。

 世界屈指の高速コースで、気候も最適な秋のベルリンに出れば、世界記録更新は十分視野に入る。一方で本人は今後のレースは未定とし、ケニア陸連から代表に選ばれれば8月の世界選手権(ブダペスト)に出場する意向を示している。

 来年の夏にはパリ五輪が控え、キプチョゲは16年リオデジャネイロ、21年東京に続く五輪3連覇の大偉業に挑む可能性がある。同じケニア代表として新鋭のキプトゥムも出場し、世界歴代1、2位の両者が金メダルを懸けて火花を散らすことになれば、これほどエキサイティングなレースは他にないだろう。

 19年10月にキプチョゲが記録非公認のイベントで1時間59分40秒をマークしたことはあるが、公認レースでの2時間切りは未到の領域。だが、シューズなど用具や技術の進歩も後押しし、人類が42.195キロを1時間台で走破する瞬間は確実に近づいている。今年11月で39歳になるキプチョゲにチャンスが残っているのか、それとも勢いのあるキプトゥムが先駆者になるのか。人間の限界に挑む戦いは熱を帯びている。

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