首相からの報奨金に「家族を養いたい」
一人の女子ランナーの走りが世界中の感動を集めている。5月にカンボジアで開催された総合競技大会、東南アジア大会の陸上女子5000メートルで、地元のボウ・サムナンは豪雨の中、ずぶぬれになりながらも最下位の11位で完走。順位が一つ前の選手とは約1分半の大差が開き、1位のベトナム選手がゴールしてから6分近くが経過していたが、諦めることなく走り抜いた。世界陸連などによると、フン・セン首相から「忍耐を奨励するため」として報奨金1万ドル(約135万円)が贈られた。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)
5月8日、首都プノンペンにある数万人を収容できる国立競技場。土砂降りの雨、孤独に負けず、水たまりができたトラックを懸命に腕を振って走り続けた。観客の声援を受けてフィニッシュすると、歓声と拍手に包まれた。記録は22分54秒22。サムナンはレース後、観客に向けて何度も両手を合わせて感謝を表し、涙を流しながら国旗を掲げた。
AFP通信によると、20歳のサムナンは「レースを放棄する権利もあったが、まずはカンボジア代表としての義務がある。だから諦めなかった」。長い間、貧血に悩まされ、トレーナーからは欠場を勧められていたという。それでも、「国民のために私はレースに参加することを約束した」。母国の誇りを胸にスタートラインに立った。
陸上を始めた中学時代、シューズは1足しか持っておらず、スポーツウエアなど「トレーニングに必要なものが何もない状態だった」。練習環境も整っていなかったという。2016年から国の陸上プログラムに参加して支援を受け始め、昨年の大半はこの大会に向けて中国でトレーニングを積んだ。
一躍時の人に
父親は数年前に事故で他界したという。故郷の晴れ舞台で快走を披露することはできなかったが、困難に挫けずにひたむきに駆け抜ける姿は人々の胸を打った。五輪公式ツイッターは動画とともに「たとえ最下位でも、たとえひどい天候でも、たとえ無理だと感じても、決して諦めない。ボウ・サムナンを止めるものはなかった」とつづってたたえた。
サムナンは言う。「私がゴールを目指したのは、人生において多少遅くても速くても、目的地に同じようにたどり着くことを人々に示したかったから。だから諦めてはいけない。ベストを尽くす」。世界陸連やさまざまな報道媒体も取り上げ、レース動画は瞬く間に世界中に拡散され、大きな反響を呼んだ。地元では一躍「時の人」となり、記念撮影の行列ができるほど有名になった。
カンボジアの労働者1人当たりの1日の平均収入は約10ドル(約1350円)。サムナンは報奨金の使い道について、「家族を養うために使う」と語り、母親の借金を返済し、自身の教育資金に充てるという。今年、ITと法律を学ぶ大学に入学予定で、競技も続けていく。「勝てなかったので残念だったけど、負けたと分かっていても応援してくれてうれしかった。動画が拡散されると思っていなかった。サポートには本当に感謝している」と振り返り、「将来、国のため、応援してくれる人のために報われるように頑張りたい」と決意を新たにした。