日本の漁業の衰退とともに、漁師の数は減少の一途をたどり、後継者不足が深刻化している。そんな中、漁師の仕事に興味を持つ女性が増え、漁師として採用されるケースが増えている。男性の職業の印象が強い漁業でもジェンダー平等が進みつつある。(時事通信水産部長 川本大吾)
女性は「ごくわずか」
漁師はこれまで、きつい、汚い、危険の「3K」職場の典型とされてきた。毎年2000人近くの新しい漁師が誕生してはいるものの、離職率は高い。農林水産省の調査によると、海上作業に1年間で30日以上従事した「漁業就業者」は、2021年が約12万9000人。10年前に比べ3割近く減少し、高齢化も顕著となっている。
21年の漁業就業者のうち、女性は1割以上を占めるが、漁業関係者は「親族と一緒に漁師となっている人が多く、近縁者がいないところで漁師として働いている女性はごくわずか」と説明する。遠洋漁業など半年以上に及ぶこともある長期の航海は、力仕事が多いだけでなく、男性ばかりの狭い空間に女性を乗船させにくい面もあるという。
また、漁師の世界には「海の神様は女性であり、漁船に女性が乗ると嫉妬してしまう」という古い言い伝えもあり、女性漁師が歓迎されなかった風潮もある。
各地から「私も漁師に」
近年、女性漁師の存在がSNSなどを通じて知られるようになった。養殖のほか沿岸漁業でも女性漁師が誕生。生き生きと仕事をしている姿が反響を呼び、新たな志願者を生んでいる。
埼玉県内の飲食店で料理人をしていた岸本希望さんは昨年5月、長崎県雲仙市で巻き網漁の漁師に転身。今年、正式に漁業会社の社員として採用された。以前から「海、魚が好きで、漁師ってかっこいいと思っていた」と岸本さん。漁師になってからは「最初はきつかったが、(先輩漁師は)皆優しいし、魚がたくさん取れた時はすごく楽しい」と、やりがいを感じている。
三重県では、女性数人のグループが小型の定置網漁に取り組んでおり、インターネット上などで静かな話題となった。それを知った各地の女性から「私も漁師になりたい」との問い合わせが寄せられているという。希望者全員を受け入れることはできないが、漁業体験など随時実施し、漁師の仕事を知ってもらう機会を設けている。静岡県や高知県などでも近年、沿岸漁業の女性漁師が誕生し、話題となっている。
多くの漁業会社が受け入れ意向
こうした中、水産庁の支援を受けて漁業者の求人サイトの運営や募集イベントを手掛ける一般社団法人・全国漁業就業者確保育成センター(東京)は今年3月、女性を対象としたオンラインセミナーを開催。セミナーをきっかけに「転職して漁師になる」と決意し、今夏デビューを果たす女性もいるという。
セミナー開催に合わせて同センターが行った調査では、女性を受け入れる意向の漁業会社は多く、漁師などを募集する約300社のうち60社以上が「受け入れは可能」と回答した。馬上敦子事務局長は、「これだけ多くの漁業会社などが、女性を漁師として迎えてもいいと思っていることに正直驚いた」と打ち明ける。
ただ、60社以上のすべてが、女性漁師の受け入れ態勢を十分に整えているわけではない。漁船にトイレがないなど設備面が不十分なほか、漁業会社からは「女性を雇ったことがないため、男性と同じ対応になってしまうが大丈夫なのか」との不安の声も上がっているという。
水産庁も期待
女性の漁師について、水産庁水産経営課で「水産女子PJ職員チーム」を兼任する福釜知佳課長補佐は「女性の受け入れには環境面で課題もあるが、漁師に興味がある女性は確実に増えている。課題を解消し、ぜひ担い手確保につなげてほしい」と期待している。
全国漁業就業者確保育成センターは、6月9日に女性対象のセミナーを再び開催する。馬上事務局長は「漁業者からは現場に女性が入ると、明るく楽しい雰囲気が生まれるという話を聞く。決して楽な仕事ではないが、やる気があれば性別に関係なく、漁師になれることを知ってほしい」と呼び掛けている。