マレーシアやシンガポールなど東南アジア5カ国はこのほど、女性の伝統衣服「ケバヤ」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録に向け、共同申請を行った。多くの伝統文化は国境を越えて根付いているにもかかわらず、1カ国による単独申請が行われて、いざこざの種になるケースが過去にあった。共同申請の5カ国は「過去最多」で、東南アジア諸国の協調ムードも演出できた。(時事通信社シンガポール支局 新井佳文)
「横取り」批判、「ボルシチ戦争」も
単独申請は禍根を残すリスクがある。シンガポールでは2020年、ホーカーセンター(屋台村)が国内第1号の無形文化遺産に登録された。多様な食が庶民的価格で提供されるホーカーは「多文化社会の象徴」と政府は胸を張った。しかし、同根の文化を持つマレーシアから「屋台はシンガポールだけの文化ではない」「横取り」「こちらが本家」と反発する声が続出し、後味の悪さを残した。
別の例では、「ボルシチ戦争」と騒がれたケースもある。ウクライナはロシアからの侵攻を受けた後、ビーツ(赤カブ)を使って作られるスープのボルシチを単独で登録申請。ロシアは強く反対したが、ユネスコは21年3月、ウクライナに肩入れし、通常より短期間で登録を承認した。AFP通信によると、ウクライナのトカチェンコ文化相は「ボルシチ戦争でわれわれは勝利した」と表明した。
ボルシチはウクライナ発祥とされるが、ロシアやその周辺国でも根付いており、「ロシア料理」の代表格として知られる。それをウクライナの文化遺産として認めることは、地域共有の文化を「一つの国家」だけに帰属させる試みだとロシア外務省は非難していた。
インドネシアが歩み寄り
東南アジア5カ国は今回、共同申請にこぎ着けたが、一時は分裂する恐れがあった。マレーシアが提案し、シンガポール、ブルネイ、タイが賛同したものの、「ケバヤは国民服」と自負するインドネシアが国会の意向もあって単独申請を試みたためだ。インドネシアが最終的に歩み寄ったため、文化遺産で例のない最多5カ国での共同申請が実現した。
ケバヤの申請について、マレーシア観光・技術・文化省は「われわれが共有する豊かな歴史を象徴、祝福するものであるとともに、異文化理解を促し、東南アジア全域に存在し続けていることが理由だ」と説明。ケバヤに用いられる刺しゅうや縫製技術といった技巧は、無形文化遺産で求められる定義に合致しているという。
花や動物、神話上の生き物など、マレーシアや中国、インド、欧州の文化をモチーフとした柄を特徴とする場合がある。インドネシアでは、バティック柄のヤシの実があしらわれることも。シンガポールでは、「マレー系やプラナカン(現地化した中華系移民の子孫)など地域社会の遺産」(シンガポール国家文化遺産保護局)で、シンガポール航空の客室乗務員もケバヤ調の制服を着ている。
2番目に多い日本
無形文化遺産は、03年のユネスコ総会で採択された無形文化遺産保護条約に基づく。芸能や社会的慣習、儀式、祭礼行事、伝統工芸技術を保護するのが狙いだ。「グローバリゼーションの進展に伴い、世界各地で消滅の危機が叫ばれるようになった」(日本の外務省)ことで、こうした仕組みの必要性が高まった。
22年10月時点で締約国数は180に上り、世界全体で530件が登録された。日本の登録数は2番目に多い22件。年に1回、選出された24カ国で構成する政府間委員会が開催され、評価機関の勧告を踏まえて最終決定する。
今回の申請結果は、24年(例年だと11月か12月ごろ)の無形文化遺産保護条約政府間委員会の第19回会合で決定される見通しだ。(了)
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