卓球の石川佳純さんが18日の引退記者会見で思い出の試合を聞かれ、2012年ロンドン五輪の女子団体準決勝と17年世界選手権の混合ダブルス決勝を挙げた。冒頭の挨拶では21年全日本選手権を「5回の優勝の中ではすごく思い出深いです」とも振り返った。この3試合の他に2試合を選んで「石川佳純名勝負5試合」をプレーバックする。
横浜から世界の舞台へ
【2009年世界選手権個人戦(横浜)】▽女子シングルス2回戦 石川4(8-11、8-11、5-11、12-10、11-9、11-5、11-8)3帖雅娜(香港)
石川は3度目の世界選手権で、個人戦のシングルスは初出場。世界ランクはまだ99位だった。
相手の帖雅娜は同10位の右シェーク攻撃型で、ピッチが速く、ブロックが固い。日本に立ちはだかる「壁」の一人で、石川も相手のペースで3ゲームを先取された。
第4ゲームも3-9。しかし、ここから「打っちゃえって感じで」両ハンドを思い切って振り、相手の弱いミドルも突き始める。ジュースの末にこのゲームを奪うと、帖のレシーブなどに弱気が見え始め、第5、第6ゲームも連取した。
最終ゲームは3-5から6点を連取した後、反撃を振り切った。投げ上げサービスからの3球目ドライブも、大事な試合に勝つと飛び跳ねるのも、ここが「原点」と言える試合だった。
3回戦で福岡春菜、4回戦で世界ランク31位のユ・モンユ(シンガポール)も破ってベスト8入りする。準々決勝では前年の北京五輪覇者・張怡寧(中国)に1-4で敗れたが、世界へ飛び出した16歳を海外の報道陣も取り囲んだ。
18日の記者会見で新華社の記者と中国語でやりとりした石川は、この頃すでに中国の記者に中国語で答えていた。
「ゾーンに入った」快勝で銀メダルへ
【2012年ロンドン五輪】▽女子団体準決勝・日本ーシンガポール・2番シングルス 石川3(11-5、11-6、11-2)0ワン・ユエグ
日本は1番で福原愛がフェン・ティアンウェイを下して先手を取る。ワン・ユエグは10年世界選手権団体戦で女王・中国を破って優勝したメンバーだが、この五輪では石川がシングルス準々決勝で対戦して勝っていた。
立ち上がりからサービスが効き、バックのドライブも使って圧倒する。第2ゲームからはワンの両ハンド攻撃をブロックで返してラリーを制し、ワンの戦意をそいでいった。18日の記者会見では「ゾーンに入ったというくらい調子が良くて、今でも鮮明に覚えています」と話した。
石川はこの後、平野早矢香と組んだダブルスでもワン、リ・ジャウェイ組を下し、日本は決勝進出と銀メダル以上が確定した。卓球競技7度目の五輪で全種目を通じ日本初のメダルだった。
女子団体は世界選手権でも1983年大会を最後に決勝へ進んでおらず、中国に挑む前に韓国や東南アジア勢などに苦杯をなめていた。ロンドン五輪の銀で階段を一つ上がったように、2014年大会からは5大会続けて決勝へ進み、東京五輪も決勝で中国と戦っている。
石川の成長と挑戦は、日本女子のステップアップと重なる歩みだった。
逆転の連続でつかんだ「世界一」
【2017年世界選手権個人戦(ドイツ・デュッセルドルフ)】▽混合ダブルス決勝 石川、吉村真晴4(8-11、8-11、11-8、10-12、11-4、11-9、11-5)3陳建安、鄭怡静(台湾)
経験豊富で台上プレーもドライブもある左の石川と、強力なサービスと爆発力を持つ右の吉村真晴(TEAM MAHARU)。前回は決勝で敗れており、この大会は優勝だけが目標だった。
準決勝を1-3からの逆転で突破した。この試合も第4ゲームをジュースで落として1-3とされる。左の陳がパワフルな両ハンドを振り、鄭はラリー力があってコース取りもうまい。
だが、第5ゲームは石川が陳に強打させず、第6ゲームは10-9から石川のひらめきで吉村が陳の逆を突くレシーブを決めた。最終ゲームは吉村のレシーブや3球目攻撃がさえ、最後は石川がスマッシュを打ち込んだ。
勝った瞬間に泣きだした石川を見て、吉村も目元をうるませたシーンが印象深い。
世界制覇は1979年大会男子シングルスの小野誠治以来38年ぶりで、混合ダブルスでは48年ぶりだった。石川は18日の記者会見で「表彰台に立った景色はこれからも忘れられないと思います」と話した。
2人は次の19年大会でも決勝へ進んでいる。かつて日本のお家芸といわれたこの種目で、間違いなく史上屈指のペアだった。
急造コリアを止めたキャプテンの死闘
【2018年世界選手権団体戦(スウェーデン・ハルムスタード)】▽準決勝・日本ーコリア・2番シングルス 石川3(11-4、6-11、11-8、11-13、16-14)2キム・ソンイ(北朝鮮)
1番で伊藤美誠(スターツ)が田志希(韓国)に勝って受け継いだバトン。石川は16年リオデジャネイロ五輪の初戦でキムに足をすくわれ、2月の大会で雪辱したとはいえ、強敵には違いない。
石川が相手のバックを攻めれば、キムもカットの打点を修正して追いつく。第3ゲームは駆け引きの末に石川が奪ったが、第4ゲームは迷いや攻め急ぎが出て落とした。
最終ゲーム、石川はマッチポイントを握られてからジュースに持ち込んだが、10-10と13-12から相手の打球がエッジボールに。試合後「アンラッキーが続いて心も折れそうになった」と明かした。
だが、諦めなかった。カット打ちをミドル中心に送って粘り、16-14で死闘を制した。伊藤、早田ひな(日本生命)、平野美宇、長﨑美柚(ともに木下グループ)の前で見せた魂の逆転。続く平野が梁夏銀(韓国)を下し、日本は決勝へ進んだ。
南北合同チーム「コリア」は朝鮮半島情勢の激変を受けて国際卓球連盟(ITTF)が動き、前日になって突然結成された。卓球界は1991年世界選手権千葉大会でコリアを結成しているが、この時は何年も前から慎重に進めていた。開幕後の結成は、ITTFの強引で軽率なスタンドプレーであり、現場には戸惑いがあった。
それを、キャプテン石川を中心とした団結と個々の成長で吹き飛ばした日本。中国との決勝では敗れたものの、伊藤が劉詩ブン(雨カンムリに文)を破り、勢いを世界にアピールした。
卓球が教えてくれたこと
【2021年全日本選手権(大阪)】▽女子シングルス決勝 石川4(4-11、11-7、7-11、7-11、12-10、11-5、11-9)3伊藤美誠
コロナ禍で延期になった東京五輪が、本当に開かれるのか。選手たちは不安と闘いながらメダルを目指す中での全日本。伊藤は2年ぶりの優勝で五輪へ弾みをつけたい。石川は4年間、優勝から遠ざかっていた。
1-3と後がなくなったが、第5ゲームから石川のサービス得点や相手の攻撃ミスが出始め、ジュースで競り勝つと、流れが変わった。
石川がレシーブに回転や緩急、長短の変化をつけ、伊藤の先制攻撃を微妙に狂わせる。高速なテンポに巻き込まれず、伊藤がわずかでも慎重になると、強打を返した。
準決勝などでも先に仕掛けて若手を崩した。優勝記者会見で「もう(全日本の優勝は)無理だと思ったし、実際に言われることもありました。でもそうじゃないことを、卓球が教えてくれました」と語っている。
18日にも「諦めないこと、チャレンジし続けることの大切さを、卓球が改めて教えてくれました」と回想した。涙腺が弱くてたくさん泣いた選手だが、この優勝で流した涙は人々の記憶にずっと残るだろう。
(世界ランクは当時)(現役の日本選手は現在の所属先を記載)(時事通信社 若林哲治)
卓球特集「高速のチェス」