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台湾は東アジアの火薬庫か 米中覇権争いの最前線を読み解く【政界Web】

2023年05月12日

 台湾総統選を来年1月に控え、米国、中国、台湾の駆け引きが活発化している。台湾の蔡英文総統(民進党)が今春訪米すると、その日程にぶつけるように野党・国民党出身の馬英九元総統が訪中。中国が台湾に軍事侵攻する台湾有事が懸念される中、日本は防衛力強化を急ぐ。米中覇権争いの最前線に位置する台湾海峡は東アジアの火薬庫なのか。複雑な台湾問題に詳しい2人に話を聞いた。(時事通信政治部 関惇志)

【目次】
 ◇軍事圧力より外交闘争
 ◇「三方一両損」
 ◇あえて有事論で抑止力強化
 ◇ウクライナ侵攻の教訓

【政界Web】前回は⇒「選挙の神様」が岸田首相と古巣に思うこと 前自民党事務局長・久米晃氏に聞く

軍事圧力より外交闘争

 《蔡氏は3月29日~4月7日の日程で、米国を経由して台湾と外交関係のある中米グアテマラとベリーズを歴訪。米国でマッカーシー下院議長と会談し、米台の強固な絆を内外にアピールした。これに反発した中国は台湾を取り囲む形で軍事演習を展開した。
 一方、馬氏は3月27日~4月7日に総統経験者として初めて中国本土を訪れた。台湾政策担当トップの宋濤・国務院台湾事務弁公室主任(閣僚級)らと会談し、中台融和を演出した。
 中台関係論が専門の
松田康博・東大教授は一連の動きについて、米中台が抑制的に対応したと指摘。総統選の与野党候補者の動向や、それに対する中国の反応を注視すべきだと説いた。》

 ―蔡氏と馬氏の日程はなぜ重なったのか。

 松田氏 蔡氏の日程は去年の段階から予定されていた。新型コロナウイルスの感染が収束し、出張できる時期で調整が進んでいた。馬氏訪中が蔡氏訪米に併せて行われた、と考えるのが合理的だ。

 ―馬氏訪中の背景は。

 コロナ禍で中台の人的交流は途絶えていた。台湾は連戦元副総統が中国とのパイプ役を担っていたが、高齢で中国に行くのは無理。馬氏はパイプ役のポジションが欲しかったし、中国もそういう人が欲しかった。
 馬氏は法律上、総統引退から5年たてば中国を訪問できる。その時期に当たる2021年はコロナ禍だった。中国が今年1月ぐらいから少しずつ水際対策を緩和し、いつ行くかが問題となった。馬氏と中国の間では、今年9月の訪問で調整されていたそうだが、突然3月末になった。馬氏の訪中を拒否できる立場にある中国側が、蔡氏訪米に合わせたというのが最も合理的な考え方だ。
 今回の訪問は中国側による馬氏の「一本釣り」で、国民党には知らされていなかった。国民党にしてみると、総統選に影響が出かねないので、選挙後の来年2月以降の訪中が望ましいと考えていた。

 ―中国側の事情は。

 4月後半にマッカーシー氏が訪台する可能性が取り沙汰されていた。これは中国側への挑発の度合いが大きく、昨年8月にペロシ米下院議長(当時)が訪台した時のような大規模な軍事演習を実施しなければならなくなる。だが、ゼロコロナ政策で経済が痛んでいる中、莫大(ばくだい)なお金がかかる大規模演習をしたくないのが本音だった。
 そこで中国は外交闘争に転換した。ホンジュラスを台湾と断交させて外交関係を樹立した。ただ、台湾内でのインパクトは足りなかった。マッカーシー氏より立場が高いハリス米副大統領の訪中も模索したが、頓挫した。残った外交カードが馬氏の訪中だった。

「三方一両損」

 ―今回の結果をどう見るか。

 米中台それぞれ少しずつ損をすることで「円満」に解決する「三方一両損」だった。
 台湾にとっては中国の大きな反発を招かずに蔡・マッカーシー会談を実現できた一方、講演を非公開にするなど非常に抑制的な訪米となった。ニューヨークではポンペオ前国務長官と会談することなども取り沙汰されたが、実現しなかった。
 米国にとっても100点満点ではなかった。台湾とホンジュラスの断交は、中米での中国の影響力誇示を許す形となった。馬氏訪中を止められなかったのも、台湾での影響力が民進党政権にしか及ばないことを印象付けた。
 中国はマッカーシー氏の訪台は免れたが、(蔡氏訪米中の)会談自体は止められなかった。

 ―蔡氏訪米と馬氏訪中の総統選へ影響は。

 基本的に民進党にプラスだった。ただ、蔡氏訪米だけだったら国民党も批判もできないが、馬氏訪中により台湾内で「蔡氏訪米が大成功」という報道が減った。雑音が多ければ、蔡氏訪米の成功はその分だけ減点されるということだ。

 ―総統選で今後注目すべき点は。

 与野党いずれも、総統選候補者は訪米するのが恒例だ。この際に、蔡氏訪米のように外交がしっかりと機能するかが注目される。民進党公認候補の頼清徳副総統(党主席=党首)は、昨年7月に安倍晋三元首相の弔問のため訪日するなど、正式な政府のルート以外を使って日本や米国を訪れている。中国側を刺激すれば、過剰反応を招く可能性もある。

あえて有事論で抑止力強化

 《日本政府は22年版防衛白書で台湾情勢に関する記述を拡充させた。昨年12月に改定した安保関連3文書では、台湾有事も念頭に防衛力を強化する方針を示した。台湾出身の劉彦甫・東洋経済新報記者は、ウクライナ侵略の教訓も踏まえ、対中抑止力が高まれば、台湾有事の可能性は限りなく低くなると主張する。》

 ―日本で台湾有事論が高まっているのはなぜか。

 劉氏 1949年に中国と台湾がある種の分断国家になり、70年以上ずっと有事の危険性はあった。台湾が実効支配する中国周辺の島しょ部、例えば金門島では砲撃など実際に戦闘が行われていた。ただ、それでも全面侵攻が起きていないのは抑止力が効いていたからだ。台湾も一定の反撃能力を持つ軍隊を持ち、米国は軍事介入など有事に対処する意図を保持し、対中抑止力となっている。
 しかし、ここ数年で状況が変わった。中国が経済発展し、軍事力を確実につけてきた。さらに習近平国家主席が登場した。軍事力を背景に台湾を統一しようとする可能性が過去70年に比べ高まってきたとの懸念が広がった。
 ロシアによるウクライナ侵略により、権威主義体制の指導者は抑止力がなくなると、本当に侵略をする可能性があるということが日本や欧米諸国に突き付けられた。台湾で同じことを起こさないためには、中国の軍事力増強に対応して抑止力を高める必要がある。民主主義国家では有事論がなければ、国民は防衛力強化の負担にまず応じない。日米両政府はあえて有事論を出すことにより、必要な抑止力の強化を図ろうとしている。

ウクライナ侵攻の教訓

 ―中国の軍事演習が台湾有事につながることはないのか。

 台湾有事にはレベルがいくつかある。一般的に台湾全面侵攻がイメージされるが、それだけではない。例えば軍事演習や、台湾が実効支配している島しょ部への武力行使も台湾有事だ。それぞれのレベルで台湾有事に関する考え方が変わってくるという認識は重要だ。
 全面侵攻の場合、数カ月にわたり多くの準備が必要だ。軍隊の移動や訓練、サイバー攻撃の活発化など戦略的な動きは察知ができる。あすすぐに起きるということはあり得ない。

 ―ウクライナ侵攻の教訓は。

 ウクライナ侵略では21年秋ごろから米国のインテリジェンス機関がロシア軍の動き察知し、警戒してきたが、ウクライナ政府も米政府も北大西洋条約機構(NATO)も、有効に対応できなかった。米政府は侵攻前に「米軍を派兵しない」と明言した。抑止が低下してしまったため、ウクライナ侵攻を招いた面がある。
 台湾有事について米政府は対処する意図を持ちつつ、実際に軍事介入するかは明確にしない「あいまい戦略」で対中抑止を維持している。実際に有事の兆候が見られた段階でも、米軍が「介入する」可能性のシグナルを出したり、台湾周辺に空母を派遣したりするなど抑止の手段は多く残されている。政策対応を間違わなければ、台湾有事が起きる可能性は極めて低い。
 仮に着上陸作戦を始めた場合、中国軍の目的は台湾全島を占領し、新しい統治体制を作り上げ、台湾全体に浸透させて支配することだ。
 ウクライナ侵略で、ロシア軍はキーウ占領に失敗し、泥沼の戦争にはまった。ロシアが失敗したように、中国が台湾の中枢を支配し、新しい統治体制を築くのは非常にハードルが高い。日本、米国、欧州、台湾が抑止力を強化し、このハードルをさらに高めることで、中国に台湾侵攻は「やれない」と思わせ続ければ、有事はいつまでも回避可能だ。

(2023年5月12日掲載)

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