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「人生格差」に目配りを  少子化対策で欠く論点

2023年05月04日11時00分

 日本の少子化は止まらず、むしろ加速している。2022年の出生数は79万人余りで、想定より11年も早く80万人を割り込んだ。政府は最近になって「異次元の少子化対策」を掲げ、児童手当の拡充や、多子世帯の住宅ローン軽減、保育サービス拡充を打ち出した。「いま子どもを持つ世帯」への支援が強化される一方、恩恵を受けられない層が多数いると専門家は指摘する。少子化対策で語られない論点について、日本の子ども支援に取り組む認定NPO法人「キッズドア」の渡辺由美子理事長に解説してもらった。


 【目次】
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児童のいる世帯は高所得
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数百万円背負って社会人
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「人生格差」が危機招く
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「今の若者」が行方を左右
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若者像を丁寧に 

児童のいる世帯は高所得

 「結婚や出産はぜいたくであり、自分には無理だ」と思う若者が増えている。私が運営する「キッズドア」の活動に参加してくれる大学生や若手スタッフが「奨学金を借りていて、毎月返済しなければならないので、(将来の生活が)とても不安。返済が終わるのは30代後半なので、それまでは子どもを持つなんて考えられない」と話すのをよく耳にする。

 2021の国民生活基礎調査によると、児童のいる世帯の平均所得金額は813万5000円だった。一方、65歳以上の高齢者を除く、いわゆる「現役世帯(児童のいる世帯含む)」の平均は685万9000円で、127万6000円の開きがある。

 所得分布で見てみると、児童のいる世帯は1000万円以上が25%に上る。500万円以上も含めると78%を占め、500万円未満は22%にとどまる。1990年の所得分布と比較すると(表参照)、2020年は児童のいる世帯で年収500万円未満の層が大きく減少したのに対し、年収1000万円以上の世帯が増えている。

 つまり、かつては中低所得の世帯に子どもがあり、それが多数派だったが、現在は少なくなり、「児童のいる世帯は高所得」という構図に逆転したと言える。冒頭の若手スタッフの言葉と重ね合わせると、「子育てや教育に費用がかかりすぎる」と感じる若者は、はなから子どもを持つことを諦めており、それが今の少子化につながっていると推測できる。

数百万円背負って社会人

 文部科学省の学校基本調査によれば、高校卒業後に大学や専門学校に進学する割合は現在8割を超えている。一方、日本学生支援機構が2020年度に行った学生生活調査によると、大学生の49.6%が奨学金を利用している。

 奨学金の中には返済不要の給付型もあるが、給付型奨学金制度が本格的に始まったのは2020年からで、今の社会人で利用できた人は少ない。労働者福祉中央協議会の2018年の調査(回答数1万6588件)によれば、調査に回答した39歳以下の勤労者の46.9%が奨学金を利用していた。借入総額の平均は324万3000円で、毎月の返済額は平均1万6880円、返済期間は14.7年に上る。大学を卒業した若者の半数が、社会人生活をスタートする時点で数百万円の借金を背負っているのだ。

 同協会が2022年9月に実施したアンケートで、奨学金の返済が影響している生活設計について聞いたところ、結婚は37.5%が、出産は31.1%が「影響している」と回答。2015年と比べ、結婚は3.3ポイント、出産は8.2ポイント上昇した。

 長らく賃金は増えなかったにもかかわらず、社会保険料の負担は増え、手取り額は減少している上に、奨学金の返済までしなければならない―。こんな環境に若者を追いやりながら、子どもを産んでくれと言うのは酷ではないだろうか。

 「自分も奨学金を利用しているので、子どもは無理だと思うし、今の日本で子どもを産んだら、子どもがかわいそう。多分、自分の子どもも奨学金を借りるだろうし、その頃には少子高齢化がさらに進んで、社会保険料も増えるだろうから、子どもに恨まれるんじゃないかと思う」

 私の周りで、そう言う若者が増えている。若い人が将来に希望を持てるような政策が必要だ。

「人生格差」が危機招く

 岸田政権が掲げる「異次元の少子化対策」では、若い世代の所得を増やすことも挙げられてはいる。だが、賃上げやリスキリング(学び直し)は、そもそも日本全体の課題としてこれまでも言い尽くされており、少子化対策としての目新しさは感じられない。

 直接的な経済的支援としては、児童手当の拡充が打ち出されている。しかし、児童手当の「所得制限の撤廃」「高校卒業時までの延長」「多子世帯への増額」は、いま子育てをしている世帯の苦しさを解消するものの、先述したような理由で出産を諦めている若者にとってはインパクトに欠ける。

 今の少子化対策には、経済的な理由から「結婚しよう」「子どもを産み育てよう」と望めない若者への目配りが抜け落ちたり、大きく足りていなかったりしていると私は考える。そうした若者の心理的、経済的な重荷を取り除いてあげる施策が必要だ。

 その一つとして、奨学金の返済免除は有効な一手だと思う。自民党が2023年3月、学生時代に奨学金の貸与を受けた人が子どもを持ちやすくするため、「子どもが産まれたら両親の奨学金を減免する」との提言をまとめた際、少なからぬ批判が出た。「借りたものを返すのは当然だ」「産みたくても産めない人への配慮がない」「奨学金を借りた人にだけ恩恵があり、不公平だ」という声は、それぞれもっともだとは思う。しかし、「異次元の少子化対策」というならば、奨学金の返済が苦しくて出産を諦める若者に政府が手を差し伸べることが間違っているとは、私は思わない。

 私が運営するNPO法人の学習支援を受けた高校生たちが、毎年奨学金を利用して大学に進学する。元気を出してもらおうと「頑張ってね」と笑顔でエールを送るが、「4年間の学費を払い続けられるか」「奨学金を返せるか」と心配している様子を見ることがあり、胸が痛い。どんな親のもとに生まれるかで学力に差がつく教育格差はよく知られているが、奨学金の返済が若者にもたらしているのは、結婚や出産が遠ざかる「人生格差」だと感じる。あまりにも残酷な格差が、少子化という日本の危機を招いていることから顔を背けてはいけない。

「今の若者」が行方を左右

 少子化問題は「少母化問題」と言われる。長期にわたって少子化が続いている日本では、子どもを産むのに適した年齢の女性の絶対数がどんどん減っていく。出生数が年間120万人を超えていた世代である「今の若者」が子どもを産むかどうかは、少子化の行方を大きく左右する。

 ただ、政府が今後3年間で集中的に取り組む「加速化プラン」には、児童手当の拡充や保育の充実、男性の育休取得といった子育て支援策が並んでいる。どれも重要であるものの、この恩恵を受けられるのは大企業に勤める正規雇用の共働き夫婦という、限られた層が多い印象だ。いわゆる「パワーカップル」への支援を手厚くしても、その層の出産数は増えるかもしれないが、そこからこぼれ落ちる多くの若者にとって、希望とはならない。

 リスキリングにも同じことがいえる。既に正規雇用されている社員を対象に企業内での運用が想定されているようだが、リスキリングを最も必要としているのは非正規雇用の若者である。日本固有の「ワーキングプア」という現象は、低賃金の長時間労働を強いられ、その結果スキルアップの機会を奪われる点が最大の課題である。

 就職氷河期世代に象徴されるように、新卒時に正規雇用を得られず、非正規雇用に陥るとそこから抜け出すのは非常に難しい。非正規雇用の若者が、生活保障を受けながらリスキリングできる施策が少子化対策としても不可欠だろう。加速化プランにしてもリスキリングにしても、政府が力点を置く施策は少子化解消に必要なニーズと乖離がある。

 教育費の増大が子育ての負担増になり、「本当は3人欲しいけれど1人しか無理」という声は多い。加速化プランでも保育や幼児教育は言及されているが、その後の学校教育については奨学金の拡充のみである。

 不登校やいじめの急増、子どもの自殺増加といった学校教育の課題が山積する中、都心部では中学から私立の学校に行かせる流れが加速している。小学校から塾や稽古に通わせ、高校受験はもちろん、大学受験のときにも塾や予備校のサポートを受けることが普通になりつつある。「子育てにお金がかかりすぎる」現状から脱し、塾や予備校に通わなくとも済むよう公教育を充実させていくことも、さらに強化されるべきだと考える。

若者像を丁寧に

 日本では貧困バッシングが強い。収入の低い人や生活の苦しい人が助けを求めると世間の一部がその人を叩いてしまうため、皆、苦しくても声を上げられない。奨学金の返済が負担で子どもを産めないという若者の声、非正規で結婚や出産を諦めるという声はかき消されてしまう。

 しかし、今や社会に出ている3~4割の若者は奨学金という借金を抱えている。非正規雇用で十分な収入を得られない人も多い。サイレントマジョリティである彼らの声を聞き、少子化対策に生かしていくことが重要だ。

 少子化対策として、社会保険料への上乗せが俎上に載っているが、既に苦しんでいる若者をさらに苦しめるだけであり、反対だ。代わりに、75歳以上の医療費負担を1割から1.5割に引き上げたり、資産のある人の負担を増やしたりするなど、次世代のために多くの方に協力してもらうのが良いと考える。

 普通に真面目に働く若者が、普通に結婚して子育てをし、子どもを学校に通わせて自立させていく―。ちょっと前までは当たり前だったことが、急に難しくなってしまっている。「正社員になって子育てとキャリアを両立し、子どもにより良い教育を受けさせなければならない」という無言のプレッシャーが社会に蔓延する中で、「私には無理」と思う若者も多いのではないだろうか。

 少子化は数の問題である。マジョリティに刺さる政策を実行しないと成果は出ない。もう少し丁寧に、マジョリティの若者像を解き明かし、しっかりと目標数値を持って少子化対策を行っていくことが欠かせないと考える。


 渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ) 1964年生まれ。千葉県出身。千葉大学卒。大手百貨店や出版社を経て、2007年に任意団体「キッズドア」設立(2009年NPO法人化)。こども家庭庁こども家庭審議会 こどもの貧困対策・ひとり親家庭支援部会 臨時委員。著書に『子どもの貧困~未来へつなぐためにできること~』(水曜社)。

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