記憶に新しい野球日本代表「侍ジャパン」のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)制覇を、日本が2006年の第1回、09年の第2回と連覇した時のメンバーだった渡辺俊介さん(46)が振り返った。ダルビッシュ有(パドレス)、大谷翔平(エンゼルス)、吉田正尚(レッドソックス)、ラーズ・ヌートバー(カージナルス)の米大リーグ勢と村上宗隆(ヤクルト)、山本由伸(オリックス)ら日本プロ野球界の精鋭たちが一体となり、抜群のチームワークを発揮。ロッテ時代、球界屈指の「サブマリン」として活躍した渡辺さんは現在、社会人野球の日本製鉄かずさマジックで監督を務める。時事通信のインタビューに応じ、元日本代表の視点で世界一奪還をたたえた。(時事通信社 石川悟)
1次リーグで打線につながり
日本の初戦は中国戦。実力的に勝利は堅いとみられていたとはいえ、いざ試合が始まると、攻撃では毎回のように四球で走者をためながらもなかなか得点に結びつかず、重苦しいムードにもなった。
「選手に硬さもあっただろうし、初戦はああいう試合展開にはなりやすい。技術的なことを言えば、日本の打者は(相手投手陣のような)腕を振って投げていながら、あまりスピードがない球に対する練習をほとんどしていないので難しい。(3戦目の)チェコの投手も同じタイプだったが、ああいう球は長打を狙う打者はタイミングが合いづらい。しかし、ラインドライブを打つタイプの近藤健介(ソフトバンク)や吉田らはタイミングを合わせられるので、心配する内容ではなかった」
大リーグのマイナーなどでは機械によるストライク判定が導入された。そのためメジャーの審判も、本来ストライクなのに従来はボールと判定することが多かった高めの球を、きちんとストライクに取るようになっている。中国やチェコの投手が投げる球に相手打者が戸惑った一因のようだ。それでも日本の打者は、1次リーグを通じてつながりを見せた。1番ヌートバー、2番近藤が出塁して、クリーンアップがかえす形ができていた。
「1、2番が出塁できていたのがよかった。あそこが抑えられると、本来は走者をかえす役目の3~5番が苦しくなる。1次リーグはいい流れで打線がつながった。見逃せないのは8番の源田壮亮(西武)、9番の中村悠平(ヤクルト)らも好調だったこと。下位打線から上位につながり、ヌートバーらがかえすパターンもみられた。どこからでもチャンスを作れる打線は、クリーンアップだけに重圧が掛からず、全体で重圧を分散できるので、得点につながる」
現役大リーガーの存在
今回の大リーグ勢では、最年長のダルビッシュがいち早く、2月の侍ジャパン宮崎合宿から参加した。日本人大リーガーは、過去の大会でも第1回にイチロー外野手(マリナーズ)、大塚晶則投手(レンジャーズ)、第2回にはイチロー、松坂大輔投手(レッドソックス)らメジャー組が出場している。
「自分が参加したときのイチローさんらは米国での経験を伝えてくれた。メジャーで戦っている人たちが『日本の野球は世界で通用する』と言ってくれたし、相手チームの打者、投手の特徴であったり、滑るといわれる球の扱い方などのアドバイスももらった。ダルビッシュも打者、投手の隔てなく接し、『野球を楽しむ』ことを伝えていた」
ダルビッシュの言葉を実践していたのが、同じメジャー組の大谷、ヌートバーだった。試合中でも時折笑顔を見せ、リラックスした雰囲気で結果を出し続けた。ヌートバーは出塁した際の「ペッパーミル(こしょうひき)」パフォーマンスを浸透させてチーム一丸を導くとともに、日本のファンをとりこにした。
「これまでの日本選手は重圧を受けるのが当たり前と思っていた。ダルビッシュの言葉を大谷、ヌートバーが実践して結果を出したことで、チーム全体が野球を楽しんでいるのが分かった。韓国戦のダルビッシュの投球も熱いものが伝わってきた。ただ、(彼が)日本で投げる最後になるかもしれない、との思いもあったのか、すごく力んでいたけれど」
準決勝、流れ呼んだ「チャレンジ」
ここからは一戦必勝で、日本の真価が問われる。準々決勝のイタリア戦は、先発大谷の好投などで9―3と快勝し、4大会連続のベスト4進出。準決勝、決勝が行われる米国本土に乗り込んだ。
舞台は米フロリダ州マイアミにあるマーリンズの本拠地、ローンデポ・パーク。メキシコとの準決勝で、日本は先発の佐々木朗希(ロッテ)が160キロ超の快速球とフォークを武器に序盤を快調に飛ばしていた。だが四回、L・ウリアス(ブルワーズ)に先制3ランを浴びた。
「失投といえば失投だが…。佐々木朗は先制点を許したくない試合なので、打ち取れる確率の高いフォークを多投していた。真っすぐを意識している打者には、フォークやチェンジアップなど落ちる系の球は有効だが、あれだけフォークの割合が多いと打者の頭にはフォークの意識があった。それが甘く入ると打たれてしまう」
粘る日本は七回、吉田が起死回生の同点3ラン。低めにきた緩い変化球をすくい上げ、右手一本のフォロースルー。打球は右翼ポール際に飛び込んだ。
「本塁打の前にチェンジアップを空振りしている吉田は、『勝負球でもう一球、同じ球が来る』と読んでいたはず。その読みと対応力はさすが。長打にしづらい球だったが、バットのヘッドを返さずにフォロースローでうまく運んでいる、あの打ち方ができる日本選手はなかなかいない。自分が現役時代に対戦した中では松中(信彦=ソフトバンク)さんら数人。それでも、あれだけ難しい球を本塁打にした選手は初めてかもしれない」
直前の七回の守備では相手が盗塁を仕掛けてきた場面で、ベースから離れた瞬間に遊撃手の源田がタッチ。一度はセーフと判定されたが、ビデオ判定の末にアウトに変わった。
「あのチャレンジ(ビデオ判定を要求)が大きかった。あの盗塁を阻止できていなければ流れは来なかったのではないか。源田は打席でも2ストライクに追い込まれていながらもバントを決めるなど、地味ながら随所で流れをたぐり寄せるプレーをしていた。(八回に本塁への好返球で3点目を阻止した)吉田の返球もそうだが、集中力を切らさずに、当たり前のプレーを当たり前にやった結果が、その後の逆転につながった」
日本は1点を追う九回。先頭の大谷が二塁打を放ち、そこから無死一、二塁の好機に。ここで、不振が続いていた村上の中堅左への二塁打で逆転サヨナラ勝ち。土壇場で主砲が目を覚ました。
第2回大会ではイチローが極度の不振。韓国との決勝は互いに譲らず、延長戦にもつれ込んだ。十回表。そのイチローが抑えのエース林昌勇(当時ヤクルト)から中前へ決勝適時打を放った。
「イチローさんは全ての期待を一人で背負った上で、何をすべきかを、今何をするのがベストを考えていた。直前にファウルを打って『いける』との感覚があったそう。村上も打撃の状態は上がってきていたようだし、1球目のファウルで同じような感覚があったのではないかな」
ロースコアの決勝を演出したのは…
米国との決勝は息詰まるような展開。先発の今永昇太(DeNA)が二回に1点を失うと、その裏に日本は村上のソロで追いつき、ヌートバーの内野ゴロの間に得点して勝ち越した。
「日本は準決勝からのいい流れで試合に入れた。両チームとも打線が好調だっただけに、いかに投手が踏ん張り、ロースコアの試合で戦えるか、とみていたので、日本のペースになっていた」
渡辺さんは、マスクをかぶった中村のリードがロースコアの試合を演出したとみている。過去の国際大会で日本のバッテリーは、パワーのある打者に対しバットに当てられることを怖がるように際どいコースを突き、ボール、ボールとカウントを悪くしていた。挙げ句、ストライクを取りにいった甘い球を痛打されるシーンが多々あった。
「強打の米国打者を怖がらずに、バットを振ってくるところに投手の自信のある球を投げさせていた。打者はストロングポイントのすぐ近くにウイーククポイントもある。なかなか三振が奪えないなら、そこを突いて打ち取ることを考えた。投手の球が少しぐらい甘くなっても、自信を持って投げた球はそうそう長打にはならない。今は打者のレベルが上がり、投手も攻めるところは攻めないと抑えられない野球になっている」
日本のプロ野球公式戦では指名打者制を採用していないセ・リーグの方が継投は多い。決勝は7人(今永、戸郷翔征=巨人、高橋宏斗=中日、伊藤大海=日本ハム、大勢=巨人、ダルビッシュ、大谷)による投手リレーになったが、それぞれの持ち味を存分に引き出した中村のインサイドワークが光った。
「セ・リーグでまめな継投を経験している分だけ、甲斐拓也(ソフトバンク)よりも慣れている。ベンチが継投勝負とみていれば、(先発マスクは)やはり中村」
八回にダルビッシュが登板し、1点リードの九回は大谷がメジャー移籍後は一度もない救援で登板。先頭打者に四球を与えたものの、次打者を併殺に取り、最後はエンゼルスのチームメートで、メジャーの現役最強打者といわれるトラウトとの対決となった。フルカウントからスライダーで空振り三振に仕留め、日本に3大会ぶりの優勝をもたらした。
「あの状況を望んでいたのは大谷であり、トラウト。野球の神様も大谷―トラウトの対戦を見たかったのかな。最後は勝ちたい気持ちが大谷の方が少しだけ上回った」
かみ合った日本、ヒーローは…
決勝は失策もなく、アウトにするべきところをきっちりとアウトに取るなど引き締まった試合。世界中に野球の価値を知らしめたとも言える。大会前のダルビッシュの言葉通りにヌートバー、大谷が楽しんでいるのを目の前で見て、他の選手も一体化。全てがかみ合った。
「全員がヒーローだが、個人的には源田、中村の存在が大きかったと感じた。下位打線ながら粘って球数を投げさせるなど、徹底して投手にプレッシャーを掛けていた。源田は決勝では厳しい場面でスリーバントを決め、併殺も二つ取り切った。地味だがああいうプレーが流れを呼び込むものだ」
「そして、何と言ってもダルビッシュの存在。宮崎合宿から選手の精神的支柱となり、世界最強のチームにまとめ上げた。今大会で一番優勝を欲していたのはダルビッシュ。チームにダルビッシュがいたことが全てと言ってもいい」
「大会を通じて、控えの選手を含め全員が栗山英樹監督の考えを理解し、自分の役割のために準備をして試合に臨んでいた。選手はみんなが自主性を持って同じ方向を向いていた。(試合中の戦略だけでなく)それは栗山監督の采配。いいチームなんだなと感じた」
「大会を追うごとに出場チームのレベルが上がってきている中での優勝で、日本チームの完成度は自分たちの時(第1回、第2回)よりも上。しかも、米国を倒しての優勝に意義がある。選手、スタッフ、関係者には『おめでとう』とともに、自分が当時言われて一番うれしかった『ありがとう』の言葉を贈りたい」
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渡辺 俊介(わたなべ・しゅんすけ) 栃木県出身の46歳。国学院栃木高、国学院大、新日鉄機君津を経てドラフト4位で2001年にロッテ入団。右下手投げで緩急を巧みに操り、05年に15勝4敗、防御率2.17で優勝に貢献した。ロッテでの13年間で通算87勝82敗、防御率3.65の成績を残し、米独立リーグなどでもプレー。20年から日本製鉄かずさマジックの監督を務める。00年シドニー五輪、06年と09年のWBCで代表に選出された。
(2023年4月6日掲載)