1300年の歴史を持つ短歌が一大ブームを巻き起こしている。歌人への登竜門とされる短歌賞への応募は直近20年間で最多。けん引するのはSNSを駆使する世代で、歌を詠む大学サークルも人気という。短歌に魅了された若者は「5・7・5・7・7」の三十一文字(みそひともじ)にどんな思いを込めているのだろうか。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)
「ちょうど良い長さ」
「きみといて恋してメリーゴーランドどこへも行けないけど綺麗(きれい)だねー」「授業前混み合う通路人の熱 足の長さは二メートルほしい」「標識の上を歩いているような感覚のまま恋をしている」。
2023年3月下旬、春休み中の上智大の教室で、詩や短歌などを楽しむサークル「詩歌会」のメンバー6人が歌会を開いていた。事前に配られたプリントにはメンバー作の計13首が、誰の詠んだ歌か分からない形で並んでいる。6人は「メリーゴーランドってことは、同じ所をぐるぐる回って恋愛が進展していないのかな」「もう少しリズム感があった方がいいのでは」などと、ざっくばらんに批評し合っていた。
1~4年生まで約40人が参加する「詩歌会」が設立されたのは、21年10月だ。立ち上げたのは、当時1年生だった臼井芳さん(21)=法学部3年=。臼井さんはツイッター上で短歌を見掛けたことを機に、入学後に詠み始めるようになったという。「短歌は俳句と違って季語が不要。『5・7・5・7・7』の基本の型があり、初心者でも詠みやすい。普段の自分ではない別の自分を表現できるし、三十一文字という長さもSNSにちょうど良い」と魅力を語る。
「登竜門」への挑戦、過去20年間で最多
ツイッターで「#tanka」を検索すると、次々に新作が投稿されていることが分かるが、短歌界の盛り上がりはデータからも読み取れる。1955年から続き、新人の登竜門とされる「角川短歌賞」(角川文化振興財団主催)の応募総数は、2022年に過去20年間で最多となる768編(未発表作50首で1編)に上った。
同財団の北田智広さんは「SNSという道具が出現し、自分の思いを三十一文字にのせて歌う人が増えた」と説明する。30年ほど前までは、入選者といえば、同人誌を作ったり、歌会を開いたりするグループに所属している人が中心だったが、最近では独学で腕を磨いた人が入選することも珍しくないそうだ。「有名な歌人もツイッターで発信しており、若者が短歌を身近に感じやすくなっている」と分析する。
上智大の「詩歌会」のような大学サークルも増加しているという。同財団が主催する「大学短歌バトル」(新型コロナの影響で2020年以降中止)には例年約15校が参加。22年に全国の短歌サークル数を調査したところ、令和に入って新設された団体も数多く見受けられ、約30団体が活動していたという。
近年では、歌集業界に参入する出版社も増え、書店に短歌の特設コーナーが設けられることもある。北田さんは「SNSという、発表できる場所が近くにあり、短歌に出会うきっかけもたくさんある。短歌に親しみを持ってくれる人が増えるのはありがたいし、これからどんな歌人が誕生するのか、楽しみ」と話す。
「バズり」売れ行き好調の歌集
実際にSNSへの投稿で人気に火が付いた歌人もいる。2018年、会社員の岡本真帆さん(33)が投稿した「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」は5.7万件の「いいね」を集め、多くの人が下の句(7・7の部分)をアレンジ。「メールの未読8万あるし」「切れた電球放置してるし」などと、それぞれの「ずぼらエピソード」を投稿して盛り上がった。「ものすごく拡散されてびっくりした反面、普段短歌を詠んでいない人たちにも親しんでもらうことができてうれしかった」と岡本さん。この歌を含む初の歌集「水上バス浅草行き」(22年、ナナロク社)の発行部数は、歌集としてはヒットと言われる数千部を超え、1万7000部に達した。
岡本さんが短歌を詠み始めたのは社会人3年目ごろだそうだ。広告業界で、短い言葉で商品の良さを伝えていたが、「仕事以外でも自分の言葉で表現をしてみたい」と考えたという。雑誌の短歌コーナーへの投稿から始めたが、そのうちに、即座に読者反応が分かるツイッターを利用するように。「平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ」などの投稿で人気を集めていった。
歌集の購入者は10代~30代が多いといい、23年3月、刊行1周年を記念して行われた読書会でも若者が目立った。「初めて歌集を買った」「この本をきっかけに自分も歌を詠み始めました」などと話し、岡本さんに上手な短歌を詠むコツや、言葉選びの苦労を尋ねたり、歌に込めた思いを質問したりしていた。
「『この瞬間ってよくあるけど、言葉にしたことがないな』とか『この楽しかった思い出を忘れたくないな』とか、そういったささいな出来事をつづるのに、短歌は最適なサイズ」と岡本さん。「新型コロナで閉塞(へいそく)感のある中で、歌を詠むという、無駄とも思えるような行為が自分を救ってくれていた。タイムパフォーマンスや効率化が叫ばれる中、短歌をつくる時間は癒やしにもなっていた」と語った。
「道具は手元に。楽しんで言葉をのせて」
1987年刊行の歌集「サラダ記念日」(表題歌『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日)で一世を風靡(ふうび)した歌人・俵万智さんにブームの背景を聞いた。
俵さんは「SNSは短い言葉で発信する場所。三十一文字の短歌との相性や親和性はとても高い」と指摘し、「コロナ禍で人と会うことが難しかった分、自分と向き合う時間や興味があるジャンルに挑戦できる時間を持つことができた。その中で短歌に出会った人も多いのではないか」と分析。日常の言葉で歌を作る「口語短歌」を広く知らしめた「サラダ記念日」刊行から30年以上がたち、「『短歌って古めかしい言葉でなくてもいい』とか、『日常の中にいくらでもタネがある』ということに気付いた人も多いのでは。口語短歌に触れて育った人たちが、今のブームの一翼を担っているのではないか」とも語った。
「『5・7・5・7・7』で完結するので、いつでも作品を手元に持っておくことができる」(10代女性)、「季語がないのでどんな表現もできる 」(20代男性)、「俳句に比べて14文字多い分、出来事の瞬間に加えて、その時の感情も一緒に詠むことができる」(10代女性)、「日常の気持ちを短歌に落とし込むとすごくすっきりして、あしたも頑張ろうという気持ちになる」(30代女性)ー。いずれも取材で聞かれた言葉だ。
はてさて、日本最古の歌集「万葉集」の歌人も、令和のブームを支える若者たちと同じようなことを思いながら、三十一文字を口ずさんだのだろうか。
俵さんは「慌ただしい毎日でも、歌を作っていれば小さな気付きや感動に立ち止まる時間を持つことができる」と短歌の魅力を語り、これからチャレンジしてみようと思っている人に、こう呼び掛けた。「まずは作ってみること。みなさん、言葉という『道具』はもう既に手にしている。『5・7・5・7・7』という形に親しんで、楽しんで言葉をのせていくことから始めると、歌はできてくると思いますよ」