メジャーではない男性アイドルやカフェの店員と、おしゃべりをしたり写真を撮ったりできる新たなサービス業が東京などの繁華街で盛り上がりを見せている。熱狂的な人気を支えるのは、自分だけの「推し」をつくって応援したい女子中高生だが、のめり込んで数百万円をつぎ込んだ少女もいる。何が彼女たちをひきつけるのか。危険な「推し活」の実態を探った。(時事通信社会部=安田愛)
「チェキ券」に行列
大手芸能事務所に所属せず、小さな会場でライブを繰り返す男性アイドルは「メンズ地下アイドル」(メン地下)と呼ばれる。
週末の午後3時すぎ。東京・吉祥寺のライブハウスでは、10~20代前半とおぼしき女性50人ほどが、数人ずつ固まって地面に座り込み、おしゃべりをしていた。
会場が暗転し、5人のメン地下が入場すると雰囲気は一変。彼女らは一斉に立ち上がり、色とりどりのペンライトを振り始めた。客の一人一人に歌いかけるように、視線を送るアイドル。見つめられた女性は、興奮した様子で隣の客に抱きついた。
約1時間半のライブ終了後、女性たちは「売り場」に行列をつくった。目当ては、応援するアイドル、いわゆる「推し」と二人きりで写真撮影ができる「チェキ券」だ。1枚1000円で、十数秒の撮影時間を確保できる。何枚もチェキ券を購入し、撮影のための時間を「推し」とのおしゃべりに当てる少女もいる。別のメン地下のファンだった女性は、「写真を撮るときにアイドルにキスを求めたり、自分の体に触るように頼んだりするファンもいる」と明かした。
ポイントでデート権
吉祥寺のライブハウスに出演したグループは、客がチェキ券を購入したり、ライブに1回足を運んだりするたび、1ポイントを付与するシステムを採っている。500ポイント貯まれば「推し」と一緒にプリクラ撮影ができ、1000ポイントで3時間デートの権利が手に入る。逆に言えば、単純計算で100万円近くを費やせば「推し」とデートできる仕組みだ。
同じような課金システムで、女子中高校生を熱狂させる業態には「メンズコンセプトカフェ」(メンコン)もある。「和風」「吸血鬼」といった特定のコンセプトに沿って、「キャスト」と呼ばれる若い男性が接客するのが特徴だ。近年、急増したとみられ、メンコンの店員募集を100件以上掲載した専門サイトがある。
こちらも、客が使った金額に応じてポイントが発行され、ある程度たまると、「店外デート」や「手紙を書いてもらえる」特典が得られる。ポイント目当てに高額な酒を注文してキャストに飲ませる少女もいるといい、ホストクラブさながらだ。
女子高生「300万円使った」
メン地下の一部は2023年1月に摘発された。女子高校生=当時(15)=にわいせつな行為をしたとして、警視庁少年育成課は都青少年健全育成条例違反容疑で、メン地下として活動していた男(25)を逮捕した。女子高校生は男のファンで、わいせつ被害を受けただけでなく、「写真撮影代などで300万円を使った」と話したという。
記者も「メン地下に月100万円を使う少女がいる」という話を耳にした。なぜ、未成年の少女たちがこれほどの大金を持っているのか。
警視庁によると、メン地下やメンコンに熱狂する少女たちの保護者から寄せられる相談は、「推し活」にのめり込むあまり、「家のお金を持ち出したり、援助交際をしたりしている」といった内容が多い。援助交際をした際、客にわいせつな動画を撮影、販売される被害に遭った女子中学生もいて、「同じアイドルを推す他の女の子に負けたくないと思い、多額のお金を使うようになった」と話したという。
保護者からの相談件数は21年に約15件だったが、22年は50件以上に急増。23年は3月中旬までに早くも30件以上に達し、前年を大幅に上回るペースだ。
法的にはグレー?
女子中高生に数百万円もの大金を使わせるメン地下やメンコンに法的な問題はないのか。
メンコンは、キャストが近くに座って会話などを楽しむスタイルが多く、風営法の「接待を伴う営業」に該当する場合は、都道府県公安委員会の許可が必要だ。
ただ、風営法には18歳未満の入店や深夜の営業時間に制限がある。制限を嫌って許可を取らない店もあり、警視庁はこうした店の把握に力を入れている。23年2月には無許可営業容疑で新宿・歌舞伎町の店舗経営者ら2人を逮捕した。
摘発を避けるためか、記者が訪れた歌舞伎町のあるメンコンは、キャストがテーブル越しに膝立ちで接客していた。メニューには「接待行為などの法令違反となる行為は行っておりません」との注意書きもあり、風営法を強く意識している様子だった。
利益の8割、未成年から
未成年に酒を提供した容疑での摘発もある。警視庁は23年4月、歌舞伎町でメンコン「NAカフェ」を経営する男(41)ら2人を逮捕した。当時17歳だった少女に30万円のシャンパンを注文させていたほか、キャストが未成年に酒を勧めることもあったという。
NAカフェは22年9月に風営法の営業許可を取り、18歳未満の入店を制限するようになったが、事件当時は、利益の8割を未成年から得ていたとみられる。売り上げの多いキャストには、関連会社からメン地下アイドルとしてデビューする道を用意していたため、1月に逮捕された元キャストの男(22)は「もっとお金を使ってくれたらアイドルになれる」と17歳の少女をあおり、約50万円を使わせていた。
メン地下について、捜査幹部は「風営法の規制対象となっておらず、活動自体を取り締まることは難しい」と嘆いた上で、「入場に年齢制限を設けたり保護者同伴を義務づけたりする対策が必要だ」と訴える。
親に相談できる子少ない
「『推し』に喜んでもらいたい、褒められたいという思いで無理してお金を使ってしまう」
「推し活」にのめり込む少女たちの心理について、若い女性を支援するNPO法人「BONDプロジェクト」の橘ジュン代表はそう分析した上で、「年齢の低い子どもの方がはまりやすい。援助交際で稼ぎやすいので、キャストのあおりも過激になりがちだ」と危惧する。
橘さんは2009年に「BONDプロジェクト」を設立して以降、街頭での声掛けや相談を通じ、家庭や学校に居場所がない多くの少女の声に耳を傾けてきた。「『話を聞いてほしい』という少女は多い。店員と客という関係であっても、優しい言葉を掛けられると、『心配してくれた』と受け止めてしまう子どもたちもいる」と明かす。
一方で、「不安に思ったことを素直に親に相談できる子どもは少ない」といい、橘さんは「家庭や学校にいてもさみしいと思ったときに相談できるところを増やしていきたい」と話す。「推し活」にのめり込んで被害に遭うことを防ぐためにも、少女たちの居場所づくりに今後も力を入れていくという。