破竹の勢いでワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を制した侍ジャパン。その原動力となった大谷翔平は、野球の本場アメリカでも「世界一の野球選手」としての評価を確固たるものにしつつある。WBCという大舞台で実力を存分に発揮したことで、メジャーリーグのポストシーズンでも大谷の二刀流を見てみたいという声はより一層高まっている。米新聞社でスポーツ記者の経験があり、メジャーリーグ情報を扱うYouTubeチャンネル「Sho-Time Talk」を運営する日本人ジャーナリストが、WBCでの大谷や日本代表をアメリカがどう見たのか、今季の大谷への期待などを解説する。(志村朋哉 在米ジャーナリスト)
WBCの「主人公」
久しぶりに野球を見て興奮した。
それが、投手・大谷翔平がエンゼルスでの同僚マイク・トラウトを空振り三振に切って優勝を決めた後の、筆者の率直な感想だった。
記者として長らくスポーツを取材していると、段々と感覚がまひしてくる。「特定の選手やチームを応援をしてはいけない」というルールを守りながら、たくさんの試合を見るため、感情を入れずに試合を見ることに慣れてしまうのだ。いつの間にか、プライベートで観戦していても、手に汗握って興奮するようなことは少なくなっていた。
しかし、WBC決勝戦の九回1点差という場面で大谷がマウンドに上がり、誰もが待ち望んでいたトラウトとの対戦で締めくくるという、どこかの漫画のような展開が現実に起きて、一球一球に見入った。
日本のみならずアメリカでも、今大会が始まる前から、大谷はトラウトと並んでWBCの「顔」だった。現地向けのポスターや動画の宣伝でも大谷は常に中心に描かれ、ファンや専門家はWBCの話題になるたびに、大谷とトラウトの参加、そして二人の「夢の対決」の可能性について触れた。二人は、サッカー界でいうところの、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウド、キリアン・エムバペのような存在なのだ。
大会中も、各国の選手が大谷のことを「世界一の選手」と称し、憧れの存在であるかのような態度で接した。アメリカのスポーツ界で、これほどまでの地位に上り詰めた日本人は他に思い浮かばない。
ふたを開けてみても、トラウトとの「世界最高」同士の1対1の戦いを制して自国を優勝に導いた。
「ちょうどこの前、サッカーのワールドカップがありましたけど、大谷を見ていると、メッシがアルゼンチンを優勝に導いたことを思い出さずにはいられません」と現地放送局FOXスポーツで解説を務めていたアレックス・ロドリゲス(通算696本塁打)が日本の優勝直後に述べたが、私も全く同じことを考えていた。
野球界の「主役」が大谷であることを世界に知らしめた大会だった。
現地の日本評
アメリカの野球ファンが最も盛り上がったのは、やはり日米の決勝戦。特に、大谷とトラウトの対決だった。
MLB公式サイトの『ワールド・ベースボール・クラシックで最も興奮した瞬間10選』(米時間3月21日配信)という記事でも、二人の対決は、2017年のWBCドミニカ共和国戦で、米国代表のアダム・ジョーンズ外野手がホームラン性の打球をキャッチした名場面を上回って1位に輝いた。
「信じられますか?フルカウントで、あんなスライダーを投げるなんて」とスポーツ専門局ESPNで野球解説を務めるジェシカ・メンドーザは決勝選の翌日に語った。(GET UP!、3月22日放送)
「これはGOATs(Greatest of All Time)、つまり史上最高の選手たちがやることです。(バスケットボールの)マイケル・ジョーダンや(アメリカンフットボールの)トム・ブレイディも、そういう大舞台で力を発揮するんです。大谷は野球であらゆることを成し遂げてきました。でも、ああいう優勝がかかった場面で、マイク・トラウト相手に、あの球を投げたのは、私が見た中では彼のキャリアで最大の偉業です」
大会を通しても、打撃で、打率.435、出塁率.606、長打率.739、OPS1.345、投球で防御率1.86、WHIP0.72という二刀流で圧巻の成績。大谷のMVP受賞に異論を唱える者はいなかった。
決勝戦自体も『ワールド・ベースボール・クラシックの名試合10選』(MLB公式サイト、3月22日配信)で5位に選ばれた。
「日本がメキシコに準決勝で勝った直後から高まっていた過剰なまでの期待に沿うような試合になるとは思えなかった」とトーマス・ハリガン記者は記事でつづった。「しかし、結果的には、その期待に見合うどころか、それ以上の試合となった」
同記事の1位には、日本が逆転サヨナラ勝ちをした準決勝のメキシコ戦が選ばれている。2009年の日本対韓国の決勝戦を抑えての選出だ。
専門家もファンも、グループステージ時点から侍ジャパンの戦いぶりを称賛していた。投手陣は、参加国中でも最高との評価だった。
「特に先発陣はワールドシリーズで優勝できるようなメンツがそろっていた」と野球専門誌ベースボール・アメリカでWBC取材を担当したカイル・グレーザー記者は言う。
「大谷翔平とダルビッシュ有、佐々木朗希、山本由伸のローテーションは、メジャーのどんな強いチームにも引けをとりません。さらに驚いたのは、投手陣の層の厚さです。前出の4人に加えて、翁田大勢、今永昇太など素晴らしい投手がいるのは知っていましたが、アメリカのスター選手をあそこまで封じ込めるとは思いませんでした」
佐々木と山本はメジャーのスカウトが最も注目する日本の選手だ。メジャーに来れば、佐々木はエース級、山本由伸は準エース級の活躍ができるだろうとグレーザー記者は評した。サイドスローから160キロ近くを投げる大勢も、メジャーに挑戦すれば複数球団が興味を示すだろうと言う。
日本の打撃に関しても、空振りを気にしない長打狙いの傾向が強いメジャーと一線を画すような堅実さが評価された。
「日本の選手は確実にバットに当ててくる」とESPN解説者のメンドーザ。「ツーストライクから内野ゴロで点をとるようなバッティングを、アメリカで目にする機会なんて、もうほとんどありません。でも日本にはあるんです。それが勝敗の分け目だったと思います」
日本打線はパワーがないので機動力や小技に頼る、というのは偏見だとグレーザー記者は言う。
「最強の打線とは言いませんが、出場国の中でも5位には入るでしょう。準決勝での吉田正尚のホームランは見事でしたし、村上宗隆も素晴らしいパワーがあります。フェンス直撃の二塁打や、スタンド上段に入るホームランを打っていました。日本がスモールボールだけのチームだというのは、不当で不正確な評価です。バントができる選手もいれば、エンドランができる選手もいるし、ランナーを進める打撃もできる。450フィートのホームランを打てる選手もいる。優勝できるチームとは、そういうものです」
不振にあえいだ村上も、大事な場面で打てたことで、メジャースカウトの評価は落ちていないとグレーザー記者は分析する。
「さすがに大谷のような打撃は無理だと思いますが、メジャーの強いチームで中軸を担える松井秀喜のような打者になれると思います」
WBC熱の低いアメリカ
筆者のように、アメリカに住んでいる日本人であれば感じるのが、WBCでの日本との盛り上がりの違いだ。
日本では、2006年の第1回大会から、メディアを中心に国内が大きく沸いた。野球に関心がなくても、テレビのニュースや人づてに日本が優勝したことなどを、耳にしたという日本人がほとんどだろう。
しかし、アメリカでは、野球やスポーツに興味がなければ、WBCの存在自体を知らない人がほとんどだ。日本と違って、一般のニュースやテレビ番組などで取り上げられることがないのが理由の一つだろう。09年の大会時、筆者はカリフォルニアの小さな新聞社で駆け出しのスポーツ記者として働いていたのだが、スポーツ欄でのWBCの扱いの小ささに驚いて、関連記事を載せようと奮闘したことを覚えている。
アメリカが優勝した2017年も、盛り上がったのは球場内と熱心な野球ファンの間だけだった。
今大会は、大谷とトラウトが出場するとあって、過去の大会よりは野球ファンの間で注目度は上がっていた。それでも「始まるのが待ちきれない」といった熱のこもった声は聞こえてこなかった。
だが、大谷のグループステージでの活躍や、アメリカ代表の調子が上がってきたことで、徐々に関心は高まった。メキシコや韓国、台湾などにルーツがある人は、普段はあまり野球に興味がなくても、「もう一つの母国」の応援で盛り上がった。
筆者は、アメリカ対メキシコ戦をアリゾナ州フェニックスで現地観戦したのだが、満員のチェイス・フィールドは、メジャーの試合とは全く違う熱気に包まれていた。アメリカで行われているにも関わらず、メキシコファンが8割、米国ファンが2割くらいだった。
球場内の通路で「USA!USA!」と米国ファンが連呼し始めると、数で上回るメキシコファンが「メヒコ!メヒコ!」と応戦してかき消した。鳴り物を使う人もいて、野球というよりは、サッカーの国際試合の雰囲気だった。
しかし、大会を何より盛り上げたのは、接戦や逆転劇だ。これまで野球はほとんど見たことのなかったというメキシコ出身の友人も、メキシコを応援していて、「気づいたら他の試合も見ちゃっていたよ」と大会後にうれしそうに話していた。
メキシコ代表のベンジー・ギル監督が、準決勝での敗戦後に、「(決勝には)日本が進んだが、今夜は野球界にとっての勝利だった」と述べたが、まさに野球の魅力が詰まった大会だったように思う。
ESPNの人気コメンテーター、スティーブン・A・スミスは、アメリカの若者に支持を失いつつある野球にとって、WBC決勝戦は最高のショーだったと出演番組で熱く語った。(First Take、3月22日放送)
「大谷翔平の対戦相手が誰でも良かった訳じゃない。マイク・トラウトのような相手じゃなきゃだめなんだ。敬遠もない、戦略もない、二人だけの勝負。... 野球を愛する人なら、『みなさん、これこそが野球なんです』と言うはずだ。空席なんて一つもない満員の球場で、誰もが釘付けになって、夢中になって、待ち遠しくてたまらない。野球について、そんな風に感じられたのはいつぶりだろうか … 現代の野球選手たちよ、よく聞け! こういう名場面こそがファンをひきつけて、お前たちの試合を見たいと思わせるんだ」
ただし、冷静に数字を見れば、WBCはまだまだ発展途上だ。
今大会の決勝戦は、2017年の記録を69%も上回り、これまでで最もアメリカ国内で視聴されたWBCの試合となった。それでも平均視聴者数は520万人(人口の1.6%)と、同時期に行われていた全米大学男子バスケットボール選手権の半分ほどだ。昨年のメジャーリーグのオールスターゲーム(750万人)よりも少ない。平日の朝方なのに4600万人(人口の37%)が視聴した日本と比べると雲泥の差だ。
昨年末のワールドカップ決勝後には、「メッシ!」「エムバペ!」などと叫びながらサッカーをやる子供を近所の公園で見かけたが、WBC後に「大谷!」「トラウト!」と叫びながら子供が野球をする光景は見られなかった。
「サッカー不毛の地」と言われたアメリカでワールドカップの人気は、大会ごとに高まっている。果たして、WBCが追いつくことはできるのだろうか。
エンゼルスでの最終年?
大谷は、大会前から既に今季のメジャー最高選手としての評価を得ていた。
2月に発表された、MLBネットワークの「現在最高の100選手」ランキングでは、2年連続で1位に選ばれた。統計データに基づく成績予測でも、大谷はMVPの筆頭候補だ。
WBCでの活躍で、より一層、注目度が高まったのは間違いない。大谷やトラウトがWBCで活躍するたびに、「二人がポストシーズンという大舞台でプレーするのを見たい」と熱望する声が上がった。「エンゼルスが二人の才能を無駄にしている」という批判の声も、これまで以上に高まっている。
今シーズン終了後に、好きな球団と交渉できる権利を得る大谷が、来年はどこでプレーするのか?野球ファンの誰もが気になる疑問で、今年の野球界で最大の話題だ。
米メディアでは、ドジャース、メッツ、パドレス、ジャイアンツ、マリナーズ、ヤンキースなどが候補としてよく挙げられる。しかし、エンゼルスが、優勝を狙えるような戦力があると大谷に示すことができれば、残留も十分にありうると思う。
そのエンゼルスがポストシーズンに進出する可能性は、野球データサイトFanGraphsの算出によると48%だ。(3月29日時点)
昨シーズン、73勝89敗と大きく負け越した理由の一つが、主力野手のけがによる貧弱な打線だった。トラウトやアンソニー・レンドン、テイラー・ウォードなどが抜けた穴を埋めるのに、お世辞にもメジャーレベルとは言えない選手たちをスタメン起用せざるを得なかった。結果、得点数では30球団中25位だった。
オフには、アーティ・モレノ・オーナーが球団売却を模索する最中も、選手層を厚くする補強を行った。(結局、モレノ・オーナーは身売りを撤回。)新加入のジオ・ウルシェラとブランドン・ドルーリーは、内野の全ポジションをこなせる。外野にも、過去2年で計60本塁打を放っているハンター・レンフローが加わった。誰もが知るスター選手たちではないが、平均以上の打撃成績は期待できる。スタメンが休養をとったり、けがで抜けたりしても、一気に戦力ダウンすることはなくなった。
防御率でメジャー9位だった投手陣には、オールスターにも選ばれた先発左腕タイラー・アンダーソンが加わった。
選手たちが期待通りの働きをすれば、ワイルドカードでのポストシーズン進出は十分に可能だろう。FanGraphsの算出では、83~84勝をあげてアメリカンリーグ西地区でアストロズに次ぐ2位という予想だ。
短期決戦のポストシーズンでは、運が大きく影響するため、何が起こってもおかしくない。大谷のWBCでの活躍を見た後だと、契約最終年となるエンゼルスでも何かやってくれるのではないかという期待を抱かせてくれる。
「大谷を中心に回る1年になるのは間違いない」とESPNのバスター・オルニー記者は言い切る。フリーエージェントになれば、契約は総額6億ドル(約790億円)を超えるのではないかとすら予想した。(GET UP!、3月22日放送)
「トレード期限もオフシーズンもフリーエージェントになってからも、ずっと大谷のことを話題にし続けることになるでしょう」
WBC決勝で対戦した大谷とトラウトが、今度はチームメイトとして大暴れして、エンゼルスをポストシーズンに導くことができるのか。世界中の野球ファンが注目する1年になるだろう。
志村朋哉 米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書くジャーナリスト。米新聞社の記者として5000人以上のアメリカ人にインタビューをしてきた経験とスキルをもとに、アメリカ人でも知らない「本当のアメリカ」を伝える。地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、米報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者も務めていた。メジャーリーグ情報を扱うYouTubeチャンネル「Sho-Time Talk」も運営している。著書『ルポ 大谷翔平』(朝日新書)