国内の少子高齢化に歯止めがかからなくなって、子どもの安心・安全への関心がより高まり、政府もこども家庭庁を発足させ、「異次元の少子化対策」を旗印に関連予算の倍増を目指すなどようやく重い腰を上げようとしている。その一方で新型コロナウイルスの影響だけなのか日本人学生の海外留学数が2018年度をピークに急減、就職を控えた大学生の海外勤務希望者数も低迷するなど、若者の内向き志向の表れと懸念する声も聞こえてくる。グローバル化がますます進む中、こうした状況を打開する方法はあるのか。重い視覚障害を抱えながら、中学生で起業したクリエイター、コンドウハルキさん(18)に“Z世代”代表としてその処方箋を聴いた。
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僕が起業したきっかけとなったのは、幼い頃にアメリカやフィリピンで暮らしたことが何より大きいと思います。日本と海外では何もかもが違い、判断基準の軸の幅が広くなった、また、何事においても楽観的で肯定感を持てるようになったことが今につながっている。4年のフィリピン生活を終え、日本の小、中学校に通いましたが、周りの同級生はみんなすごくきちんとしているのですが、そういったことが足りないかなと感じました。
価値観の軸の幅広さ
母が僕と妹を連れて日本を出たのは、僕が3歳の頃に障害があることが分かり、その後、幼稚園や小学校で分厚い眼鏡をからかわれたり、壊されたりした経験から、「今は自分が守れるが、将来的には一人で立ち向かう力を身に着けてほしい」と思ったからだそうです。母自身も10代で留学経験があり、日本の当たり前は当たり前ではない、選択肢も正解もたくさんあるという価値観を身に着けていたからだと思います。
僕の初めての海外体験は6歳、アメリカのあるアーティスト宅に1カ月ホームステイした時です。飛行機から眺める海の広さも、アメリカのハンバーガーのでかさも、空港にいる人がみんなサングラスをかけていることも、滞在させてもらった家がめちゃめちゃ豪邸で庭に船まで置いてあったことも、なにもかもが驚くことばかりでした。そしてそれから間もなくフィリピンのセブ島で暮らすことになるのですが、そこはまたアメリカとも違って、シャワーからは水しか出ないし、湯船もないし、ウォッシュレット(温水洗浄便座)もないし、食べ物を冷蔵庫の外に置いておくと10分でアリの行列ができる。「違う」ことを知ったのは、僕の明確な軸になっていますね。
セブ島の人たちは本当に前向きでした。「自分はこうしたい」と何を言っても、返ってくるのは「いいじゃん」っていう言葉で、人生に悲観してない。母が勤めていた語学学校ではフィリピン人の先生を100人以上雇っていたのですが、給料日数日前になると決まって事務室前に長蛇の列ができる。みんな前借をお願いしに来る。お金があるとすぐ使っちゃう国民性らしいですが、どこまでも楽観的なんですね。
その「常識」はこれからも「常識」?
起業という選択肢を知ったのもフィリピン人の先生の言葉からです。帰国後、母が企画した、異国の地で英語とITのスキルを身に着けようという小中学生を対象にしたサマーキャンプに、中学1年だった僕も強制的に参加させられ、再びセブ島に行きました。そこで初めてパソコンに触れ、デザインやプログラミングの面白さを知りました。見よう見まねでいろいろやってみたのですが、完成した動画を見た先生が「これは仕事が取れる」って言ってくれた。「仕事」にできるんだって思いましたね。
クリエイターの仕事を始めて、最初はほとんど稼げなかったのが、仲間ができ、自分が取り組んだことを喜んでくれるクライアントさんも増え、徐々に学校へ行く意味が分からなくなってきました。そして中3の夏休みに“不登校を始める”ことを決め、母に告げました。さすがにそれは問いただされました。母からは「学校に行かないことが正しい選択なのか」「楽な方に流れていないか」と言われましたが、自分の考えを一生懸命説明したところ、「学校で先生にプレゼンしてみる。その結果を見てから考えよう」ということになりました。
夏休み明け、早速担任の先生に話したら、僕と前からデザインやSNSについてよく話していたためか、「立場上『いいよ』とは言えないけれど、自分で決める人生だから」と言ってくれました。しかし、その日授業があった美術の先生からは「だまされてる」「一生借金を背負うことになる」って言われて話し合いは平行線のまま終わってしまった。その後、校長室に呼ばれて怒られるのかなと思っていたら、校長先生からは「先生を論破するやり方が違う」とアドバイスされ、「まさか校長先生、こちら側かよ」ってびっくり。そんなこんなで母のミッションは達成、母も最後には応援してくれました。
母はとてもパワフルな人で、常に場を盛り上げるというかあふれ出るものがある。学生でビジネスを始める人は多いですが、残る人は決して多くない。この違いは何かと考えると、スキルとか知識量ももちろんありますが、それよりも大切なのは母のように「とりあえずやる」っていう意志力ではないかと感じています。日本の子どもたちはそこがそがれてしまいがちな環境にあるのではないでしょうか。
子どもの前向きな気持ちをそがないために必要なことは、まず、親や大人が思っている「当たり前」は子どもにとっては違うということへの理解だと思います。いい例かどうか分かりませんが、小さい頃ティッシュペーパーを箱からひたすら出して親に怒られたってことが多くの人にあると思います。でも、大人にとってその結果が分かっていても、子どもにとってはブラックボックスで分かんないし、怖いし、気になるし、自分で試したくなる。そこを「こうだ」と決め付ける、答えを教えてしまうのは違うと思います。しかも怒られることでネガティブな感情を植え付けてしまう。何があるか分からないっていう環境が冒険心を育むのではないでしょうか。最近では、「TikTok」などのショート動画が簡単に、かつ単純な「答え」を見せるのも影響を与えているかもしれないと思っています。
今の時代、「チャットGPT」とかAI(人工知能)の発展ってすごいじゃないですか。今日できなかったことが明日できるようになっている、これがインターネット時代です。「判断の基準」や「常識」を形作る大切な子どもの時期に大人の「常識」を押し付けてはいないか。「今どきの若者」っていう言い方をすることがありますが、それは大人の「身から出たさび」というか、大人の行動、言動、しぐさの一つ一つから構築されているものだということを自覚してほしいと思います。
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コンドウハルキ(近藤春樹) クリエイティブチーム“Harukaze”代表。2004年、埼玉県生まれ。3歳で重度の視覚障害が分かる。小学1年の夏、現在、国内外の留学プログラムを提供する「HANA’S ACADEMIA(ハナサカデミア)」代表を務める母、英恵さんらと共に渡米、小学2年から4年間フィリピン・セブ島に留学する。帰国後、中学2年でグラフィックデザイナーとして独立。デザインスクール運営のほか講師なども務める。
(2023年4月7日掲載)