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パリ市民、電動キックボードに「ノン」 事故多発、レンタル5年で幕【地球コラム】

2023年04月30日11時00分

 フランス・パリ市で2023年4月、電動キックボード貸し出しサービスの存廃を問う住民投票が行われ、即日開票の結果、「ノン」が有効投票総数の89.03%を占めた。歩行者と接触する事故の多発に業を煮やした市民の意思が、圧倒的多数の割合で示された。投票結果に法的拘束力はないが、アンヌ・イダルゴ市長はサービスを廃止すると表明。約5年にわたって親しまれてきた電動ボードのレンタルは、8月末で幕を閉じることとなった。(時事通信社パリ支局 妹尾優)

市内全域に1万5000台展開

 電動ボードの貸し出し事業が欧州で本格化したのは18年。「ライム」ブランドを展開する米新興企業ニュートロン・ホールディングスは、同年6月にパリ進出を果たした。市民の健康志向や環境問題に対する意識の高まりにマッチして需要が膨らんだほか、パリ市も当初は「排気ガスを出す自動車の有効な代替手段だ」と歓迎した。

 他ブランドの参入が相次ぐと、市は事業を認可制に移行。21年9月から2年間にわたり、計1万5000台のレンタル運用を認める契約をニュートロンなど3社と交わした。パリの面積は約105平方キロと、東京都港区、品川区、大田区を合わせたほどの広さで、市内全域に2200カ所以上の駐輪スペースも確保された。

 レンタル方法は各社で多少異なるが、まずスマートフォンに専用アプリをダウンロードし、利用者登録を行う。次に、アプリの地図で現在地付近に駐輪されている電動ボードを見つけ、予約。電動ボードごとのバッテリー残量もアプリで確認できる。

 目的地に到着した後は、アプリの地図に「P」マークで表示された駐輪スペースに移動し、アプリでレンタル終了を連絡。料金は基本料と、使用時間に応じた従量料金の合算で、カード決済される仕組みだ。

低い投票率でも有効?

 住民投票の結果を受け、3社とのレンタル契約は更新されず、23年8月末で終了する見込みとなった。ただ、投票の有効性には疑念も生じている。有権者138万2322人のうち、一票を投じたのは10万3084人で、投票率がわずか7.46%にとどまったからだ。

 電動ボードのレンタルは22年にパリで月間約40万人に上っており、電動ボード推進団体は「少数(の反対)派が不釣り合いな影響力を行使した。パリは世界で孤立する」と反発。賛成派がもっと投票所に足を運んでいたら、違った結果になったはずだと主張した。

 異論は仏政府からも上がった。クレマン・ボーヌ交通担当相は住民投票直前の3月下旬、「(パリ市が)1万5000台のレンタルを導入しておきながら、『禁止以外にすべはない』と方針転換するのは驚きだ」と批判。増加の一途をたどる個人所有の電動ボードについて住民投票が触れていない点を問題視し、「他の都市のような『規制を強化してレンタルを続ける』選択肢を排除したのは残念だ」と強調した。

 だが、もともと契約更新に難色を示していたイダルゴ市長は、投票結果に我が意を得たとばかりに「パリジャンたちはレンタルの電動ボードに反対の意思表示を行った。われわれは市民のメッセージを実行に移す」と胸を張っている。

国内で年間24人死亡

 反対論の背景には、ルール無視の乗り方で歩行者を死傷させた痛ましい事故の数々がある。21年6月、パリのレストランで働く30代のイタリア人女性がセーヌ川のほとりで電動ボードにひき逃げされ、搬送先の病院で死亡した。報道によれば、運転していたのは看護師の20代女性で、事故時に友人の看護師と違反行為の2人乗りをしていた。

 パリ・オペラ座のピアニスト、イザベル・バンブラバンさんは19年5月、市内の公園で電動ボードにひき逃げされて転倒。腕を2カ所骨折した。高速の電動ボードが乳児を抱いた母親に衝突し、乳児が路上に投げ出されたケースもある。

 地元紙が報じたパリ警視庁の集計によると、電動ボードが絡んだ事故の負傷者は19年に203人だったが、22年は426人となり、3年間で倍増した。死者は19年が2人、22年は3人。

 他都市も含めたフランス国内全体で見ると、同様のサービスは約200カ所で提供されているほか、個人の電動ボード所有者も250万人に上る。別の統計によれば、電動ボードによる事故で、21年に国内で1万1256人が負傷し、24人が死亡した。

多くは自損事故、後遺症も

 フランスの道路交通法は、12歳未満の電動ボード運転を認めず、最高時速は25キロに制限している。走行は自転車道か車道に限り、歩道は原則禁止だ。速度超過には1500ユーロ(約22万円)、その他違反には35~135ユーロ(約5000~2万円)の罰金が科される。

 それでも、イヤホンで音楽を聴いたり、スマホの画面を見たりしながらの危険運転が横行している。飲酒後や薬物の服用後に運転した者もおり、非常識な振る舞いが事故を招いているようだ。公衆衛生に関する仏政府の諮問機関、医学アカデミーは「ルールを守れば事故は減らせる」と結論付けている。

 事故の多くは自損だが、ヘルメット着用は任意のため、大半の運転者が着けていない。このため、転倒した際に頭を強く打って重症化、後遺症化しやすい。欧州連合(EU)は電動ボードの利用を巡って加盟国統一の規制を導入しておらず、年齢制限や速度制限、保険加入などのルールは各国・各都市でまちまちだ。

 ただ、NGO「欧州交通安全協議会(ETSC)」によれば、事故の傾向は各地で共通している。英国では、公道での電動ボード使用が解禁されていないにもかかわらず、21年7月~22年6月の1年間に事故で1437人が負傷、12人が死亡した。

偏った議論ではなく

 ETSCは「18年以降、欧州の道路で電動ボードを普通に見かけるようになった。個人向けの電動ボードの販売台数も劇的に増えた」と指摘。例として、フランスでは21年に90万台以上が売れ、英国では22年11月時点で累計の輸入台数が130万台を突破したと紹介する。

 その上で、この新しい移動手段についての議論は「パリのように、とかく『賛成か反対か』という偏った方向に流れがちだが、本当の問題は、電動ボードが『安全か危険か』ではない。他の交通手段に比べてどのようなリスクがあり、どうすれば安全に乗れるかだ」と強調。これまでの事故状況を分析しつつ、▽ヘルメット着用の義務化▽「16歳以上」の年齢制限▽歩道走行の禁止▽2人乗りの禁止▽飲酒運転の禁止▽片手運転の禁止-などをルール化するようEUに勧告した。

 また、統計上、電動ボードの利用者は初めて運転する際の事故発生率が高いことから、操作方法や交通ルールに関する事前の講習を実施すれば安全な走行につながると提案している。

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