深刻な課題となっているプラスチックごみ問題に対処しようと、新たな国際条約の制定を目指す交渉が始まった。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」のプラごみ版のような仕組みが導入される方向で、各国が自ら削減目標を立てて取り組むことになりそうだ。交渉参加国からは「問題のあるプラスチックの廃止」を求める意見も出ているが、日本の産業界は「性急に製造禁止といった議論に持って行くべきではない」と警戒している。(時事通信外経部 武司智美)
生産量、30年間で4倍に
19世紀に発明されたプラスチックは、軽くて丈夫、衛生的で安いといったメリットを背景に、第2次大戦後、人々の暮らしの中に急速に浸透した。経済協力開発機構(OECD)の統計によると、2019年の世界の生産量は4億6000万トンで、過去30年間で約4倍になった。今後、新興国や途上国の経済成長に伴い、60年には12億3100万トンまで増えると推計されている。
一方、プラごみは、その耐久性があだとなり、環境中に流出すると自然に分解されずとどまり続けてしまう。15年に広まった、ストローが鼻に詰まったウミガメの動画を覚えている人は多いだろう。クジラや海鳥の体内からプラごみが見つかる痛ましい事例は各地で後を絶たない。
波や風にさらされるうちに細かく砕けた「マイクロプラスチック」は、山脈から海底まで地球上のあらゆる場所に広がる。人間の血液中から検出されたという研究結果も報告され、具体的な影響は分かっていないものの、プラスチックの製造時に使われた添加剤や、環境中で新たに吸着した化学物質も一緒に体内に取り込まれている可能性が指摘されている。
国際政治の世界では、ダボス会議で知られる世界経済フォーラムが16年に問題を取り上げたことを契機に、関心が急上昇した。先進7カ国(G7)や20カ国・地域(G20)の会合でプラごみ問題が主要議題として扱われるようになり、19年に日本が議長国を務めたG20大阪サミットでは、50年までにプラスチックによる追加的な海洋汚染をゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が採択された。
50カ国が「高い野心連合」
大阪ブルー・オーシャン・ビジョンは現在、87の国・地域で賛同を得ている。21年にイタリアで開催されたG20気候・エネルギー相会合では、海洋プラ対策の国際枠組みをさらに拡大して条約化を目指す方針も決まり、22年11月28日~12月2日、南米ウルグアイで国連加盟国による交渉委員会の第1回会合が開かれた。
この会合では、世界共通の削減目標を設定することの他、プラごみの海洋などへの流出実態や人体への影響に関し研究を進めることでおおむね一致。パリ協定のように、国別に行動計画を策定して取り組み状況を定期的に報告し、他の国から評価を受ける仕組みも導入される方向になった。
だが、特定のプラ製品の製造を減らしたり、禁止したりすべきかについては意見が割れた。ノルウェーとルワンダが提唱し、欧州や南米などの約50カ国・地域が参加する「高い野心連合」は「問題のあるプラスチックの廃止」を掲げ、プラスチックの原料となる石油を生産するサウジアラビアなどは「プラスチック製品に需要危機をもたらすような決定は避けなくてはならない」と主張。日本は、どちらかと言えば、適切なごみ管理やリサイクル推進といった下流の対策を重視する立場だ。
上流規制、必ずしも反対せず
委員会は24年秋にかけてさらに4回会合を開き、25年以降に条約採択を目指している。今後2年間の議論を通じ、各国は立場の違いを乗り越えられるのか。次回会合でアジア・太平洋地域のまとめ役を担う理事に就任する予定の小野洋・環境省地球環境審議官に条約制定の意義や見通しを聞いた。
―プラごみ対策の条約をつくる意義は。
さまざまな機関が出しているリポートによると、プラスチックの使用量はうなぎ登りに増えている。今もG7やG20をはじめとした自主的な対策の枠組みはあるが、それだけでは追いつかない。国際的な法的拘束力を持った仕組みがないと、プラごみ問題に適切に対応できないという認識がこの数年で急速に高まっている。
―条約に基づいて対策すれば、プラごみ問題を改善できるか。
汚染をゼロにするという目標を置いた上で、各国が計画を立てて取り組んでいけばできる。ただ、それを実現するには、途上国で廃棄物処理の仕組みをかなり強化しなくてはならないだろう。基本的にはそれぞれの国の責任でやるべき話だが、なかなかできないから今の状況になっている。途上国支援も合わせてやっていく必要がある。
―第1回会合で、参加国の考えが一致したポイントは。
早期に手を打たなければならず、プラごみによる健康影響が完全に明らかになってからでは間に合わないという危機意識が共有された。国別に行動計画をつくって取り組むパリ協定のような仕組みを設ける考えも共通している。
―プラスチックの製造段階を規制するかどうかについては、各国・地域で違いが大きい。「高い野心連合」と日本の考えの違いは。
最終的に条約をつくる上では、日本としても、野心連合が言っているようなことを議論する必要があると思っている。「問題のあるプラスチックの廃止」という考えは正しいが、では、何が問題ありなのか、どういう問題があるのか、それはどの国にとっても同じなのか、といった部分を詰めていく必要があるだろう。
野心連合と日本とでは、議論の進め方が若干違うという感覚がある。日本は、プラスチックの製造段階からリサイクルまで条約を全体としてどう機能させるかを固めた上で、具体論に入るべきだと思っている。野心連合は、どちらかというと、問題のあるプラスチックを「どう減らすか」といった具体論から入っている。
―日本は上流部分の規制に反対ではない?
今の段階で、必ずしも反対ではない。日本も22年4月に施行されたプラスチック資源循環促進法で、不必要な使い捨てプラ製品は削減していくという対策を導入している。一つ一つの製品について、問題のあるプラスチックなのか、他の素材で代替できるか、逆にまだ使わざるを得ないのか、といったことを議論し、本当に規制すべきものがあれば、特に反対しない。
―アジア太平洋地域にはサウジも含まれる。どう議論を主導したいか。
地球温暖化の議論と比べると、各国の考えはそんなに離れていない印象だ。サウジも「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」に賛同していて、プラスチックの上流から下流までの全部にアプローチすることになっている。
アジア太平洋地域にはサウジのような産油国や島しょ国、中国、インド、日本や韓国といった多様なメンバーがそろっている。まずは、各国のプラごみ流出量や、どんな問題が起きているかといった客観的な情報を共有したい。特定のプラ製品を削減、禁止した場合に自国の生活や経済にどんな影響があるかといった情報も共有する。そうしたことを理解した上で、それぞれの考えを決めてほしい。
日本企業の工夫も踏まえて
もし新たな条約で、プラスチック製品製造に何らかの規制が導入されることになれば、日本の関連企業や日々の生活にも影響がありそうだ。プラスチックを扱う日用品メーカーなどでつくる日本化学工業協会の幹部は「各国による廃棄物管理の向上により、廃プラが環境に流出していかないことが非常に大事だ」と強調。ごみの分別や回収に課題を抱える途上国を中心に、下流での対策に力点を置くべきだと訴える。
「高い野心連合」が掲げる「問題あるプラスチックの廃止」については、「どういう場合にどういう点で問題があるのか、または不必要なのかといったところで慎重な整理がいるのではないか」と指摘。日本企業では、パッケージに使われるプラスチック量の削減や、リサイクル推進といった工夫が進んでいる点を強調し、「一律に生産制限をかけようと言われても困る。条約は、国ごとの事情を反映した柔軟な協定にしてほしい」と念を押した。