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半導体工場進出、熱狂続く熊本 「数十年に1度のチャンス」

2023年03月10日13時00分

 半導体受託製造(ファウンドリー)の世界最大手、TSMC(台湾積体電路製造)の工場建設が進む熊本県。建設予定地の自治体では、工業地の地価が全国トップとなる前年比30%超の伸びを示し、周辺自治体でも住宅地や商業地が値上がりしている。新工場の波及効果は関連産業だけにとどまらず、地元首長からは「数十年に1度のチャンス」との声も上がる。建設着工から4月で1年。新工場を巡る地元の熱狂は、冷めるどころか、むしろ熱を帯びている。(熊本支局 小林達哉) 

商業地、住宅地も値上がり

 「即売れでしょうね」。TSMC新工場が建設される菊陽町の北に隣接する合志市の幹部職員はこう話し、表情を緩めた。人口約6万4000人の同市は、半導体製造装置大手の東京エレクトロンのグループ工場が立地するほか、ソニーグループも新たな半導体工場の建設を検討しているとされる。

 市はTSMCの菊陽町進出決定前から、25年度の分譲を目指し、約11ヘクタールの新たな工業団地、「東部工業団地」(仮称)を整備してきた。TSMCの進出発表以降、市には工場用地に関する問い合わせが急増しており、幹部は用地即売を確信している。

 TSMCの工場建設に投じられる資金は86億ドル(1兆1000億円超)。国は「国内半導体産業の発展に貢献する」として、このうち最大4760億円を助成する。新工場の総従業員は1700人、このうち新規雇用は1200人となる予定だ。合志市など周辺自治体には世界最大の半導体メーカーとの取り引きを目指す国内の関連企業から用地の空き状況を問い合わせる連絡が引きも切らない。

 県によると、22年度の県内の工場立地協定件数は51件(2月24日時点)。県幹部は「年度末に増える傾向にあるので、過去最多だった21年度の59件を更新する可能性は十分にある」とみている。

 地元の肥後銀行を傘下に置く九州フィナンシャルグループ(FG)は、TSMC進出を受け、国内の半導体関連企業を中心に約80社が新たに熊本に拠点を置くと試算。雇用はTSMCを含め、計7500人に達すると予測した。

 新工場周辺では、工業地だけでなく、商業地、住宅地でも地価が上昇。合志市の住宅地価は、平均で前年比6.6%、商業地は菊陽町で13.6%、同町の東隣に位置する大津町では10.7%、それぞれ上昇した。

 「乗り遅れるな」

 TSMCは1月中旬、日本に第2工場を新設する計画を公表した。進出先は明らかにされなかったが、県内になるとの観測も広がり、熊本の注目度は当面衰える気配はない。

 しかし、地価上昇と企業の急激な進出見通しは、同時に課題も浮かび上がらせている。工業団地の売れ行きに表情を緩ませた合志市の幹部は、「地価が上がりすぎて、新しい工業団地を造るのは難しい状況になった」とも語る。荒木義行市長は企業誘致に前向きな姿勢を示しつつ、「道路を拡張するだけでもとんでもない金額になる」と、地価上昇への懸念を口にした。

 合志市は、工業用地を確保するため、市街化調整区域の見直しに取りかかる。だが、無秩序な開発を制限する目的で設定されている調整区域の解除は簡単ではない。県との協議も必要となるため「1年でどうにかなるものではない」と、先行きは不透明。さらに市には、交通渋滞や住宅確保など、早急に対応しなければならない課題も重くのしかかる。

 用地不足は、菊陽町や周辺市町だけにとどまらない。菊陽町から南西に約30キロ。八代海に面する宇城市も、工業用地の確保を急ぐ自治体の一つだ。市は、22年度から用地取得費の30%を助成するなど、県内トップクラスの助成率で企業を呼び込む活動をスタートさせた。

 05年から21年秋までで、宇城市と半導体関連企業との立地協定件数は5件にすぎなかったが、TSMCの進出決定後は、2月までの1年半足らずで3件の半導体関連企業の誘致に成功。市内には九州自動車道のインターチェンジ(IC)が2カ所あり、「交通の要所として地の利」(守田憲史市長)が強みだとして、企業誘致を推進する予定だ。

 不足する用地を確保するため、市は農地の転用を計画。守田氏は、「TSMCの特需に宇城市も乗り遅れないぞという気構えだ」と、手続きを急ぐ考えを強調した。

 住宅誘致、港湾拡充も

 TSMC進出は、周辺自治体が自らの特性を見つめ直すきっかけにもなった。「住宅誘致に重点を置く」。こう話したのは、工場の建設予定地から10キロほど北に位置する菊池市(人口4万7000人)の江頭実市長。4月からの23年度予算では、TSMC関連として、民間宅地開発支援と、子育て世帯向けの移住支援の2事業を盛り込んだ。

 江頭氏は企業誘致にも関心があるとしたが、「直接的に(住宅を)誘導した方が人口増に結びつき、長期的には市の財政基盤の強化につながる」と考えた。民間企業による宅地開発に補助金を出すほか、未就学児を伴って転入し、市内に住居を購入した世帯を対象に、最大70万円を支給する。同氏はTSMC進出について「数十年に1度の大きな機会と捉え、人口増につなげていきたい」と意欲を語る。

 熊本第2の都市、八代市は、県内最大のコンテナ取扱量を誇る八代港の活性化を目指す。工場建設に必要な資材などのほか、半導体関連製品の原材料の運搬など、港湾施設へのニーズが高まるとみているためだ。

 今年1月からは、八代港と台湾を結ぶ国際コンテナ定期航路も拡充された。定期航路は21年1月に八代港に寄港するようになり、これまで隔週で運航。1月からは毎週運航に切り替わった。市は、台湾から先の東南アジアの国々とも接続できるようになると期待しており、約8年間途絶えている中国航路の再開にもつなげたいという。

 九州新幹線が停車する「新八代駅」がある優位性も前面に出す。駅周辺の土地95ヘクタールの再開発のほか、新幹線が通り、港にも近く、菊陽町から高速道路で約1時間という立地をPRし、企業誘致も進める考え。中村博生市長は「八代港をフルに活用できるような体制を作りたい」と意気込む。

半導体関連の生産、倍増へ

 新工場への期待で盛り上がっている県内だが、多くの地元企業にとってはまだ「ひとごと」の域をでていないのかもしれない。熊本県商工会連合会(熊本市)が1月末に県内の49商工会490社を対象に行った調査によると、「TSMC進出でプラスの影響が出た」と回答したのは、宿泊業者など全体の8%にとどまった。残りの9割強は「どちらとも言えない」。

 同連合会の原悟専務理事は、結果について「工場建設には特定の建設業者だけが関わっており、その他の業者まで効果が波及していないため」との見方を示す。「ただ、9割には今後へ期待する声も含まれている」と強調し、「工場が完成し、従業員が増え始めれば、飲食業や観光業など県経済全体への波及効果も拡大するのではないか」と語った。

 九州FGは昨年9月、TSMC進出における経済効果を22年から31年までの10年間で約4兆2900億円に達するとの試算を公表。グループ傘下の肥後銀行は、設備投資や開発事業などを巡り、約840億円(昨年12月末)の融資案件があることも明らかにしており、笠原慶久頭取は、TSMCのインパクトについて「予想以上だ」と話す。

 同行は4月、本店に「半導体クラスター推進室」を新設し、電子デバイス関連産業の支援や周辺開発などを行っていく予定だ。台湾との交流活発化や県産品の輸出量拡大を想定した「国際ビジネス支援部」も設置する。笠原氏は「シリコンアイランド九州の復活という意味では、半導体産業の重要性は日々高まっている」とし、「徹底的に支援する」と語った。

 熊本県は2月下旬、32年までの半導体関連産業に関する施策の方向性を示した「くまもと半導体産業推進ビジョン」の素案を公表。半導体関連産業の生産額を8290億円(19年)から1兆9315億円(32年)へ2倍超に引き上げる計画を示した。蒲島郁夫知事は、「TSMC進出を契機に、半導体関連のみならず、県経済全体の成長を実現する」とも語り、観光分野への波及なども想定し、新たな施策を打っていくと話している。

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