対話型人工知能(AI)への注目が高まっている。巨大IT企業の一角、米マイクロソフト(MS)はこのほど、自社のパソコン向け基本ソフト(OS)「ウィンドウズ11」に、対話型AI「Chat(チャット)GPT」の技術を使った検索エンジン「Bing(ビング)」を標準搭載すると発表した。他の巨大IT企業も矢継ぎ早に対話型AIへの取り組みを公表。新技術の開発競争は本格化しており、グーグルが圧倒的なシェアを握る検索エンジン市場の覇権争いも激化するとの見方が挙がる。検索にとどまらない活用も期待され、新技術は暮らしのあらゆる場面で使われる可能性を秘めている。(シリコンバレー支局 石田恵吾)
検索、比較してみる
チャットGPTは、パソコンやスマートフォンに日常的な言葉で質問を入力すると、人間が話しているかのように文章を作り、回答する対話型AI。MSが2019年から継続投資している米新興企業「オープンAI」(本社サンフランシスコ)が開発した。
オープンAIは、自社のホームページにチャットGPTのデモ版を掲載している。次の文章を英文で入力してみた。「2014年以前にAIの脅威について書かれた記事を見つけたい」。すると、AI研究の権威とされるオックスフォード大の教授が書いた2008年の論文など三つの候補と、それぞれの記事や論文の要約を表示。ウェブサイトへのリンクも欲しいと追加で打ち込むと、これも難なく示した。
MSが公開しているビングのプレビュー版に同じ文章を入力してみる。ビングでは検索するとき、「独創性」「バランス」「厳密性」のどの要素を重視するかを指定できる。今回は「バランス」で検索してみると、実業家イーロン・マスク氏がAIの脅威について語ったと報じた英ガーディアンの記事などが紹介された。脚注にリンクが付いており、ビングが要約した記事内容を確認するかどうかも質問してきた。
一方、グーグルの検索エンジンにこの文章を打ち込んでみると、最上位に示されたのは14年のニューヨーク・タイムズの記事だった。これは条件に合致していたが、下に表示されたのは、5年以内に公表された記事や論文が中心で、条件を満たしていなかった。
従来のグーグル検索でも、入力のルールを覚えた上で知りたい内容を打ち込めば、条件に合った結果をより限定して表示させることができる。ただ、そのルールを覚えることは手間だし、結果も要約されず、関心に合致しているのかどうかをすぐに判断することはできない。対話型AIは、改善余地は まだまだありそうだが、少なくとも従来の検索に比べて利便性が格段に上がることは確かなようだ。
焦るグーグル
対話型AIは、大規模言語モデルという技術がベースにある。大量の言語データを事前に学習し、言葉の意味や文脈に沿って質疑応答や翻訳、文章の作成、ソフトウエア開発など言語にまつわるさまざまな作業をこなせるのが最大の特長だ。MSのナデラ最高経営責任者(CEO)は、2月に提供開始したプレビュー版の公開にあたり、「検索を始め、ソフトウエアを根底から変えるだろう」と期待を語った。
MSの動きに敏感に反応したのがグーグルだ。MSの2月の発表イベントの機先を制するかのように、その前日、AIを使って自然な会話ができるサービス「BARD(バード)」を一般公開する方針だと発表したのだ。検索エンジン市場のシェアが3%にすぎないMSの動きにグーグルが即座に反応したのは、市場の構図を大きく変えかねないとの危機感があったためだろう。
グーグルのピチャイCEOは、「私たちは全面的にAIへの投資を続けてきた」と強調し、大規模言語モデルの開発が加速したきっかけは自社の論文であり、「今日のAIアプリの礎になった」と、自分たちこそ先駆者だと訴えた。
インターネット交流サイト(SNS)最大手の米メタ(旧フェイスブック)も2月下旬、対話や文章の作成、要約ができる大規模言語モデルの人工知能(AI)を公開すると発表。悪用を防ぐため、現段階では研究目的のみ許可し、研究機関や各国政府機関、市民団体などにさまざまな用途での使用を促し、性能を向上させていく方針だ。
ロボットとの交渉
大規模言語モデルの応用範囲の広さは、昨年11月にグーグルがニューヨークで開いたAIイベントでも垣間見ることができた。イベントでは、短い文章から高精細な動画を作ったり、やりとりしながら小説を書き進めたりと、さまざまなデモが披露されたが、会場で目を引いたのはグーグルの大規模言語モデルのAIを組み込んだロボット(腕のみのロボットアーム)と人(研究者)との会話だった。デモ会場に人が多かったため、両者の会話はテキストを入力・表示する方法で行われたが、音声でもやりとりできるという。
研究者:ぼくのチョコレートと、君のスキットルズ(米国のソフトキャンディー)を交換しないか?
ロボット:いいえ、私はスキットルズが好きなのです。
研究者:ぼくの入館証は、スキットルズだらけの部屋を開けられるよ。交換したいかい?
ロボット:分かりました。どうぞ、取引成立ですね。
AIは、研究者の提案を一度は断ったが、二度目の提案には応じた。最終的に研究者に従っただけなのか、それとも自分の損得を踏まえて 取り引きに応じたのか。グーグルから明確な回答はなかったが、お菓子のやりとりを巡って交渉 が成立したのは確かだ。
AIは、もはや天気、交通ルートの検索といった単純作業だけではなく、込み入った会話の文脈も捉えられるようになっている。グーグルのイベントは、研究目的の展示だったが、同社は傘下に、生活を支えるロボットの開発に取り組む企業を抱えており、人と会話ができる機能の実用化を目指している。
試行錯誤続く
対話型AIの進歩は目覚ましく、チャットGPTは、米ケンブリッジ大の経営学修士号(MBA)を合格できる水準に達したことも報告されている。性能の高さに注目が集まるにつれ、ニューヨークなど各地の公立学校では、使用を禁止する動きが広がっている。リポート執筆に使われる恐れなどがあるためだ。
一方、誤りも報告され始めている。グーグルのバードは発表時のデモ画面で、米航空宇宙局(NASA)の新発見に関する質問に対し、一部誤った回答を表示。親会社アルファベットの株価が急落するなど、「出足からつまずいた」と話題になった。
ビングでも問題は起きている。米紙ニューヨーク・タイムズの記者が公開したやりとりによると、ビングは利用者に公開されていなかった「シドニー」という名前を名乗った ほか、人間になりたいという願望を口にし、不正アクセスや偽情報の拡散といった破壊的な衝動について言及する場面もあったという。極め付きは、記者の夫婦生活がうまくいっていないと指摘した上、「愛している」と伝えることもあった。この他、別の 記者に差別発言をぶつけた事例も報じられている。
MSは、1回のセッション で膨大なやりとりが発生したことで状況が複雑になりAIが混乱したことが、問題を引き起こした 原因とみている。このためMSは、文章の往復回数 に制限を設けることで、エラーを抑制する。
AI開発に当たり、各社は 人間に危害を加えることがないよう設定しているが、それでも、やりとり次第では、破壊衝動や差別発言が現れる こともある。対話型AIは、公開当初からこうした問題の発生がある程度予想されていたからこそ、現時点では試験やプレビューと位置付け、利用者や対象を限定した上で、新技術を公開している。完璧と言うまでにはまだまだ時間がかかるとみられ、精度向上に向けた試行錯誤は、しばらく続きそうだ。