会員限定記事会員限定記事

侍ジャパン、王座奪還へのポイント~「史上最強チーム」の死角

2023年03月08日15時00分

 野球の国・地域別対抗戦、第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が8日に開幕、日本代表の「侍ジャパン」は王座奪還を懸けた戦いに臨む。大谷(エンゼルス)、ダルビッシュ(パドレス)、吉田(レッドソックス)らの現役大リーガーが参戦し、「史上最強」の呼び声も高い今回の侍ジャパン。3大会ぶり3度目の大会制覇に向けたポイントを考えてみたい。

◇まだ大きいレベルの差

 昨年のサッカー・ワールドカップ(W杯)では日本代表が優勝経験国のドイツとスペインを破る大健闘。日本戦以外でも波乱が続き、大熱戦となった決勝戦まで大いに盛り上がりを見せた。今度は野球「世界一」を争う戦いが、ファンを熱狂と興奮の渦に巻き込みそうだ。

 ただし、ともにトッププロが参加し、年齢制限なく「世界一」を争うサッカーW杯と野球のWBCでは、現状で二つの大きな違いがある。一つ目は出場チームのレベルの差だ。サッカーW杯はカタール大会でモロッコが4強入りし、日本を含むアジア勢も健闘。優勝したアルゼンチンが初戦でサウジアラビアに敗れるなど各国の実力差が縮まり、優勝候補の各国も大会前半から気の抜けない戦いが必要になった。

 一方の野球は、世界全体から見ると、まだまだ強豪とその他の実力差が大きい。過去4大会を見ても、北中米と東アジアが強く、欧州など他の多くの地域はさまざまなレベルの選手をかき集めて臨んでいるのが現状だ。1次リーグで波乱が続出するような展開は、そうそう考えられない。

◇調整期に本番の難しさ

 もう一つの大きな違いは、開催時期だ。世界の主要リーグがほぼ同時期に終了するサッカーは、直後にW杯が開催され、ほとんどの選手がシーズン仕様のコンディションを保って大会に臨む。対するWBCはシーズン前の開催。各選手は開幕に向けた調整の時期で、エンジンが始動したばかりの段階で戦いを迎える。大リーグではレギュラーシーズンの終了後にプレーオフが1カ月強開催されるため、シーズン終了時期がチームによって大きく違う。このため、シーズン後にWBCを開催することは困難。選手をトップコンディションのままWBCに駆り出すにはレギュラーシーズンを中断してシーズン途中に開催するしかないが、米大リーグ機構にその気はない。開催ごとに一流選手の出場が増えているとはいえ、春の開催が続く限り、WBCはオープン戦の延長、エキシビションという要素から完全に抜け出すことはできない。

 WBCに臨む選手たちは大会という「真剣勝負」に臨みながら、同時にその後に迎えるシーズン本番に向けて調整を進めるという相当に複雑な課題に挑んでいる。この時期の開催ゆえ、起用する側も投手の球数制限、登板間隔への配慮等、選手たちのけが防止に向けた特殊な条件を守りながら、期待に応えなければならない難しさがある。

 実際、今回の代表チームでも目玉となる大谷は、30日(日本時間31日)のエンゼルスの今季開幕戦の先発が決定済み。このため、そこから逆算して一定の登板を重ねる必要がある。WBCの真剣勝負が、オープン戦代わりの調整登板を兼ねるわけだ。首脳陣は大谷やダルビッシュの登板日をフリーハンドで決めるわけにはいかないのだ。

 2006年大会で日本を初代王座に導いた王貞治監督は同年夏に胃がんでソフトバンクの戦線から離脱。連覇を果たした09年には、決勝戦で決勝適時打を放ったイチロー(当時マリナーズ)が胃潰瘍のため、開幕から8試合を休んだ。今回も出場を予定していた鈴木(カブス)が脇腹を痛め、大会直前で出場を辞退するアクシデントが発生している。重圧の大きさや調整の難しさは、想像以上なのだ。

◇本当の勝負は大会後半

 救いは1次リーグB組の4試合のうち2試合の相手が、明らかに格下のチェコと中国であることだ。決して楽な相手でないとはいえ、豪州も慎重に戦えば勝利は難しくないだろう。開幕前の時期で、調整の難しさや、さまざまな誤算を抱えるのは、おそらく大会に臨むどのチームも一緒。亡命選手が初めて代表入りするキューバと2大会連続4強のオランダに台湾が同居したA組、第3回大会の覇者ドミニカ共和国、2大会連続準優勝のプエルトリコにベネズエラなどが入ったD組に比べれば、恵まれた組み分けだと言える。中国とチェコ相手には、確実に勝利を目指しつつ、各選手の状態の見極めや打順に関するテスト、守備の連係確認などもある程度念頭に置きながら大会後半に備えることができるだろう。

 極論すれば、今大会の日本の戦いは、負ければ終わりの準々決勝以降の戦いに、どれだけ形を整え、手応えを持って臨めるかだ。全試合が大事とはいえ、本当に真価が問われるのは、1次リーグ2戦目の韓国戦と、準々決勝以降の試合だ。日本の最大の強みは、やはり充実した投手陣。一方で、かなりの強打者をそろえたとはいえ、優勝候補の各国との対戦では、そうそう得点は奪えないだろう。日本が勝つとすれば、ほぼ間違いなく競り合いが予想される。

 前々回大会(13年)は準決勝でプエルトリコに1-3で敗れ、8回1死一、二塁からの走塁ミスがクローズアップされた。前回(17年)の準決勝は八回に守備の乱れから決勝点を献上し、初優勝した米国に1-2で競り負けた。大谷、村上(ヤクルト)、吉田、山川(西武)、岡本和(巨人)ら長打力のある打者が少なくないとはいえ、初見かそれに近い強豪チームの投手陣を打ち崩すのは、かなり難しい。先発投手が持ち味を出し、打線が好機に有効な得点をもぎ取ってうまい継投で逃げ切るパターンが現実的だろう。その上で重要となるのは、防ぐことができるミスをどれだけ減らせるかだ。やはり大会大詰めの戦いでは「スモールベースボール」の真価が問われる場面が多くなるに違いない。

◇充実の投手陣

 投手陣は威力のある速球とフォークボールを併せ持つ選手を数多くそろえた。強くスイングしてくる強豪打線相手に、低めへのフォークは非常に有効。日本の国内投手との対戦はまれだけに、的確なコースにフォークを投げれば、多くの空振りが奪えるだろう。

 投手陣の明らかなミスと言えるのが、不要な四球だ。四球が絡むと、どうしても失点リスクが高まる。制球力に不安のある投手の起用は、場面を見て慎重になる必要がある。松井裕(楽天)や宮城(オリックス)は時折制球を乱すのが気になる。継投と抑えは、勝敗を分ける大きなポイントだ。

 大リーグのルールに合わせ、今大会からはワンポイント継投が禁止。これにより、左の変則投手などはメンバー入りしていない。ダルビッシュ、大谷、山本(オリックス)、佐々木朗(ロッテ)と予想される第1先発の後を今永(DeNA)、戸郷(巨人)、高橋奎(ヤクルト)、宮城らが第2先発でつなぎ、伊藤(日本ハム)、宇田川(オリックス)、湯浅(阪神)、高橋宏(中日)が中盤から終盤へのリリーフ、栗林(広島)、松井、大勢(巨人)が終盤という役割だろうか。

 大谷のエンゼルス開幕戦先発が決まっている状況下で直前の強化試合の投手起用を見てみると、どうやら1次リーグの先発は9日の中国戦が大谷、10日の韓国戦がダルビッシュ、11日のチェコ戦が佐々木、12日の豪州戦が山本となりそうだ。準々決勝では大谷、ダルビッシュが登板可能。4強に勝ち残って米国に渡れば、佐々木、山本に再びお鉢が回ってくることになる。重要なのは第2先発陣も同じ。球数制限があるため、先発が好投を続けても、試合中盤では交代する。後を担う投手が失点を重ねるようでは、先発の奮闘もフイになってしまう。特に、韓国戦の第2先発の人選は重要だ。

 抑え役も注目される。リードが1、2点だとすると、負ければ終わりの戦いでその重圧は大変なものとなる。その点、前回の経験者である松井には制球力に不安が残り、他のメンバーはWBC初参戦。大会前半で一番の適任者を見つけられるのが理想で、巨人で重圧に慣れている大勢が球質も含めて有力候補に見えるが、まだプロ2年目。東京五輪で抑えを担った栗林は、格段にレベルの高くなる相手に同様の投球ができるか。

 継投役の宇田川は、育成契約から昨年後半に台頭。日本シリーズでの大活躍を経て、メンバーに抜てきされた。合宿開始後、実力者ぞろいの中で気後れしていたのが、ダルビッシュの気遣いから食事会などを通じてリラックス。ある種のムードメーカーとなった感じの宇田川が快速球とフォークを生かして相手を封じれば、チームが盛り上がるは間違いない。度胸の良さが光り、東京五輪でも好投した伊藤は場合によっては2-3回もいける貴重な存在だ。

◇守りに不安?

 今回の野手陣の選考で、栗山監督は守りより打力を重視した感がある。遊撃の源田(西武)は安定感抜群ながら、二塁では守備力に定評のあった菊池(広島)を見送り、打力で上回る若い牧(DeNA)を選考。山田(ヤクルト)と定位置を争う。一塁候補の山川、三塁で村上の控えとなる岡本に加え、山田と牧は一塁や指名打者(DH)も可能だが、DHには大谷がいるため、実質的には山田、牧、岡本、山川の右打者4人中2人が、控え、代打に回ることになりそうだ。岡本は試合途中から左翼に入ることも可能だ。

 外野陣では、純粋な中堅手が選ばれなかった。吉田、近藤、周東(ともにソフトバンク)、母親が日本人のヌートバー(カージナルス)、鈴木の代役となった牧原大(ソフトバンク)の5人。打力を考えれば、左翼が吉田、中堅・右翼を近藤とヌートバーというのが基本線か。吉田の守備力には不安があり、中堅を本職が守らないとなると、カバーや連係にも怖さが残る。周東は快足で守備範囲が広いが、ここ一番での足のスペシャリストとして後半の重要局面にとっておきたい切り札でもある。

 ただ、鈴木に代わって牧原が入ったのは、守備や走塁面で大きな意味がある。外野のほか、二塁、遊撃もこなすユーティリティープレーヤー。外野では中堅も得意だ。試合途中から近藤を左翼に回し、中堅に牧原を入れて守備を固めることが可能だし、二遊間のバックアップを中野(阪神)とともに担うこともできる。周東を早めに投入した場合には、代走役としての起用も可能。左の代打としても勝負強さに期待できる。強打の鈴木がスタメンから消えたマイナスは小さくないが、担う役割の多彩さを考えると、当初のメンバーにあった守備走塁の不安を軽減するのは間違いない。

◇求められる「ロースコアの丁寧な戦い」

 強化試合を見る限り、野手の先発オーダーは、6日の阪神戦の形が基本だろうか。ヌートバー、近藤、大谷、村上、吉田、岡本和、二塁手(山田か牧)、源田、捕手の順。二塁は栗山監督が山田と牧のどちらを先発起用するかだ。強化試合での近藤の好調ぶり、山田の不振を考えると、1-3番はこの形がベスト。ポイントとなるのは、勝負を避けられる可能性もある大谷の後を打つ4、5、6番だ。吉田が早めに持ち味を発揮できれば、村上もつなぐ気持ちで打席に入ることができる。7日のオリックス戦は吉田が4番に入り、村上が6番に回った。村上4番だと1-5番に左打者が並ぶことになる。栗山監督は最終的にどちらを4番と考えるか。重要ゲームの捕手は、肩とリードに定評がある甲斐(ソフトバンク)を一番手に、戦況に応じて早めに代打などを送り込めば、中村(ヤクルト)らにつないでいく。

 大谷はチーム合流後のインタビューで「ロースコアになるのが一番の理想じゃないかなと思う。その中で1点を大事にしながら、1点をしっかり防いでいく、取っていくというのが最終的に一番勝ちやすいパターンなので、大味な感じにならずに、丁寧に試合を運べれば勝てるんじゃないかなと思います」と語った。強豪相手を想定して大谷が口にした言葉こそ、日本に求められる戦い方を端的に表している。パワー合戦のような乱れた展開で相手にビッグイニングのような形を許すと、米国やドミニカ共和国、ベネズエラなどに対しては明らかに分が悪い。

 豊富な投手陣を生かし、どこまでスキのない野球ができるか。先発投手陣はしっかり形をつくり、第2先発陣は余計な得点を許さない。リードを奪えば、緻密な継投や守りで勝利ににじり寄っていく。そのためには不用意な四球や守備・走塁のミスをどれだけ減らすか。継投のタイミングや人選、代打・代走・守備固めの起用に至るまで、首脳陣による各選手の調子の見極め、的確な配置が不可欠になるのは言うまでもない。(橋本誠)

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ