会員限定記事会員限定記事

男子ソフトのレジェンドが引退と同時に飛び込んだ女子の世界 シオノギ・松田光監督〔JDリーグ〕

2023年03月30日13時00分

 男子ソフトボールで投打にわたって日本をリードしてきたスーパースターが、現役を引退してすぐ女子の指揮を執る決断をした。JDリーグ、シオノギの松田光監督(36)。指導者経験のないまま、男子との違いが多い女子の世界で第2のソフトボール人生を歩みだす。4月15日の開幕を前に、松田監督を訪ねた。

 「今もちょっと遠慮しています」

 開幕まで1カ月に迫った3月半ば、大阪府摂津市の工場内にある専用グラウンドに、午後5時頃から仕事を終えた選手たちが集まってきた。

 この日は走者一、三塁などの状況を想定した内野連係などが、主なメニューだった。松田監督はシートノックでバットを振ると、その後はバックネットの外から、練習後に話をするまでは黙って見守った。

 「引退した選手が1人で、スタッフも昨季から残り、出来上がったチームに自分がポンと入ったので最初はすごく遠慮しました。今もまだちょっとだけ遠慮していますかね」

 選手側にも男子のスターに対する遠慮があるかもしれない。「どうでしょう。僕のことをよく分かっていない選手もいると思う」。そんなことはないだろうが、「自分自身、初対面の相手とペラペラ話す方じゃないので、最初は苦労しました」という。

 「男子の世界から出ていかないで」

  平林金属クラブ(岡山市)で13年間プレーし、日本リーグ決勝トーナメント優勝5回、5季連続MVPなど数々のタイトルを獲得した。2019年世界選手権(現ワールドカップ)では日本を19年ぶりの決勝へ導き、投手で勝利数と防御率、打者で打率、打点などの大会1位となり、同年の世界野球ソフトボール連盟(WBSC)ソフトボール部門最優秀選手に選ばれた。

 昨年11月の引退記者会見で指導者になる希望を語り、すぐ年末にシオノギ監督就任が決まってソフトボール界を驚かせた。

 注目度の低い男子の希望の星が、引退した上に女子の指導者になる。「男子の世界から出ていかないで」とも言われたが、「男子の方が気持ちの上では楽にできたかもしれない。でも残念ながら男子は監督が職業にならないので、職業としてできる女子の世界に思い切って飛び込みました」。

 「男子の常識で女子にはないものを」

  シオノギとは、昨季から「時間のある時に」技術指導を依頼される関係だった。「試合に出ている選手の力は何となく分かっていた」。日本女子代表でも、強化スタッフとして打撃投手などをしながら東京五輪金メダルへの道のりを見ている。

 それでも投本間の距離やフィールドの広さ、体格やパワーだけでなく、技術や動きなどにも男女の違いは多い。戸惑いは覚悟の上で、「打ち方や守り方でも、男子の世界では常識としてやってきて、女子の世界にないものを入れていきたい」とも考えている。

 シオノギは創部75年目で、日本リーグには発足した1968年から加わった。75年に総合優勝、2セレクション(グループ)で実施した77年にセレクション優勝も果たしている。2019年からソフトボールが社のオフィシャルスポーツになった。

 21年日本リーグは12チーム中11位と苦戦し、JDリーグ初年度の昨季は西地区8チーム中の4位だった。14勝15敗と負け越し、3位のSGホールディングスに4ゲーム差をつけられている。

 3位に入ればプレーオフがあり、4位でもワイルドカードで拾われる可能性はあるが、目標がそこでは意識が低い。就任早々、選手たちには「優勝を目指さないとやっていても面白くない。目標が日本一からぶれるとやりがいも少なくなる」と話したという。

 「しっかり振って強い打球を

 投手陣は昨季10勝の右腕・吉井朝香、4勝の左腕・千葉咲実を中心に、「続く投手が出てきてほしい」と3年目の信田沙南、2年目の堀本優良、新人の福田莉花(金沢学院大)に期待する。

 得点力アップが最大の課題になる。昨季の打率2割1分9厘、本塁打16は5位の伊予銀行に大きく及ばず、6~8位のチームと大差なかった。規定打席(60)に達した選手では谷本奈々の2割5分9厘が最高で、リーグ30傑に1人も入らなかった。チーム打率が2割5分は欲しいと思っている。

 「本塁打が正義だとは思わないが、打者にはしっかり振って強い打球を打つよう常に言い続けています。オープン戦とはいえ本塁打も出て、手応えを感じてきました」

 昨季は前半に7勝14敗と苦しみ、9月からの後半に最終戦でトヨタに負けるまで7連勝した。要因を「投手陣が安定し、打線も軸の古藤(優実)の状態が上がって頼りになり、他の選手も古藤にチャンスを回そうとして役割がはっきりしてきた。自信になったでしょう」とみる。

 選手数25人は東西16チームの最多で、チーム内競争の活発化も促す。昨季まで出番が少なかった選手をオープン戦や練習試合で使い、「面白い選手が何人も出てきた」という。「チャンスを与え、結果を見てメンバーを決めていく。監督が代わって自分にもチャンスがあるんじゃないかと思ってやってきた選手が、結果を出して使ってもらえなければ頑張れない」

 「みんなで同じ方向を向いて」

  昨季後半の勝ち方を土台にしつつ、固定し過ぎるともろくなって底上げも遅れる。新監督の就任で何かが変わった印象も与えたい。好循環が生まれれば、これらを同時並行させる戦い方が見えてくる。

 そのためにも、本拠地の兵庫県尼崎市で迎えるSGホールディングスとの開幕戦からスタートダッシュを狙う。「開幕がめちゃくちゃ大事だと思っています。どの試合よりも大事なんじゃないかというぐらいの気持ちで迎えたい」

 男子選手として「(21年以前の)日本リーグから男子より華があって、観客も多くてうらやましいという目で見ていた」女子の世界も、2季目のJDリーグは課題が山積している。地域密着やファンサービスの促進とチーム事情のはざまなどで、監督が悩むことがあるだろう。

 ルーキー監督として、これから選手との距離や声の掛け方なども模索しなければならないが、選手との接点になる竹林綾香コーチやシニアアドバイザーとなった岡村昌子前監督の存在は心強い。「不安はあるけど、何とかみんなで同じ方向を向いて最後まで戦いたいですね」と、長丁場に臨む準備を進めている。

 ◆松田光(まつだ・ひかる) 1986年12月17日生、千葉県出身。千葉敬愛高から京都産大へ進み、西日本大学選手権2連覇。2010年、平林金属クラブ入団。投げては時速130キロ近い速球と多彩な変化球を、打者でも長打力と勝負強さを武器に、日本リーグ決勝トーナメント優勝5回などの栄冠に導き、リーグMVP5回など32の個人タイトルを獲得した。176センチ、80キロ。右投右打。

(時事通信社 若林哲治)

女子ソフトボール特集「金からダイヤへ」→

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ