販売部数が年々減少し、相次ぎ休刊や不定期刊に追い込まれる「冬の時代」が続く雑誌業界。月10万部を超えればヒットと言われる中、シニア女性をターゲットにした月刊誌「ハルメク」は月50万部を売り上げ、「独り勝ち」しています。V字回復を導いた「掘り下げる深さ」とは何でしょうか。同誌を立て直した山岡朝子編集長に秘訣(ひけつ)を聞きました。(時事通信社経済部 栗原ゆり)
ありふれたテーマでも…
―当時低迷していた「ハルメク」再生のため他社から引き抜かれ、2017年に編集長に就任しました。当時のお気持ちは。
大変なチャレンジだけど、面白そうだなと思いました。入社時は14万5000部で、なお下落基調。まずは下げ止めることと、20万部にまで回復させることがミッション(使命)でした。
―最初に取りかかったことは。
特集テーマの見直しです。当時の特集は、社会問題、病気、介護、生き方といった重厚なテーマが多かったのです。それはそれで素晴らしい特徴ではありますが、読者は毎月、重い内容を本当に読みたいのでしょうか?「シニア誌なのだからこういう特集が当たり前」という思い込みを捨てることから始めました。
-どのように変えたのですか。
私たちが伝えたいことを取り上げるのではなく、60代、70代の読者が今、悩んでいること、きょう解決したいと思っていることは何かを真剣に考えました。そして、解決のためにどんな方法があるのかを必死に集め、彼女たちに分かりやすい形で、かつ実現可能なものに整理して発信する組み立てにしました。
―どんなテーマが多いのでしょうか。
ファッションや美容、住まい、料理、健康など、幅広い内容を扱っています。「一生自分で歩く」とか、「値上げ時代の年金生活の在り方」とか、テーマそのものは珍しいものではありません。
―他の雑誌でもありそうですね。違いはどこにあるのでしょうか。
掘り下げる深さです。なぜ一生自分で歩きたいのか、自分で歩いて何がしたいのか、一生歩ける体を作るためにどんなことならやってみたいかを突き詰めます。「何分だったら運動ができますか」「何だったら食べますか」を深掘りして、できることの提案を徹底しています。
読者の方からよく、「なぜ毎月、私がちょうど今知りたいと思っていることが載っているんですか」と聞かれます。読者にとって一番知りたいことが載っている上に、できることが紹介されているという「2点セット」が支持していただいている理由でしょうか。
はがきで伝わること
―中でも好評だった企画は何ですか。
スマートフォンの使い方です。シニア向けのよくあるテーマですが、ハルメクの場合、読者がどの操作につまずいているのか、毎年徹底的に調査します。アンケートだけでなく、目の前で操作してもらったり、自宅で操作の日記をつけてもらったり。イライラするポイントがどこなのかを、徹底的に探ります。
―何が分かりましたか。
タップする人差し指の力が強すぎ、うまくタップできていないことが分かりました。
タップに必要な微妙な力加減を誌面上でどう伝えるか。専門家も交えて話し合った結果、「指の腹でゴマを1粒取るくらいの力の入れ方」という表現に行き着きました。実際にゴマを取る写真とともに載せたら、「この紹介の仕方はすごい」と若い人たちの間でも話題になりました。
ただ、私たちは奇をてらったことをしているわけではありません。どこまで深く寄り添えるかだと思います。
―毎月2000~3000通届く読者はがきを全て読み込んでいるそうですね。
編集部員で手分けして全てを読んでいます。メールでも受け付けていますが、はがきをやめるとメールを使える人の意見しか聞けなくなってしまいますから。
それに、はがきは、書いた人の切実さが伝わるんです。直筆でぎっしり書いてあるものを読んでいると、「応えなければ」という気持ちが湧いてくる。読者の温度感が読み取れます。
―ハルメクは書店には並んでいません。自宅に届く定期購読にしているのはなぜですか。
書店販売の場合、誰が買ったかは分かりません。一方、ハルメクは申し込みが必要な定期購読。私たちは読者と直接つながることができます。それにはメリットが2つあります。
一つは申し込みの際に、購読理由を聞けること。オペレーターが毎日、相当数の申し込みを電話で受けており、どの特集に関心を持って購読に至ったのかを聞き取ることができます。ウェブ申し込みも同じ仕組みです。
もう一つは、読んだ後に満足度調査のアンケートを送って感想を聞けることです。
両方の調査結果を次の企画に生かすというやり方は、書店販売ではできません。深い特集を作るには、読者とのこの距離感がないと無理だと思っています。
冷静と情熱の間で
―雑誌業界全体でみると、販売部数が伸び悩み、厳しい状況が続いています。
インターネットが広がったことで、ユーザーは情報を無料で見ることができ、企業は広告収入を得るという「広告モデル」ができました。その結果、低予算のコンテンツが氾濫し、全体的に価値がどんどん下がっている感じがしています。
ハルメクは、お金を支払ってもらえる価値のある雑誌をいかに作るかにこだわっています。情報を整理して分かりやすくするだけで買ってもらえる時代は終わりました。売れる雑誌の制作ハードルが非常に上がっています。
―多様な趣味や価値観を持つ「Z世代」向けにヒットする雑誌を作ることはできるでしょうか。
できると思います。コンテンツへの需要は世代を問わず不滅ですから。若い子たちの知りたいことや悩みにどれだけ寄り添い、ぴったりの情報を発信するかが大事で、それができればネットやSNSとは別の価値を出せると思います。
―昨年、ウェブ版「ハルメク365」を立ち上げました。
5年後、10年後を見ています。雑誌のハルメクは今好調ですが、いくらしっかり作っても紙媒体が求められなくなる時代が来ると思います。 絶対の自信があるこのコンテンツを、紙に印刷しないで届ける方法を今から模索していかないと。しかも広告モデルではなく、コンテンツそのものにお金を支払っていただけるものを作りたくて、日々研究しています。
―編集長に求められる資質は何ですか。
ポジティブでいることです。編集部員には持っている能力やアイデアを存分に発揮して仕事をしてもらいたいんです。それを誌面に150パーセント反映できる環境を私が作らなくては。
もちろん悩みはあるし、右肩上がりが当たり前のようになった部数へのプレッシャーもあります。大変だけれど、それは私ひとりで背負うことかなと。どんよりするのは家にいるときだけにしています。
もう一つは、冷静と情熱の間にいること。シニア女性を幸せにしたいという熱い思いを持ちつつ、一方では緻密にデータを分析して、ビジネスとして成り立つように計算する。両方しながら、ニコニコしていることを心掛けています。(了)