会員限定記事会員限定記事

作曲家が思い描いた姿を再生 趣味は“プチ家出”? ピアニスト・牛田智大さんに聴く

2023年02月18日08時00分

音楽評論家・道下京子

 12歳でCDデビューを果たした天才少年も23歳に。国内外の有力オーケストラと共演を果たしたほか、国際コンクールでも確かな歩みを見せる中、さらなる高みを目指しているピアニストの牛田智大さん。3月16日に東京・オペラシティで予定されているリサイタルへの意気込みと今後について聴いた。

【インタビュー】「楽聖」の霊が叱咤激励? ピアニスト・福間洸太朗さんに聴く

20代でこその共感

―前回のリサイタルやCDでは、ショパンの後期の作品をとりあげていましたが、今回はドイツ語圏の作品ですね。

 2022年から始めた、僕にとっては比較的浅いレパ―トリーです。

―リサイタルの曲目について教えてください。

 シューマン、ブラームスはもちろん、もともとドイツ・ロマン派の作品にはとてもシンパシーを感じていました。

 2019年から2年以上ショパンを弾き続けてきましたが、今ならば、このドイツ・ロマン派の作品を面白く解釈できるのではと思いました。

 今回のプログラムは、シューベルト、シューマン、ブラームスが20代前半に作曲したソナタです。若々しいエネルギーに満ちた作品を、今の私のこの年齢で取り上げることに意味があると思いました。若さなりの純粋さや、ストレートな感情が作品から感じられるのが面白くて、共感しながら勉強することができたと思います。

―シューベルトの《ピアノ・ソナタ第13番》に取り組むのは、今回が初めてですか?

 シューベルトのピアノ・ソナタに取り組むのは初めてです。

―このピアノ・ソナタは明るい楽想ですね。

 シューベルトは病気になって以降、彼の作品は影を持つようになり、作風が変わります。その前の純粋な明るさを持った時期の、最後の作品と言っても良いかもしれません。未来に進んでいくような明るさをとどめた作品です。

―シューベルトはロマン派最大のピアノ・ソナタの作曲家です。

 最後の古典派でありながら、最初のロマン派でもあるので、その微妙な過渡期のところですね。

 この作品にも、ベートーヴェンの中期のピアノ・ソナタに通じるものがたくさんあるし、「テレーゼ」(ピアノ・ソナタ第24番)など内省的なベートーヴェンのソナタ群に通じる、歌心と構築性が同居したスタイルが見られます。今回の作品は、ドイツ・ロマン派の感性に訴えるというよりも、フォルムががっちりしたロジカルなものになるのだろうと思います。

―以前のインタビューでベートーヴェンを集中的に勉強したと言っていましたね。

 ベートーヴェンについては、たくさん勉強しました。そこで学んだものが生かされていると思います。

シューマン・ブラームス師弟の対比も

―シューマンの《ピアノ・ソナタ第1番》も初めてのレパートリーだそうですね。

 ピアノ作品の名作は、シューマンの若い頃に集中して作曲されています。第1番は、彼の20代前半の作品です。(シューマンの中にあった対照的なキャラクターである)フロレスタンとオイゼビウスのアイデアが音楽に投影された、最初の時期の創作ではなかったかと思います。そういう意味でも、彼のその後のテーマとなるような作風の、プロットのようなものが初めて定まった時期のピアノ・ソナタだと思います。

―シューマンのどのあたりに惹かれますか?

 シューマンは、数多くの作曲家のなかでも最もシンパシーを感じる作曲家のひとりです。彼は、音楽だけではなく、批評活動も行っていました。その意味で、音楽との特殊な関わり方をした人ならではの、いびつさのようなものも見られます。そのいびつさが、人間の心を映し出しているようで、それが聴き手の感情へと自然に入っていくように感じます。

 例えば、ブラームスの作品には、孤独さを持ちながらも、大衆に向かって何かを問うような要素もありますが、シューマンの場合は完全に個人に向けた私的な側面をもった音楽だと思います。

―ブラームス《ピアノ・ソナタ第3番》も初めて取り組む作品だそうですね。

 このソナタは、シューマンと出会った後に書かれた作品で、彼からの影響が見られます。このソナタでは、シューマンの《ピアノ・ソナタ第3番》冒頭の下行するモチーフが引用されています。

―ブラームスはピアノの名手でしたが、彼のこのピアノ・ソナタの中で、「ブラームスってすごいな」と思わせるところはありますか?

 スケールの大きさですね、ブラームスの素晴らしさは。長いフレーズを用いて、ドイツの豊かな自然を思わせるようなスケールの大きな作品が多くあります。

―それを弾くとなると、難しいですよね。

 音の数が少ないので、一つの音が負うメッセージ性はとても強いのです。一つでもパーツが欠けると、すべてが崩れていく難しさもあります。すべての音が有機的なフォルムの中に組み込まれています。

―牛田さんは、高校時代にブラームスのシンフォニーを好きになったそうですね。

 高校2年生の頃だったと思います。自分の技術的な悩みがたくさんあった時期でした。そういうことも相まって、ブラームスの色彩を抑えたところが逆に心地良く感じられ、素朴さや孤独さに深く共感できる部分が多くありました。

―ブラームスのどのシンフォニーが好きですか?

 3番が好きです。

―このプログラムを通して、牛田さんの知られざる一面を聴くことができるのですね。

 まだ勉強を始めたばかりで、解釈についても良く言えば若々しい、悪く言えば青臭いものになってしまうのではないかと少し心配しています。ショパンについては、何年もかけて深め、接している期間が長かったので、自分の身体の中に染みこんでいる感覚はあるのです。でも、ドイツ語圏の作品はすべてが新鮮で、「これはどう解釈するのだろう」といまだに手探りでやっています。

作曲家と聴衆つなぐ橋渡し役に

―ピアノを弾く時間以外の楽しみを教えてください。

 散歩へ行くことです。きれいな景色を探して歩きに行ったりするのは好きですね。目的を決めずに、フラフラと歩くのがすごく好きです。

 以前、倉敷に住んでいたのですが、家から2時間くらい歩いたところにすごくきれいな海岸がありました。演奏会前で、練習がつらくなったりすると、昼ごろから歩いて海へ行き、夕方に戻るようなこともしていました。プチ家出のような(笑)。

 自分自身が最も変わったり、自我が芽生えていろんなことを考えた多感な時期に、景色や空気がきれいな場所で過ごした経験は、今の自分に影響を与えていると思います。

―どういうピアニストを目指していきますか?

 自分という存在をあまり前面には出さず、作曲家と聴衆をつなげる橋渡しのような存在でありたいと思っています。できるだけ自分の存在を避け、役者のように、シューベルトを弾いている時はシューベルト、シューマンを弾くならばシューマンでありたい。作曲家のパーソナリティーや、彼らの精神性、哲学をより忠実に再現する。そういう仕事をしていければと考えています。

 シューベルトやショパンなど長い歴史を刻んできた作品に、いろんな演奏家が取り組んできました。その中で、次第に作曲家自身のアイデアから離れてしまい、解釈が固定化した作品がたくさんあると感じています。そのようなものをできるだけ壊し、作曲家自身の音のアイデアに戻し、彼らが作曲した時に思い描いていたであろう音楽の姿を再確認してもらえるような演奏ができればと思います。

◇ ◇ ◇

牛田 智大(うしだ・ともはる)1999年、福島県生まれ、6歳まで上海で育つ。幼い頃からピアノを始め、2012年、浜松国際ピアノアカデミー・コンクールで最年少1位。同年初アルバム「愛の夢」を発売。18年の浜松国際ピアノコンクールで日本人歴代最高位の2位を獲得した。

道下 京子(みちした・きょうこ)1969年、東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究)修了。現在、「音楽の友」「ムジカノーヴァ」など音楽月刊誌のレギュラー執筆をはじめ、書籍や新聞、演奏会プログラムやCDの曲目解説など執筆多数。共著「ドイツ音楽の一断面―プフィッツナーとジャズの時代」など。

(2023年2月18日掲載)

【写真特集】日本が誇る若手ピアニストたち
【特集】ショパン国際ピアノコンクールを語る

新着

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ