ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって2月24日で1年。この間、ウクライナのスポーツ界は深刻な打撃を受け続けている。このたび、時事通信の単独インタビューに応じたウクライナ・オリンピック委員会のバディム・フトツァイト会長は、日本スポーツ界の支援に感謝するとともに、現地の惨状を訴え、ロシア選手らへの複雑な思いを明かした。(時事通信運動部 長谷部良太)
「まず、ウクライナに対する日本の連帯と支援に感謝したい。日本の競技団体は相撲やバドミントンのウクライナ選手たちを援助してくれた。横浜市は柔道選手を受け入れ、群馬県高崎市は新体操選手をサポートしてくれた。そうした自治体の取り組みにも注目している」
国際オリンピック委員会(IOC)は侵攻が始まって間もなく、ロシアと同盟国ベラルーシの選手たちを国際競技会から除外するよう各国際競技団体に勧告し、現在はほとんどの競技が両国の選手なしで大会を開催している。しかし、国籍を理由に選手の権利を奪っているとも言える状況の中、IOCは国連人権理事会から「深刻な懸念」を示されたことを理由に今年1月に方針を転換。侵攻を積極的に支持せず、国籍を示さない「中立」の立場で臨むことを条件に、両国選手の国際舞台復帰を検討する意向を示した。
フトツァイト会長は強い口調で反発を示す。
「ロシアとベラルーシの選手が復帰する案に、私たちは驚きと憤りを覚えた。ウクライナの現状は変わっておらず、悪化の一途をたどっているからだ。このような困難な状況下で、そうした議論は受け入れ難い。他の国内オリンピック委員会(NOC)も復帰を支持していない。私たちはゼレンスキー大統領と協力し、ウクライナの立場を支持してもらえるよう、各国の指導者に働きかけている。両国が国際競技会に復帰できるのは、戦争が終わってからだ」
両国が2024年パリ五輪への参加を認められた場合、ウクライナの青年スポーツ相も務めるフトツァイト会長は選手団を派遣しない「ボイコット」の可能性にまで言及している。本気度を問われると、言葉を選びながら答えた。
「ボイコットは最終手段だ。私だけではなく、代表チームやNOCなどと共同で意思決定する必要がある。ボイコットを避けることが非常に重要だ。世界中のNOCとIOCが団結し、ウクライナに寄り添うことが大事になる」
IOCの方針転換を受け、米国や英国、チェコ、スウェーデン、カナダなどはボクシングの世界選手権をボイコットすると表明した。大会を主催する国際ボクシング協会(IBA)はIOCの意向に反し、ロシアとベラルーシの選手が国を代表して参加することを昨年10月の国際大会から認めている。IBAの最大スポンサーはロシア企業のガスプロムで、ボクシング界はロシアとのつながりが強い。女子の世界選手権は3月15日にニューデリーで開幕する。フトツァイト会長は、ウクライナもボイコットすることを示唆した。
「米国などが参加しないことには感謝している。ウクライナでも国内競技団体が検討しており、決断するのは彼らだ。非常に難しい問題ではあるが、私たちは侵略者の国の選手が出る大会には参加しないことになるだろう」
では、「スポーツと政治は別」という考え方についてはどう捉えているのか。
「それが機能するのは戦争がない場合だ。ミサイル攻撃がなく、アスリートの親が殺されず、しっかり練習でき、いい精神状態にある時だ。選手を含むウクライナ人への大量虐殺が行われている時に、その原則を守るのは非常に難しい。昨年の北京パラリンピックの際、五輪休戦決議を破って軍事侵攻を始めたのはロシアだった。ロシア選手は現在、政治的プロパガンダの道具になっている。だから、(スポーツと政治は別という)その原則は現実的に機能していない」
ロシア選手に対しては、どんな思いを抱いているのか。
「戦争に反対したロシア選手は、私の知る限りではテニス選手1人だけだ。ベラルーシの選手を含め、大半は沈黙を守っている。それはある意味、自分たちの政府がしていることを支持していると言える。戦争の支持者に同情することはできない」
IOCのバッハ会長は、今回の問題について「ジレンマ」という言葉をたびたび口にしている。戦争を起こした張本人ではない選手が、大会に出場できないことに複雑な思いを抱いていることが伺える。もしフトツァイト会長がIOCのトップだったら、どんな判断をするのか。
「戦争がなくなれば、スポーツ界は一つになる。私がIOC会長ならどうするかと言う問いに答えるのは非常に難しいが、ウクライナの選手と連帯し続け、戦争が終わるまではロシアとベラルーシの選手を除外する勧告が続くようにお願いすることは間違いない」
ウクライナでは多くの選手が犠牲になり、スポーツ施設も甚大な被害を受けているという。国内のスポーツ界が復興するには、どれほどの年月がかかると考えているのか。
「これまで343のスポーツ施設が破壊され、被害総額は3億ドル(約400億円)に上る。選手と指導者は計231人が殺された。35人のアスリートが捕虜になり、2000人以上の選手や代表チームのメンバーが軍隊に所属している。失われた命は取り戻せない。戦争は続いている。あと何人のアスリート、女性、子供、兵士の命が奪われるのか、この大きな損失をどう乗り越えるのかは見通せない」
(2023年2月21日掲載)