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ウクライナ戦争、春から夏に重大局面 ロシア大統領選控え

2023年02月20日12時00分

 間もなく1年となるロシア軍のウクライナ侵攻は、今年春から夏にかけて重大局面を迎えそうだ。来年2024年3月の大統領選を控え、ロシアは秋から「政治の季節」に入る。一方のウクライナ側も、長期戦は不利とみて、今年を「決戦の年」と位置付けている。夏までの展開が、その後の戦況を左右することになるだろう。(拓殖大学特任教授、元時事通信モスクワ支局長 名越健郎)

【記事のポイント】
 ✔弱体ぶりが露呈したロシア軍だが、主導権を取り戻しつつある
 ✔ウクライナ軍は士気高く、IT戦で対抗
 ✔来年の大統領選を控え、プーチン氏は成果を迫られる
 ✔春から夏が戦闘のヤマ場、米は停戦に動くか

立て直し図るロシア軍

 ウクライナ戦争で最大のサプライズは、米国と並び「世界最強」と言われたロシア軍が驚くほど弱かったことだ。

 「武器を使ったことのない兵士が多く、自動小銃の使い方はウィキペディア(誰もが書き込めるネット上の百科事典)を印刷して学んだ」「ベラルーシ領に待機した戦車部隊は、1時間前にウクライナ進撃を知り、前の戦車について18時間内に首都キーウに入城するよう命じられた」「補給が続かず、兵士らはウクライナのスーパーや商店で、高級酒から靴下まで略奪を繰り返した」

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」(2022年12月16日)の調査報道は、ロシア軍の不手際や準備不足、戦争犯罪を詳細に伝えている。同紙(2023年2月4日)によれば、ロシア軍の死者・負傷者は20万人に近づき、戦車3200両、装甲車両6400両を失った。

 だが、膨大な犠牲を出し、混乱を重ねながらも、戦線を立て直し、戦争目的を達成するのがロシア軍の伝統的手法だ。昨年11月、ヘルソン州から退却した時は総崩れが予想されたが、踏みとどまり、今年に入ってドネツク州で攻勢に転じた。戦争の主導権は再びロシアに移りつつある。

 ロシア側では、膨大な犠牲を出した民間軍事会社「ワグネル」に代わって、正規軍がドネツク州の前線に投入されている。空軍空挺(くうてい)部隊や海軍海兵隊も参加しており、1月にゲラシモフ参謀総長がウクライナ戦線の総司令官を兼務して以来、陸海空3軍の連携が進んでいるようだ。昨年9月に動員した30万人の部隊も順次戦線に投入されている。

ウクライナ、ITで攻勢へ

 一方のウクライナ軍は、ロシアの執拗(しつよう)な砲撃を前に弾薬不足に陥っている。当面は防衛を固め、ドイツ製主力戦車や射程の長い米国製高性能ミサイルが届く4月末にも、本格攻勢に出る構えだ。

 ゼレンスキー大統領は新年演説で、「今年を兵士や難民、捕虜が帰還する年にする」と強調した。国土が戦場となる消耗戦を長期化させることはできず、夏までに東部、南部の失地を回復したいところだ。

 2月に入って国防省を含む政府高官の汚職・腐敗疑惑が浮上、10人以上が解任されたことや、レズニコフ国防相の更迭説も気になる。

 とはいえ、ウクライナ軍の戦意は引き続き高い。キーウの消息筋によれば、ウクライナ軍は今後、国産のドローン兵器を戦場の切り札にする構えだ。ウクライナの軍需産業が昨年から大量生産しており、戦場に投入される。

 IT担当のフェドロフ副首相は「ウクライナには30万人のIT人材がおり、あらゆるテクノロジーを使って戦争に勝つ」としている。ロシア軍が昔ながらの塹壕(ざんごう)戦、砲撃戦に固執するのに対し、IT戦で優位に立とうとしている。ウクライナに展開する北大西洋条約機構(NATO)の情報機関や特殊部隊とも連携し、情報を駆使してロシア軍の脆弱(ぜいじゃく)な部分を集中攻撃する方針のようだ。

5選目指すプーチン氏

 ロシアでは、プーチン大統領の支持率は依然高いものの、国民の厭戦(えんせん)気分が広がっており、政権は大統領選を控え、国民に成果を示す必要がある。プーチン大統領が「3月までのドンバス地方完全制圧」を命じたのは、当初の戦争目的を達成した上で停戦を模索する意向の表れだろう。

 ロシア大統領選は来年3月17日の予定で、今年12月に告示される。プーチン大統領はまだ意思表示していないが、5選出馬は既定路線だろう。仮に出馬しないなら、すぐにレームダックとなり、戦争指導ができなくなる。ただし、70歳の大統領には健康不安説もつきまとう。

 政府系紙「イズベスチヤ」(1月23日)によれば、来年の大統領選に向けて、既に11人が出馬の意向を表明したという。その中には、前回2018年大統領選に立候補して2位だった共産党の農園経営者、パベル・グルジーニン氏、同4位の女性改革派ジャーナリスト、クセニア・サプチャク氏、柔道家のドミトリー・ノソフ氏らがおり、ウクライナ戦争に反対する改革派候補も少なくないという。

 下院に議席を持つ5政党以外の候補の擁立は、推薦人集めなど困難を伴うが、候補者乱立はプーチン氏の求心力を弱めることになる。9月には統一地方選もあり、秋以降のロシアの政治動向も要注意だ。戦闘で苦戦するなら、右派から政権批判が噴出するだろう。

課題は領土の線引き

 こうみてくると、春から夏にかけての戦闘が天王山となりそうだ。米中央情報局(CIA)のバーンズ長官も、「今後6カ月間の戦闘が決定的に重要になる」と述べた。

 ウクライナ軍はドローン兵器や欧米の主力戦車、米国製ミサイルなどを駆使し、近代的なIT戦を挑もうとしている。

 これに対し、ロシア軍も航空戦力や新型戦車を投入するとの情報があり、戦闘が激化しかねない。戦力面では、NATO規格でスマートな近代戦を戦うウクライナ側が優位だが、不器用でも犠牲者をいとわないロシア軍の執念深さも無視できない。ロシアは「政治の季節」、ウクライナ側も「越冬準備」などから、9月以降停戦への動きが浮上する可能性もある。

 ただし、ロシア側は東部・南部の4州を自国領として憲法に書き込んでおり、放棄する意思はない。ウクライナ側はあくまで、支配地域を昨年2月24日の侵攻開始以前の段階に戻すとしており、領土線引きが停戦交渉の障害になりそうだ。

米で浮上する停戦論

 この点で、米国で戦争の早期収拾を求める主張が出始めたことに注目する必要がある。国防総省に近い米シンクタンク、ランド研究所は1月末、「戦争長期化の回避を」と題する報告書を発表し、「領土の奪還はウクライナにとって重要だが、米国にとっては最重要の要素ではない」「ロシアとの戦争や核使用を阻止し、長期戦を回避することが最優先だ」と指摘。ウクライナ領の一部を割譲する形で停戦を図るよう訴えた。

 ミリー米統合参謀本部議長も昨年11月、「ウクライナ軍が軍事力でロシア軍を国外に物理的に駆逐することは極めて困難」とし、ロシアを政治的に撤退させる方法を検討すべきだと語った。

 バイデン大統領も「ロシアとの第3次世界大戦の回避」を強調しており、米国内で今後、停戦論が高まる可能性がある。今年、先進7カ国(G7)議長国の日本はウクライナ支援の先頭に立つ構えだが、突然はしごを外されかねないだけに、米国内の議論を注視すべきだ。

 【筆者略歴】東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社でモスクワ、ワシントン各特派員や外信部長などを歴任。『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など著書多数。

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