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長引く避難、これから必要なこと【ウクライナ侵攻1年】

2023年02月22日10時00分

浮世満理子・一般社団法人全国心理業連合会代表理事

 故郷から遠く離れた日本で暮らすウクライナの方々の避難生活に終わりは見えない。言葉の壁、文化の違いなど、さまざまな障壁に囲まれた彼らが抱える苦悩はいかなるものか。今後どのような支援が必要となるのだろうか。避難民と日本の親子が交流できる「ウクライナ『心のケア』交流センター」を開設した一般社団法人全国心理業連合会の代表理事、浮世満理子氏に寄稿を願った。

 【教えていただきました】

惨事ストレス、孤独感

 全国心理業連合会は、東日本大震災などの災害や、事件・事故などが起きた時、心理カウンセラーのチームを立ち上げ、心のケアを行ってきました。ロシアのウクライナ侵攻では、日本政府が避難民を受け入れるという発表を受け、ウクライナの方の心のケアを行う「ウクライナ『心のケア』交流センター」を開設しました。

 センターでは大きく二つの取り組みを行っています。一つ目は、惨事ストレスへのケア。例えば、ヘリコプターの音で戦闘機攻撃を思い出して体が震えたり、パニックになって過呼吸状態になったりする。ウクライナの方の多くは惨事ストレスを抱え、「今は安全なところにいても、それが現実のことだと思えない」「突然涙が出る」「夜眠れない」などの心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩んでいます。

 難しいのは、このトラウマが進行中だということです。通常、PTSDのケアは原因となった災害などが終わったところから始まりますが、ウクライナが依然戦争中のため、避難された方々は、日々入る情報によって、常に不安定な状態に置かれています。自然災害と異なり、加害者がいることもケアを難しくしています。

 取り組みの二つ目は、異国に来たストレスへの対処です。言葉が分からない、文化が違う、食事が違うといったことは、旅行であってもストレスになり得ます。それが、帰りたくても帰れない、いつ帰れるのかも分からない状態がずっと続いている。命の安全は保障されても、ストレスから孤独感を感じるのではないしょうか。

 こうしたことから、センターでは、日本で生活する上での困りごと相談を受け付ける以外に、さまざまな交流会を開催し、日本人との交流やウクライナの方同士の交流を図ってきました。孤独感を感じさせず、孤立させない。「用事がなくても来られる居場所づくり」です。

悩みは千差万別

 1人で避難をしてきた女性は「食事の味がしない」と相談に訪れました。ウクライナでは、長期間、暗い地下室での生活を強いられ、外に出ることができたのは1日数十分だけ。食事を作ることもできないので、生のジャガイモをかじって飢えをしのいだそうです。この女性は「このまま地下に隠れていても命の保障はない」と意を決し、敵の兵士がいないタイミングを狙って逃げてきました。壮絶な避難生活のなかで味覚がまひしてしまったのですが、「1人では味がしないから食事もしていない」というので、一緒に食事をしたところ、「味がする、おいしい」と話してくれました。

 健康状態に不安を感じている方も少なくありません。「ウクライナの病院でもらった薬がなくなったがどうしたらいいか」「どこの病院に行ったらいいか分からない」という相談を受け、病院を探して診察に同行したこともありました。また、「食事を作りたいが、日本で売っている食料品や調理方法が分からない」という相談から、スーパーでの「お買い物ツアー」を開催しました。

 そもそも避難したこと自体に深い苦しみを感じている方もいます。子どもを連れて日本に来た母親は「避難したら『裏切り者』と言われる。それでも子どもの命には代えられない」と話していました。

 心のケアで大切なことは、第一に「心理的安全性」を担保することです。戦争という壮絶な体験をされたウクライナの方の心の痛みを和らげ、癒やしやストレスの緩和につなげる。そのため、まずは日本での生活に慣れていただくためのサポートから始め、交流会やウクライナの方が持ち寄ったウクライナ料理の食事会、アニマルセラピー的かかわりとして、動物園・水族館・牧場・動物カフェでのふれあい体験、就業支援のための勉強会などを開催してきました。

これから必要なこと

 これまでのセンターでの活動などを通じ、これから必要になるだろうと感じている三つのことを取り上げます。

(1)コミュニティー作り

 祖国を守るために戦っているのは、ウクライナに残った人ばかりではありません。ウクライナの希望となる子どもたちを守るために日本に避難された方もまた、祖国に残してきた家族とともに戦っています。避難した方々は、家族の身を案じ、離れて暮らすことの寂しさや不安、日々伝えらえるニュースなどに心を痛めています。日本の方には、遠い国の出来事ではなく、ぜひ自分事として受け止め、地域全体が家族のような気持ちで受け入れていただければと思います。

 今、日本には2000人近い避難民の方がいます。皆さまの地域にもウクライナの方がいらっしゃるかもしれません。「できることをする」という気持ちが大事だと思っています。

(2)ウクライナ文化への理解

 ウクライナの方は、サポートを必要とすると同時に、「日本の人たちに、自分たちのアイディンティを理解してほしい」と感じています。日本の方からは「気持ちはあっても、どうかかわったらいいのか分からない」という声を耳にすることがありますが、そうした声は、ウクライナの方にとっての「住みにくさ」につながってしまうかもしれません。

 これまでの日本は、異なる文化的アイデンティティーを持つ方の受け入れが少なかったように思います。そのためか、「異文化の方と交流する文化」が十分には育っていないようです。だからこそ、ウクライナの方と文化交流を図ることは、日本人にとってもとてもいいことだと思いますし、日本の子どもたちの教育にも、いい影響を与えるだろうと思います。ぜひ、ウクライナの歴史や、ウクライナの方が大切にしていることを知ろうとしてみてください。

(3)一緒に何かをする

 
避難民の方の多くが「罪悪感」を抱えています。戦場で戦う家族を残して自分だけが安全な場所にいていいのだろうか、電力供給不足のため極寒のなかで暖も取れず、明かりもない中で生活している家族を残して自分だけが暖かいところにいていいのだろうか—。そのような罪悪感を背景に、「本国のために何かできることをしたい」と思っています。

 こうしたことから、センターでは避難民と一緒にウクライナ本国への支援となるプロジェクトを開始しました。避難してきた方は、就業支援の一つとしてNFTアートの技術を学び、ウクライナへの思いをデジタルアートで表現する。出来上がったデジタルアートはメタバース空間で販売し、売り上げ全額をウクライナ本国の各家庭や身寄りのない子どもたちの支援に寄付する、という取り組みです。

 勉強会にはたくさんのウクライナの方が参加され、さまざまなアートを生み出していました。購入することが支援になりますので、ぜひプロジェクト活動を応援してください。

(NFTアート販売ページ)

 ウクライナの皆さんは、とてもつらい、大変な経験をされています。日本に来てよかったと思っていただけるような取り組みが広がっていくことを切に願っています。

浮世満理子(うきよ・まりこ) 一般社団法人全国心理業連合会代表理事。2022年5月、「ウクライナ『心のケア』交流センター」を開設し、代表に就く。東日本大震災では、支援プロジェクト「チームジャパン300」を立ち上げ、心のケア活動を展開する。

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