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安田峰俊『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(文藝春秋社)【今月の一冊】

外国人労働制度の落とし子「ボドイ」

入管法改正案騒動で浮き彫りになる日本人の人権意識 スリランカ女性の死が問い掛けるもの(ルポライター・安田峰俊)

 安田峰俊は「突撃」と「青春」のルポライターである。『和僑』(2012年、角川書店。後に同名で文庫化)では、「2ちゃんねる」の書き込みを頼りに中国奥地の農村まで、現地に住むという日本人を探しに突撃する。大宅賞・城山賞を受けた『八九六四』(2018年、角川書店)では、天安門事件にかかわった若者たちの青春とその後を描く(後に、香港デモを扱う「新章」が加えられ、『八九六四完全版』(2021年)として新書化)。また、『「暗黒・中国」からの脱出』(2016年、文藝春秋社)は、新公民運動に対する弾圧からタイへと逃れた顔伯鈞の手記を安田が編訳したものであるが、安田は、2022年、顔が転じたトロントまで突撃し再会を果たしている(再会の様子は、安田のYouTubeチャンネルで視聴できる)。

 本書で突撃の対象となったのは「ボドイ」である。「部隊」や「兵士」を意味するベトナム語「ボドイ」は、職場からドロップアウトし不法滞在者となったベトナム人の元技能実習生らが自らを称するものとして用いられている。安田は、ボドイがらみの事件が起こると、通訳のチー君、カメラマンの郡山総一郎と共に、ボドイの住居やたまり場を探し当て、ビールを手土産に上がり込み、ボドイやベトナム人留学生らと酒食を共にし話を聞くという手法で取材を重ねた。この取材が一書に編まれたのが、本書である。

 令和4年(2022年)版犯罪白書によれば、「令和3年における来日外国人による窃盗及び傷害・暴行の検挙件数を国籍別に見ると、窃盗は、ベトナムが2653件(検挙人員937人)と最も多く、…傷害・暴行は、中国が245件(同299人)と最も多く、次いで、ベトナム165件(同198人)…の順であった」。ベトナム人は、今日の日本における外国人犯罪の主要な登場人物となっているのである。

 あるテレビ局の関係者は、「ベトナム人が問題を起こしているっていう話はヘイトになるので、扱いにくいんですよ」と安田に語ったという。「かわいそう」以外の解釈は「ヘイト」にされるというのである。本書はこのような「ヘイト」か「かわいそう」かという単純な図式を拒否する。「ボドイたちが起こした騒動と、彼らを取り巻く環境を、できるかぎりあるがままに描き出した記録」が本書である。

 本書が取り上げる事件には、殺人、無免許運転による死亡事故とひき逃げ、無免許で乗用車を暴走させた末の列車との衝突事故、誘拐・身代金要求等、重大でおよそ看過し得ないものが含まれる。真面目で純粋だった人物が技能実習制度の矛盾や日本社会の労働問題に耐えかねて逃亡した末に道を踏み外したという構図に落とし込むにはあまりに重大な結果である。これらの事件を「かわいそう」論で宥恕することは、もちろんできない。

 他方、ボドイによる犯罪や騒動が、ベトナム人排斥によって抑止されるべきものでないことも明らかである。安田の見立てでは、あと15年でボドイは消えるという。近い将来、ベトナムは経済的に成長し、ベトナム人の若者は日本を目指さなくなるとするのである。ただ、その間、何もしないで現在の外国人労働制度を維持すれば、そこに、別の発展途上国の若者が現れて、そこからドロップアウトする人々が「次のボドイ」となるだけである。「最良の刑事政策とは最良の社会政策である」というあまりにも有名な言葉を、あえて持ち出さざるを得ない。(慶応大学法学部教授 亀井源太郎)

(2023年2月13日掲載)

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