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車いすテニス「世界1位」で引退の国枝慎吾 関係者の声でたどる足跡

2023年02月03日15時30分

フェデラーも驚くキャリア

 世界に誇る日本のトッププレーヤー、車いすテニス男子の国枝慎吾(38)=ユニクロ=が現役生活に幕を下ろした。パラリンピックでシングルス、ダブルス合わせて4個の金メダルを獲得し、四大大会では単複計50勝。輝かしい成績を残し、世界ランキング1位のまま1月22日に引退を表明した。自身のツイッターで「もう十分やり切ったという感情が高まり、決意した」などとつづると、昨年引退したロジャー・フェデラー(スイス)がすぐにSNSで反応。「信じられないようなキャリアだ」と、その実績をたたえた。関わりのあった人たちも、称賛とねぎらいの言葉を並べた。国枝は2月7日に、引退の記者会見に臨む予定だ。(時事通信運動部 浦俊介)(文中、一部敬称略)

 車いすを巧みに操る「チェアワーク」や強烈なバックハンド、そして闘志をむき出しにするプレースタイルが強みだった。1984年2月21日生まれ。千葉県出身で、9歳の時に脊髄腫瘍を発病して車いす生活に。11歳で車いすテニスを始め、2001年から国際テニス連盟(ITF)の大会に参戦。ツアー通算で119勝を積み重ねた。

 16年ごろには右肘痛の影響で苦しんだ。グリップの握り方から見直して新たなフォームに取り組んでも、なかなか結果を出せず「完成しないままキャリアが終わってしまうんじゃないか」と思ったこともあった。それでも試行錯誤を続けて復活。21年は自国で開催された東京パラリンピックで金メダルを獲得した。

「生涯グランドスラム」と「生涯ゴールデンスラム」

 結果的に現役ラストシーズンとなった22年には、金字塔を打ち立てた。7月のウィンブルドン選手権シングルスで初優勝。テニスの四大大会のうち、ウィンブルドンでは16年にようやく車いす部門のシングルスが行われるようになった。07年に全豪オープン、全仏オープン、全米オープンを制してから、この3大会で何度も優勝。そして昨年のウィンブルドンで、車いす男子初の「生涯グランドスラム(四大大会全制覇)」を達成した。同時に、パラリンピックと四大大会を全て制する「生涯ゴールデンスラム」も成し遂げた。

 22年は全豪、全仏、ウィンブルドンで優勝し、9月の全米も制覇すれば「年間グランドスラム」に。結果は惜しくも準優勝。試合後、さらなる闘争心もにじませたが、年が明けた23年1月、全豪オープン開幕の直前に引退を決意した。

後悔なく、満足のいく引退に

 17年から大会や練習に同行してきたトレーナーの北嶋一紀さん(32)は、「昨年末からずっと引退の話は出ていた。もう後悔がないということで、満足のいく引退を迎えられてトレーナーとしてひと安心している」と語った。21年に東京パラリンピックで頂点に立ち、達成感からなのか、体のケアをしている間も「目標がない、ということを口に出していた」。ただ、その時は(優勝がなかった)ウィンブルドン制覇を大きな目標に掲げ、奮起できた。

 念願を果たすと、次なるターゲットの設定が難しかったようだ。昨年12月の時点で、国枝は「まだ動けてしまうから、悩んでいる」とも言っていたという。しかし、改めて闘志を燃やすきっかけは見つけられなかった。

普及とレベルアップに大きく貢献

 国枝が競技を始めた当初は、テニス関係者の中でも車いすテニスに詳しい人はそれほど多くなかったようだ。国枝の活躍により、テレビ中継があったり報道されたりする機会も増え、スポーツの中で車いすテニスが一般的な位置づけになった。今年の全豪オープン車いす部門には、日本人選手が男女合わせて9人も出場。とりわけ日本での競技普及やレベルアップに大きく貢献したのは間違いない。

 男子テニスの四大大会で通算20勝を挙げたフェデラーは、折に触れて国枝に敬意を表してきた。引退表明に対するSNSでは「あなたのプレーや、素晴らしい足跡を残していく姿を見られたのは光栄」と称賛。そのフェデラーが昨年9月、41歳で引退を明らかにした際、国枝も即座にツイッターを更新して「フェデラー選手がいたから、こんなにもテニスが好きになった」と記した。

「オレは最強だ!」を座右の銘に

 国枝が契約しているユニクロのアドバイザーでテニス解説者の坂本正秀さん(48)は、2010年ごろからの付き合いだ。「僕自身、彼を通してスポーツの勉強をさせてもらったところがある」。国枝がいたからこそ、ユニクロは14年にITFの車いすツアーの冠スポンサーにもなったという。「車いすテニスの、スポーツとしての認知度を上げたという意味で、国枝さんは第一人者」と強調する。

 06年からメンタルコーチを務めてきたのがアン・クインさん。国枝は、クインさんとともにつくり上げ、座右の銘としている「オレは最強だ!」というフレーズを、テープに書いてラケットに貼っていた。普段の生活からテニス一筋で、精神面の強さも世界1位にふさわしかった。クインさんはSNSで「16年間、共にツアーを回れてよかった。慎吾は典型的なプロフェッショナルで、素晴らしいロールモデルだ」とコメントしている。

ストイックで研究熱心

 テニスに向き合う姿を近くで見てきた坂本さんは、感心する。「本当にストイックで、研究熱心。常に進化しようとしていた。車いすテニスの注目度を高めないといけないという責任感を背負っていた」。テレビで車いすテニスが放送されることになれば素直に喜びつつも、「自分が研究されてしまうのでは」との危機感も抱いていたそうだ。

 車いすテニス男子のホープ、16歳の小田凱人(東海理化)は国枝に憧れて競技を始めた。今年の全豪オープンでシングルスの決勝に進出。惜しくも四大大会初優勝はならなかったものの、さらなる飛躍を期待させた。

「ポスト国枝」候補も台頭

 昨年10月に東京で行われた楽天オープンでは、国枝と大接戦を演じた。新鋭が台頭したことが、日本のエースに引退を決断させた理由の一つとも言える。小田は「次を担える存在になることが新たな目標」と言い、「ポスト国枝」の座を海外の強豪と争っていく覚悟を示した。

 できることをやり切って、世界1位のまま現役を退いた国枝。「まだまだテニスに関わっていきたい。恩返しするエネルギーは、まだ残っている」と言う。車いすテニス界のため、イベントへの参加や後進の指導などはもちろん、競技の枠を越えたパラスポーツ全体の活況と発展に貢献していく姿が見られるに違いない。

(2023年2月3日掲載)

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