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「楽聖」の霊が叱咤激励? 音楽家への道、決意した瞬間とは ピアニスト・福間洸太朗さんに聴く

2023年02月04日10時00分

音楽評論家・道下京子

 2003年、米クリーブランド国際ピアノコンクールで日本人初の優勝という偉業を成し遂げて以来、常に第一線で活躍してきた福間洸太朗さん。最近では、ヨーロッパと日本にそれぞれ拠点を置いて精力的に演奏活動を続ける傍ら、インターネットラジオの番組やYouTubeを通じて音楽の解説や楽しさを伝える活動にも取り組んでいる。3月4日の東京オペラシティでのリサイタルを控え、話を聴いた。

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テーマは“夜”

―東京オペラシティの人気の「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」ですが、プログラムについて教えてください。

 これは、2月上旬にフランスのナントで開催される(フランス最大級のクラシック音楽祭)「ラ・フォル・ジュルネ」のために作ったプログラムです。音楽祭の今回のテーマは“夜”。そのプログラムには50分以内との制限があります。音楽祭には二つのプログラムを提案し、そのうちの一つを披露します。

 日本でもそのプログラムを演奏する機会があればと思っていたところで、「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」のお話をいただき、音楽祭のために用意した二つのプログラムを披露したいと思いました。

―「アフタヌーン・コンサート」の曲目も、夜にちなんだ音楽ですか?

 すべて夜をテーマとしています。

 バッハの《G線上のアリア》は、タイトルなどに夜は含まれていませんが、私のイメージでは夜に聴く音楽だと思っています。寝る前に心を落ち着かせたい時や、仕事の後の疲れを癒やすような音楽ではないかと思っています。

―《G線上のアリア》の音楽に、思い出などはありますか?

 小学校1年生から5年生までヴァイオリンを習っていて、この曲を弾きました(笑)。

 そういう意味ではモーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》も弦楽器のための作品ですね。ヴァイオリンとのデュオや弦楽器との室内楽に取り組むときなど、ヴァイオリンをやっていて良かったと思います。

―《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》はもともと弦楽合奏のための作品ですが、福間さんは1台のピアノで演奏するために編曲するそうですね。

 ほかの人による編曲もありますが、それらは原曲の音がかなり削られています。私なりに音を足してピアニスティックに仕上げてみたいと考えています。

―ナハトムジーク…まさに「夜の音楽」です。

 “夜”というテーマでも、これだけバラエティーに富んだ音楽があることを知っていただきたいと思いました。

―プログラムには、クララ・シューマンの《ノットゥルノ》も入っています。

 彼女の14歳の作品です。とても愛らしい叙情性に満ちた曲で、その応答のメロディーを(夫の)ロベルト・シューマンは後年、《ノヴェレッテ第8番》に引用しています。

―私が初めて福間さんの演奏を聴いたのは、シューマンの《ノヴェレッテ》が収められたCDでした。

 あの時は21歳でした。私はシューマンがとても好きなのです。彼にとって、クララの存在がいかに大きかったかを、20年前はそこまで感じていませんでした。その後、私自身も人生経験を積み、シューマンにとって彼女の存在はただ愛している人だけではなく、音楽的な影響も受けていたであろうし、精神的な大きな支えでもあったのだろうと思うようになりました。

―ロベルトの作品もいくつか取り上げています。

 夜の音楽を考える時、眠りは一つの大きなテーマだと思います。シューマンの《トロイメライ(夢)》は、その中でも特に有名な曲ですし、私自身もいろんな場所で弾いてきました。

 昨年11月、ドイツのハンブルク郊外にある城で演奏しました。その日は戦争やナチス政権の被害を受けた人を追悼する「国民哀悼の日」でした。アンコールで、《トロイメライ》を演奏したくなって弾きました。この曲は、普遍的な癒やしと言いますか、万人に癒やしを与えてくれるようなイメージがあります。

―グリュンフェルトの《ウィーンの夜会》でプログラム前半は締めくくられます。

 ヨハン・シュトラウスのワルツを主題としています。夜の華やかなイメージを表現できると思ったので、前半の最後にふさわしいと思いました。

ベートーヴェンからの啓示

―福間さんは何度もウィーンを訪れていますね。

 初めて日本を出たのは、中学2年生の秋でオーストリアでした。

 ザルツブルクのモーツァルテウム(音楽院)で演奏したあと、ウィーンを訪れました。中央墓地にあるベートーヴェンの墓石の前に立った時、金縛りに遭いました。その時に、ベートーヴェンの声を聞いたような気がしたのです。胸ぐらをつかまれて、「お前は音楽家になる勇気を持っているのか」と。

 それだけ音楽家になるには覚悟も勇気も必要ですし、大変な道なのだと啓示されたような気持ちになりました。

―後半はフランス系の作品です。

 前半と色を変えたいと思いました。シューマンとショパンとは同時代ですが、そこから近現代に向かってドビュッシーとラヴェルの作品も入れたいと思いました。

 まず、《ノクターン(夜想曲)》は3曲弾きます。有名なショパンの《ノクターン第2番》と、彼のノクターンの中で最もドラマチックな《ノクターン第13番》を続けて弾きます。そしてノクターンと言えばショパンとフォーレ! フォーレもとても好きで、今まで彼のいろんなノクターンを演奏してきましたが、第5番をまだ取り上げていなかったので、今回日本では初めて弾きます。

―ドビュッシーの《月の光》、そしてラヴェルの《水の精》について。

《月の光》も《オンディーヌ(水の精)》も詩に基づいています。《月の光》はボードレール(フランスの詩人)、そして《オンディーヌ》はベルトラン(同)というつながりもあるし、どちらも水に関わりがあります。私の名前の洸太朗の「洸」からイメージする、“シマリングウォーター(Shimmering Water、きらめく水)”の世界も、このプログラムに表したいと思ったのです。

―プログラムの締めくくりは、サンサーンス《死の舞踏》ですね。

 ギリシャ神話において眠りは闇と夜の子どもと言われていて、死は眠りの兄弟、夢は眠りの子なのです。夜の中では、死は大切なテーマです。

 ペストで亡くなった人の骸骨が夜中に起き上がって踊る物語で、フィギュアスケートにもよく使われる音楽です。

―福間さんはかつてフランスに住み、いまはドイツ圏を拠点の一つとしています。

 ドイツとフランスは、私にとって第2、第3の故郷と呼べるくらい、ゆかりが深いのです。ドイツ音楽とフランス音楽は、今後も取り上げていくと思います。

―海外を行き来されていますけれど、ご苦労も多いのでは?

 体力と精神力とは補充し合えるように感じます。体力的に疲れていることが分かっていても、気力さえあれば、精神的にしっかりしていれば、たいていのことは乗り越えられることを実感しています。逆に、精神的に落ち込んでいる時でも、身体が元気であれば、だんだん気持ちを上げることができます。

 私は、周りの方々に恵まれていると思います。精神的に落ち込んでいる時に話を聞いてくれるたり、支えてくれたりする人が周りにいてくださるおかげで、活動し続けることができるのだと思います。

 尊敬する音楽家は、音楽面だけではなく、人間的にも素晴らしいと思う人が多いです。自分もそのようになりたいと思いますし、人間的にも信頼でき、応援したくなるようなアーティストでいたいと思います。

◇ ◇ ◇

福間 洸太朗(ふくま・こうたろう)1982年、東京都生まれ。パリ国立高等音楽院やベルリン芸術大学などで学ぶ。米・ニューヨークのカーネギーホールやサントリーホールなどでリサイタルを重ね、クリーヴランド管弦楽団、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団といった一流オーケストラとの共演も多い。インターネット動画サイトなどでの音楽解説の分かりやすさには定評がある。

道下 京子(みちした・きょうこ)1969年、東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究)修了。現在、「音楽の友」「ムジカノーヴァ」など音楽月刊誌のレギュラー執筆をはじめ、書籍や新聞、演奏会プログラムやCDの曲目解説など執筆多数。共著「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。

(2023年2月4日掲載)

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