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VIP豪遊から転落、脱出目指しエスカレートか フィリピンの収容所で

2023年02月07日19時00分

 全国を震撼(しんかん)させている連続強盗事件は、フィリピンの入国管理局に収容されている渡辺優樹容疑者(38)らの指示で実行された疑いがあり、注目を集めている。外国で身柄を拘束された「ルフィ」を名乗る者たちは、どのように日本での犯罪を先導し得たのか。フィリピン入管施設の現状や渡辺容疑者を知る人物の証言をリポートする。(ジャーナリスト 石山永一郎)

珍しくないスマホ所持

 渡辺容疑者は日本の国際手配に基づき、2019年4月19日にフィリピンの国家捜査局(NBI)によって逮捕された。1カ月後の5月18日、同容疑者の妻を名乗る女性が、自身と子に対する暴力被害を告訴。その審理が進んでいなかったため、日本に「送還」されることなく、入管の施設に収容され続けた。その間、SNSの「闇バイト」を通じて集めた者に、日本の各地で起きた強盗の実行を指示していた疑いがある。

 身柄を拘束されながら遠く離れた日本での犯罪を主導することは可能なのか。マニラの入管施設「ビクタン収容所」は、容疑者にスマートフォンやパソコンの所持を許していた。容疑者らは入管職員を買収することで、複数のスマホやパソコンを持ち込み、エアコン付きの個室に暮らす「特別待遇」を受けていた。冷蔵庫も使えたという。

 このスキャンダルが発覚した後、収容所長と職員全員が更迭または解職されたが、入管収容者のスマホ所持はフィリピンで珍しいことではない。そもそも収容所では、渡辺容疑者らのような国際手配容疑者は少数派で、違法滞在者や、観光ビザを使った違法就労者が大多数だ。そうした外国人に対し、入管は強制退去のための航空券を自費で確保させており、収容者が外部と連絡を取るためのスマホ所持を大目に見ていた背景がある。

 筆者も「日刊まにら新聞」編集長を務めていた18年、入管法違反で拘束されていた50代(当時)の日本人男性から「会いたい」との電話を受け、収容所内で面会。家族の問題などの相談に乗った経験がある。所持金がわずかだった男性は、渡辺容疑者らが使っていた「特別室」ではなく、大部屋の一畳もない土間スペースで寝起きしていたが、それでもスマホは所持していた。

大使館は把握できず?

 ちなみに、日本人が外国で入管に拘束されたり、警察に逮捕されたりした場合、現地の日本大使館は邦人保護の観点から面会に行くことが必須とされている。入管に収容されている邦人には帰国費用を工面する方法の相談に乗るし、犯罪の容疑者として拘留されている邦人に対しても人権の観点から容疑や拘置施設の状況をチェックする。

 入管の収容所でスマホ所持が大目に見られていることを、在フィリピン日本大使館は知っていたはずだと筆者は考える。渡辺容疑者らがスマホで指示を出せることを考えれば、入管と特別な交渉をしてでも彼らのスマホだけは取り上げ、その後も何らかの監視を続けるべきだったのではないだろうか。

賭博に1000万円超

 当初は特殊詐欺を首謀していたとされる彼らはその後、強盗まで指示するようになった疑いが持たれている。態様が凶悪化していったのはなぜか。日本の警察、行政、金融機関による呼び掛けや対策が進み、特殊詐欺の「効率」が悪くなったことも一因ではあろう。だが、筆者は、過酷な収容所暮らしの中で彼らの感覚がまひしていったことの方が大きかったと考える。

 マニラ在住30年を超える60代の日本人男性によると、渡辺容疑者はマニラ湾沿いの埋め立て地に立ち並ぶカジノのうち、日系の「オカダマニラ」のVIPルームで連日、バカラなどの賭博に浸っていた。日本円で1000万円以上を持ち込んで勝負することもあったという。

 20年3月に新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウン(都市封鎖)が始まるまでは、マニラのビジネス街マカティのカラオケパブに足繁く通う姿が目撃されている。そのうちの一軒で「ママ」をしているフィリピン人女性(49)は23年1月、渡辺容疑者の写真を見せた筆者に対し、次のように証言した。

 「19年の前半、しょっちゅう店に来ていた。スリムで可愛らしい20代前半のホステスを常に指名し、VIPルームで高価な酒を注文していた。でも、その子が1カ月で店を去ると、もう来なくなった」。このホステスは近くの別の店に移ったとみられ、この店の入口にいた警備員たちも、渡辺容疑者の顔写真を見せると「知っている」と口をそろえた。彼らは今村磨人容疑者(38)の顔も知っていた。

1億円賄賂を画策か

 これに対し、収容所の生活は「ここにいるだけで心が荒(すさ)み続ける」(筆者が面会した日本人男性)もので、渡辺容疑者らが収容所内で悶々(もんもん)とする日々を送っていたことは想像に難くない。いくら「特別待遇」を受けていたとはいっても、マニラのカジノやカラオケパブで豪遊をしていた彼らにとって落差は大きく、苦痛の極みだったはずだ。

 フィリピンメディアの記者らは、渡辺容疑者は入管職員らに1億円を超える賄賂を渡して逃亡することを画策していたと話す。その金を用立てるため、強盗もいとわず指示するようにエスカレートさせていったと、筆者は推察する。

 渡辺容疑者を暴行で告訴した女性について、レムリヤ法相は「収容所を訪れて容疑者とキスをしている」と明かし、告訴は虚偽との見方を示した。渡辺容疑者はこの女性と、カラオケパブで豪遊していた当時に知り合った可能性が高い。訴状によると、女性の住所はカジノ「オカダマニラ」に近い埋め立て地の高級マンションで、渡辺容疑者もかつては一緒に暮らしていた可能性がある。

イメージぶち壊し

 フィリピンは新型コロナの感染拡大が収束しつつある中、23年は6%台の経済成長に復帰すると予測されている。コロナ禍前の12~19年に8年連続で6%以上の経済成長を続けたフィリピンでは、通信環境の整備や治安の改善が大幅に進展。10年ほど前と比べても、汚職もかなり減りつつあった。

 アジアで最も親日感情の高い国の一つとされ、越川和彦駐フィリピン大使は「日本とフィリピンの関係はまさに黄金時代」と評した。日本のコミック、アニメはフィリピンでも若者に大人気だ。フィリピンに住む日本人駐在員の間では「日本人一般のフィリピンに対するイメージがようやく変わりつつあったのに、彼ら(の事件)がぶち壊した」と嘆く声も広がっている。

  (2023年2月7日掲載)


 石山永一郎(いしやま・えいいちろう) 1957年生まれ。91~95年に通信社のマニラ支局長を務めた後、2017年9月~21年8月までフィリピンの邦字紙「日刊まにら新聞」編集長。著書に「ドゥテルテ-強権大統領はいかに国を変えたか」、訳・解説書に「日本語で読む フィリピン憲法」など。

 

 

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