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12球団にプレーの動画、日本語の文は父に教わり…カナダ出身の山口アタルが日本ハムで第一歩

2023年01月30日15時00分

日本語は「猛勉強中」

 海の向こうからやってきた異色のルーキーが、プロ野球界で第一歩を踏み出した。日本ハムに育成ドラフト3位で入団した山口アタル外野手(23)だ。カナダで生まれ育ち、米テキサス大タイラー校を中退。昨秋、自らを球団に売り込み、入団テストを経て自身も驚く育成指名を受け、プロ入りの夢をかなえた。日本ハムはドラフト上位で投打二刀流の矢沢宏太選手(日体大)や、米大リーグのメッツ傘下3Aから加藤豪将内野手を指名。メジャー経験もある加藤が注目された中、もう1人、海外からの「逆輸入」となる日系人選手が入団した。

 山口は1月、千葉県鎌ケ谷市での新人合同自主トレーニングに参加。「本当に始まったな、という感じ。ここからいっぱいきついことがあると思うけど、明るくいきたい」。希望に満ちた表情を浮かべながら、「猛勉強中」という日本語で抱負を語った。2月1日からは沖縄県国頭村(くにがみそん)でのファームのキャンプで、ひたむきに汗を流す。(時事通信札幌支社編集部 嶋岡蒼)

 カナダのバンクーバー出身で、父は日本人、母はカナダ生まれのギリシャ人。8歳の時に野球を始め、日本には2年に一度程度、大阪府にある父の実家を訪れていた。少年時代は父の影響で阪神ファン。父と野球のテレビゲームをする際は「トリタニ(鳥谷)、カネモト(金本)、アライ(新井)と僕が言って、お父さんと遊んでいた」と笑顔で振り返る。

 日本ハムの試合は映像で見たことがあり、稲葉篤紀(現ゼネラルマネジャー)の打席で観客が飛び跳ねて応援する「稲葉ジャンプ」も知っている。2012年にカナダ代表として出場したリトルリーグのワールドシリーズでは、清宮幸太郎内野手と一緒に記念撮影をした。清宮は当時、優勝した日本代表、東京北砂リトルのエース兼主砲だった。これからはプロでチームメートになる。新庄剛志監督がかつて大リーグで活躍したことも知っている。その監督の下でプレーできることに、「ものすごくうれしい。英語で表現するなら『ベストシナリオ』ですね」と喜びをあらわにした。

動画をメール「返事が来るとは…」

 山口は昨年、大リーグ球団への入団は難しいと考え、ルーツのある日本のプロ野球を目指した。その手法は異例だ。「日本に何もコネクションがなかった」といい、12球団の公式ホームページにある問い合わせ窓口に、自ら撮影、編集したプレー映像をメールで送って売り込んだ。しかも2度も。父に日本語の文を教わり、打撃やダッシュ、垂直跳びや立ち幅跳び、ウエートトレーニングをする姿などを動画にまとめた。「最初に送った時は結構な数の球団が『ごめんなさい、こういう感じでは選手は集めない』と。あとは、返事がなかった、とか…」。何とか目に留めてもらおうと、新庄監督が所属する芸能事務所にまでメールを送った。

 そんな奮闘と努力のかいがあり、返信もあった。日本ハムを含む3球団だった。「まさか返事が来るとは」。これがきっかけで、日本ハムの入団テストを受けるチャンスが訪れた。10月に鎌ケ谷市の球団施設で、他の選手と一緒に参加。テストを視察した大渕隆スカウト部長が驚いた。目を見張ったのは山口のスイング。「静かなグラウンドで、ビュンという音が鳴り響いた。これはすごい能力を持っているのでは、と思わせた」

入団テストの合否、指名があるか否か

 少年時代のポジションは投手と内野手。大学に入ってからは投手に専念し、球速が最速153キロを計測したこともある。ただ、制球に難があり、投手でプロを目指すのは断念した。「ピッチングではプロにいく才能はないかなと思って。大学でコントロールが悪くなった。でも野球はやめたくない。フィジカルには才能がある(と自覚していた)から、打者に転向しようと思った」。そう判断した。ドラフト会議の約5カ月前、昨年6月のことだった。

 入団テストの合否は、ドラフト会議の結果次第。つまり指名があるかないか、ということだ。10月20日。大阪府にある祖母の家で運命の瞬間を待った。刻々と時間が流れ、育成ドラフトへ。最後の指名まで見られるライブ中継で、「北海道日本ハム 山口アタル 外野手」とのコールがあった。育成3位。「めっちゃびっくりした。名前を見て、うわっとなった」。日本球界では全くの無名で、隠し球的な存在。並外れた行動力と際立つ身体能力が、夢舞台への道を切り開いた。

海の向こうから「フィジカルモンスター」

 11月26日。札幌市内で新入団選手の発表記者会見が行われた。背番号「127」のユニホームに袖を通した山口は、すがすがしい表情だった。179センチ、89キロ。筋骨隆々の体格だ。大渕スカウト部長が「フィジカルモンスター」と紹介し、ファンに向けてこうアピールした。「海の向こうから日本球界に飛び込んできた夢と勇気のある若者」

 厳しいプロの世界で、育成選手の山口がまず目指すのは支配下登録。課題は、野手としての経験不足だ。そこは本人も自覚している。「打席に立ったことが(同期入団の)みんなより少ない。ノックを受けてきた回数もそう。フィジカルには自信があったけど、経験が足りないというギャップをこの1年で少なくしたいと思う」。新人合同自主トレでは精力的に練習に取り組み、何とか他の選手に追い付こうと努力する姿が見られた。「ずっと自主練習をやっていたから、みんなと一緒に練習できるのが楽しい」と話し、プロ野球界でプレーできる喜びもかみしめた。

日当たりのように、暖かい気持ちを

 同期入団の中ではムードメーカー的な存在だ。坂道ダッシュで周りの選手と積極的にコミュニケーションを取り、笑顔を見せながらきつい練習をこなした。「冗談とか結構言っています。できるだけ明るい雰囲気でやりたい。まだ日本のジョークはあまりうまくなくて、何回か滑った」と人懐っこい表情で言う。日本の練習にはあまりない明るい空気をもたらしている。

 「アタル」は日本人の父が名付けた名前。その由来を、うれしそうに明かす。「太陽光が当たる。その日当たりは暖かい。人に暖かい気持ちを与える―と。そういうところで暖かい雰囲気をつくりたい。そういう人になりたいと思っている」

新しい潮流のパイオニアに

 日系選手のドラフト指名はこれまでにもあった。ただ、その数は決して多くない。大渕スカウト部長は山口と会話をしてきた中で「米国にいる彼の知人の間では、『じゃあ、俺も日本にいこうか』と言い始める選手が出てきたそうだ」と語り、「彼が、あるいは加藤豪将が活躍していけば、新しい潮流として、米国にいる日系人選手が日本に来るという流れができるかもしれない。そのパイオニアになってほしい」。球界に新たな傾向を生み出す可能性を感じ取り、その期待感を抱いている。

 毎年多くの新人選手が入団する一方で、戦力外を通告されるなどして去っていく選手も少なくない。山口も、その厳しいプロ野球の世界で戦っていく覚悟はできている。「何をやるにしても全力。走っても守備でも打撃でも、ストレッチでも、全て100%の力で臨むところを見てほしい」。持ち前の明るさと行動力、抜群の身体能力を生かしながら、新風を吹き込む先駆者になれるか。

(2023年1月30日掲載)

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