育ててもらった恩返し
渋野日向子ならではの粋な企画と言える。2022年から米女子ゴルフツアーに本格参戦し、同年は19年に優勝したメジャー大会のAIG全英女子オープンで3位になるなど、米ツアーを主戦場としている渋野。シーズンオフの間、故郷の岡山市で「渋野日向子杯 第1回岡山県小学生ソフトボール大会」を主催した。昨年12月24、25の両日に岡山県野球場などで行われ、参加した小学生たちは寒さを吹き飛ばすように「クリスマスの熱戦」を繰り広げた。
ゴルフのトッププロになって久しい24歳の渋野にとって、子どもの頃に打ち込んだソフトボールは「全てにおいて、自分を育ててくれた」。その恩返しをしたいという意志で、「いつかこういう大会をやりたいと思っていた」との願望を抱いていた。周囲や関係者の協力を得て実現。自ら「ソフトボール愛が強い」と言い切り、第2回以降の継続開催にも意欲を示している。(時事通信社 小松泰樹)
渋野が小学生時代に所属していた岡山市の平島スポーツ少年団を含む県内の10チーム以上が参加した。12月24日に予選があり、25日は混合部門、女子部門それぞれの決勝戦など。加えて、さまざまなアトラクションやサイン会を実施し、会場は終日、熱気に包まれた。
「飛ばすこつ、教えて!」
25日には、かつてエースとして鳴らした渋野が始球式に臨んだ。打席に立ったのは岡山県総社市出身のソフトボール東京五輪金メダルメンバー、原田のどか選手(31)だ。特別ゲストで今大会に招かれた。こん身の一球、ストライク投球を形式的に空振りするかと思いきや、ミートして一塁へのゴロに。渋野の笑顔がはじけた。「まさか打ってくれるとは…。めっちゃうれしかった」。同郷でソフトボール五輪代表という憧れの先輩が、機転を利かせて「勝負」してくれたことに感慨深げだった。
決勝戦の後は、各チームから選手が参加するアトラクションの数々。一定の時間内にティーボール方式で何本の柵越えができるかを争う「ホームラン大会」や、「スピードボール大会」「ベースランニング大会」、さらに「スナックゴルフ大会」も。渋野は原田選手と一緒にグラウンドで場内解説。ホームラン大会で柵越え10本を放った選手に、ゴルフになぞらえ「(遠くに)飛ばすこつ、教えて!」と呼びかけるなどして盛り上げた。
小学生の熱意を活力に
渋野がこだわったのは、自らが現場、グラウンドにいることだ。自分の名を配した大会。「私も参加したい。そこにいたい。だから、皆さんに申し訳ないけれど、この時期になった」。そして感謝。「自分一人では開催できない大会が、こんなに早くできるとは思わなかった。たくさんの人に協力していただいた。めっちゃいい試合だった」
閉会式で小学生たちに向けてあいさつした渋野の言葉が、素直な気持ちを表している。「本当にありがとう。私の名前が付いて、こういう大会を開催できるなんて夢のようです。みんなが参加してくれたからこそ。(プロゴルファーの)私にとっても2023年の活力になります」。こうも付け加えた。「(試合で)悔しい時、うれしい時、泣きたくなる。そういう感情を表に出していいと思います」
同郷アスリート、心の交流も
「試合の涙」に関して、その後の記者会見で補足した。ソフトボールに熱中していた小学生時代。当時を思い出し、「大会で負けるたびに泣いていた。あの頃の感情は大事だよな、と気づいた」。原田選手には実物の金メダルを首にかけさせてもらったという。「鳥肌が立った。重みが違った。(自分も)もっと頑張らんといけんな、と思った。原田さんにはリスペクトしかないです」と実感を込めた。
原田選手も喜んだ。「素晴らしい大会に呼んでいただき、すごくうれしい。こういう大会を開催していただいて、ソフトボール選手としてもうれしい。子どもたちのプレーに刺激を受けた。勝ち負けに関係なく持ち味をぶつけ合う。その純粋な、真っすぐな姿を学んだ」。渋野の行動力に感心し、サポートしたいと思ったという。初めて間近で接した渋野からも、学びがあった。「人として学ぶべきことが多い。子どもたちに対する拍手にしても、まなざしにしても、一つ一つが大事なんだな、と」。トップアスリート同士が心の交流を深めたようだ。
夢を持たせてもらえる
女子の準優勝チームを率いた岡本幸之さん(47)も、大会を歓迎した。試合後は「小学生が夢を持たせてもらえる大会に参加できて、喜んでいます。素晴らしい場所(岡山県野球場)での、素晴らしい大会でした」と笑顔。岡山県美咲町職員の岡本さんは、美作(みまさか)ソフトボールクラブで指導し、中学女子チームの監督を務めている。同クラブのメンバーは渋野の母校、作陽高がある津山市を中心に構成され、今大会に向けて小学生の選抜チームをつくったという。「子どもたちがこれから中学、高校とソフトボールを続けられる土台づくりを大事にしたい」と意欲的に語った。
ソフトボールは24年パリ五輪の実施競技から外れたが、その次の28年ロサンゼルス五輪で復活する可能性がある。「渋野日向子杯」を経験した少女が後年、原田選手のように日の丸を背負うようなレベルに成長するかもしれない。渋野がもしゴルフの五輪代表になれば、一緒に大舞台ヘ―。そんなドリームシーンの期待も膨らむ。
渋野の初戦は2月下旬
23年の米女子ゴルフツアーは、過去2シーズンの優勝者が競ったトーナメント・オブ・チャンピオンズ(1月19~22日、米フロリダ州)で開幕し、日本勢は畑岡奈紗の5位が最高。渋野は第2戦のホンダLPGA(2月23~26日、タイ・パタヤ)から出場する予定だ。
米ツアーのメンバーとして2シーズン目。今季から同じ1998年度生まれの勝みなみが加わり、畑岡を含む「黄金世代」は3人になった。渋野と同時に参戦した古江彩佳と同じ2000年度生まれの西村優菜も。01年度生まれの笹生優花と合わせ、日本勢がツアーをにぎわせそうだ。「勝ちたい。優勝したい。そういう気持ちを1年間、忘れないようにしたい」。ソフトボールの後輩たちから力をもらった渋野は、そう誓った。
(2023年1月27日掲載)