「スキャンダルがバレ、アイドルを続けられなくなることはよくあります。切ないなあって。それで、『恋か、夢か』という選択をテーマにしました」。近畿地方を中心に活動する人気アイドルグループNMB48の現役メンバー安部若菜が、アイドル、そしてそのアイドルに恋する「オタク」の成長を描く青春小説「アイドル失格」(KADOKAWA)を執筆した。(時事通信大阪支社 小澤一郎)
人気アイドルを夢見て4人グループ「テトラ」で活動する17歳の高校生、実々花(みみか)、そして“推し”のアイドルを本気で恋愛対象とする「ガチ恋オタク」の大学生、ケイタが主人公。この二人の視点が入れ替わりながら、物語は展開していく。
安部にとって、自身の悩みにも向き合いつつの執筆だった。描いたのは恋愛だけではない。メンバー同士の仲は良くても、友情だけでは成り立たない厳しい世界。グッズの売り上げを競い、その結果次第で、次に出す新曲で真ん中で歌う「センター」が決まってしまう。そんなプレッシャーにさらされる日々。大好きなアイドルや他のメンバーと自分を比べて、うらやんでしまう心境も率直に書き込んだ。
「自分の経験も生かしつつ、ちゃんと実々花を創らないといけない。何回も、自分に目を背けたくなりながらも、実々花という一人の女の子を書こうと、向き合いました」
そんな苦心の末の完成。ファンの声も続々と届いている。「『最初は実々花と安部若菜を重ねていたけれど、途中から小説として、実々花として読めた』という読者からの声がうれしかった」と口元をほころばせる。
小説に挑戦したきっかけは所属事務所などが募集していた「作家育成プロジェクト」。「フィクションだったら、アイドル活動で経験した表に出せない悩みやつらいことも生かせるんじゃないか」と応募してみた。
もともと小説好きで、小学生の頃は、年間100冊ほど読んでいたという。衝撃を受けたのは、ミステリー作家・湊かなえさんの作品。「心理描写が細かく、人間の裏側を書いている」と感じ、今回の創作でも参考にした。「最初は正直、甘い気持ちでいた」というアイドルが、「風景や心境を言葉にするのが難しくて、苦戦」しつつ1年以上かけて本物の小説家になって産み出した渾身の一冊だ。
【以下、一問一答】
湊かなえさんの作品で好きな小説は何ですか?
一番印象に残っているのは「贖罪」です。小学生の頃に家の本棚にあったのを読んで、次の日、高熱が出ました。重すぎて、読んだら体調が悪くなるぐらいの作品ってあるんだと、すごく衝撃を受けました。だんだん自分が成長するにつれて共感できるところも増え、いつ読んでも、「すごいな」って思う作品です。
両親も本が好きで、家にある本を勝手に読んでました。ちょっとませた子どもでした。その時はまだ理解しきれない部分も結構あったんですけれど、それでも子どもながらにすごいと思いました。
ミヒャエル・エンデのファンタジー小説「はてしない物語」からも影響を受けたとか。
あの作品で、本格的に読書にはまりました。本の世界と現実を行き来する作品なので、自分も本の世界に入りたいと思って。夢中でした。勇気付けられる内容で、本を読むことでしか入り込めない世界が、今でも大好きですね。
本を読むことでしか入り込めない世界とは?
空想上の生き物やファンタジーの世界って、映画を見たら、見たままの内容にしかなりませんが、本ならどんなふうにでも想像でき、想像力次第でどこまでも楽しめます。登場人物に共感して、なりきって、一緒に一喜一憂するのが好き。それは文章ならではと思います。
今作のストーリーの着想は?
アイドルの恋愛の実態を書いたら面白いと思ったのと、自分も、いろんなファンの方やアイドルを見てきた中で、本当にファンのあり方って幅広いなあと思い、ファンとアイドルの関係を書きたかった。
ファンが幅広いとは?
性別も年齢も幅広い。小学生が握手会に来てくれることもあれば、60歳、70歳の方もいます。こんなにいろんな人が集まる場って、なかなかないなあとずっと思っていました。
安部若菜としてステージに立っている姿や、SNSに載せているものは同じなのに、見る人によって、すごい励まされたり、「元気出た~」と言われたり、孫のように見てくださる方もいたり、いろんな応援のされ方をしてるのがすごく面白い。
「アイドルとファン」っていうちょっと“いびつ”な関係がすごく好きで、その微妙さに興味がありました。
アイドル側とファン側、どちらが書きやすかったですか?
正直、ファン側の方ですね。私もアイドル好きだった経験もあり、ファン側の描写は、アイドルのライブに行っていた自分の経験を基にできました。
アイドル側は、実体験過ぎて意外と難しい。主人公が進路で悩む気持ちも、自分自身が悩んだ経験があるからこそうまく言葉にできなかった。「何を悩んでたんやろう」って思い出すところから始まって、「実々花はどんな風に悩むんだろう」って二重に考えて、時間がかかりました。
自身を誰に投影しましたか。「テトラ」の4人でしょうか?
実々花にもケイタにも投影されています。テトラのメンバーより、主人公2人に少しずつ自分が現われているのかな。
ケイタは、ひねくれていて面倒くさいところのある男の子。私にもちょっと面倒くさいところがあります。ケイタは私と同じ大学3年生で、周りが就職活動に向かっていく中で不安になるなど、意識したわけではないですが、似てしまいました。
アイドルとファンの関係をテーマにしようと思ったのはなぜ?
「アイドルは恋愛禁止」とされる中、ファンの方も「隠していれば恋愛してもいい」「恋愛なんてもってのほかだ」などいろんな意見があります。そういう話題が出て、論争が起きるたび、私も「アイドルの仕事ってなんだろう」ってよく考えます。
「恋をしていたとしても、表ではちゃんと仕事をしていればいいのか、隠しているから駄目なのか」と日々考えていました。アイドルの定義、自分なりのアイドルの信念に触れるテーマでした。
ラスト、実々花は人生を左右するような決断をします。いろいろな結末があったかと思います。
結末はすごく悩みましたが、やっぱり実々花っていう女の子は、こういう結末を選ぶのかなと思いました。違う道もあったんじゃないかなと思いつつ、主人公のキャラクターをしっかり決めて書いて、このラストになりました。何が「アイドル失格」なのか、「アイドル失格」とは何なのか、それぞれの「アイドル失格」を考えてもらえたらいいな。
「アイドルは恋愛禁止」とされていることの是非がたびたび議論になりますが、安部さん自身はどう思われますか?
結婚される方はすごく祝福したいと思うし、アイドルが長く活動できるようになってきたのもいい流れです。(恋愛や結婚は)すてきだなと思いつつ、週刊誌に撮られちゃうと、ファンの方からすると、なかなか祝福しづらいこともあります。アイドルが恋愛をしちゃいけないわけじゃないけれど、してもメリットがない世の中だとも思ってしまいますね。
アイドルをやっていて良かったこと、つらかったことは何でしょう?
「私を見ていて人生変わった」って言ってもらえたり、人の心を動かせたりする仕事は楽しいです。アイドルだからこそ、小説を書いたり、ステージに立ったり、いろんなことに挑戦できます。
つらかったこともいっぱいあるんですけれど、自分を他人と比べちゃうことが一番苦しい。最近は、自分のメンタルの扱い方もだんだん分かってきて、これはアイドルをやっていて良かったことでしょうか。
テトラのメンバーも、他のメンバーを意識してますよね?
意識しないようにはしていても、やっぱり人と比べてしまいます。
私からすれば「あんなにかわいいのに」と思っている他のメンバーでも、「かわいくない、自分なんて」って本当に悩んでいるのを見て、みんな人と比べるんだなって経験として思います。
安部さんにとって「アイドル」とは?
「青春」です。自分がアイドルをしていることも、アイドルを応援することも、若い女の子が一生懸命な姿を自分も体験、感じられるという部分も、若さゆえのきらきらしたところがアイドルの魅力なのかなと思います。
最近は、若いだけじゃないアイドルが増えて、アイドルの形も変わってきています。何歳になってもきらきらした姿が大好きだし、自分もそうありたいです。
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安部 若菜(あべ・わかな) 2001年生まれ、大阪府出身。18年1月、NMB48のオーディションに合格。22年1月から同チームM副キャプテンを務める。小説の他、落語や投資などにも挑戦中。
(2022年1月14日掲載)