動物園の人気者と言えば、ライオン?パンダ?それともオランウータン? いえ、今回は長い首が特徴のキリンのお話です。2022年、国内ではキリンをめぐる悲しい事故が相次ぎ、3頭が死んでしまいました。実は、キリンは絶滅の危険があるとされています。繁殖に影響はないのでしょうか。事故を防ぐ手だてはないのでしょうか。 (時事通信社会部 渡辺恒平)
園内で、輸送中に、相次いだ事故
まず2022年の事故について振り返ってみたい。
1件目は4月12日に発生した。神戸市立王子動物園から岩手サファリパーク(岩手県一関市)に移送中だった1歳の雌「ひまわり」が、トラックに載せた輸送箱の中で死んだ。体勢を変えようとするなどして転倒、首が曲がった状態になったことが原因と推定され、岩手サファリパークは、輸送箱内にカメラを設置するなど、動物への負荷軽減や安全を最優先として輸送するよう改善するとした。
2件目で犠牲になったのは、北海道旭川市にある旭山動物園の8歳の雌「結(ゆい)」だ。10月7日昼すぎ、餌を準備する作業台に頭を突っ込み、角が引っかかった状態で見つかった。死因は頸椎(けいつい)損傷。3件目が起きたのは約1カ月後で、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで11月8日、2歳の雄「ナギ」が、高さ約3.2メートルのエサ台にあった囲いと受け皿の隙間に角が挟まっているのが見つかった。
にょっきり主角「まるで釣り針」
2件目と3件目は、角が引っかかったり、挟まったりしたことが要因だ。キリンには、おでこや後頭部に5本の角があるが、ひときわ目立つのが、両耳の間に1対、にょっきりと伸びた主角。旭山動物園の坂東元・園長はこの主角を「ちょうど『返し』のついた釣り針のよう」と表現した。
旭山動物園では、事故が起きた作業台の側面のうち、キリンがいるスペースに面した方の隙間をふさいでいたが、事故は、ふさいでいなかった裏側で起きた。坂東園長は「裏側は想像していなかった。(キリンは)冷静になれば抜け出せただろうが、パニックになって暴れ、足を滑らせたのだろう」と悔しそうに語る。
アドベンチャーワールドの担当者によると、旭山動物園での事故を受け、飼育環境に同様の問題点がないか確認したが、特段の処置を執っていなかったという。「かけがえのないパートナーの生命を失ってしまったことを悔やんでいる。すべての動物たちが安全に過ごせるよう、今後も最善を尽くす」とコメントした。
年に1件あるかないか
記者は多摩動物公園(東京都日野市)の清水勲さんに取材を申し込んだ。清水さんは、全国で飼育されるキリンの血統を管理する立場にある。
年間に3件の事故が起きるのは多いのか少ないのか。記者の問いに対し、清水さんは2012~21年の10年間の事故死は6件で、「1年に1件あるかないか」と説明した。事故状況に関する過去の調査では、何かに体が挟まったことによる事故は全体の26%を占め、転倒(33%)に次いで多かったという。
事故はどういうときに起きるのだろうか。清水さんが例として挙げたのは、飼育施設の建て替えだ。キリンは長い首を上下左右に振って思わぬ所に頭を突っ込んでしまうことがあり、「新施設はきちんと考えて建ててもらっているが、『ここで挟まっちゃうのか』というような、想像もしない場所で事故が起きる」と語る。
「3日、3週間、3カ月」
記者が各地の動物園のホームページなどの発表を手集計した限りでは、2022年に死んだキリンは、事故を含め、少なくとも15頭に上った。「公式の集計はまだ」としつつ、清水さんの認識もそのぐらいだという。
例年と比べて多いのか、少ないのか。「毎年12~15頭くらいが死んでいる。特段多くもない」と清水さん。記者が調べた限りでは、0歳や1歳といった、若いキリンの死が目立ったが、「好奇心旺盛で一番はしゃぐ年齢のキリンは事故に遭いやすい。もともと虚弱で長く生きられなかった可能性もある」と説明した。
清水さんによると、大まかに「3日、3週間、3カ月」が危険な時期だという。虚弱体質だとそもそも3日も生きられない。生後3週間ともなると活発に動き回るが、経験に乏しいので事故に遭いやすい。3カ月たてば体は立派になるが、同居する他の動物との関係から、事故に遭うことがあるそうだ。「それを越えれば、精神的にも安定して落ち着いてくるので、事故も少なくなる印象」という。
繁殖に影響はなし
繁殖に問題はないのだろうか。国際自然保護連合(IUCN)の2016年の推計では、野生のキリンの成体は約6万8000頭。減少傾向にあるとされ、絶滅の危険性を表すレッドリストでは、絶滅の危険が増大している種(絶滅危惧Ⅱ類)に分類されている。
日本国内の動物園では、2021年末時点で雄98頭、雌95頭の計193頭が飼育されている。太平洋戦争終結後、各地に動物園が建てられるに従って増え、1989年には234頭を数えた。2013年には144頭に減ったが、このころから栄養管理などのノウハウの共有が進んで安定した飼育が可能となり、現在に至るそうだ。
昨今は、動物園も、それぞれの動物の生態に即した飼育をする「動物福祉」が求められ、単に数が増えればよいという時代ではなくなっている。193頭というキリンの飼育数は「ほぼいっぱい」という状況で、繁殖制限が提案されているのだという。
では、事故を防ぐにはどうしたらいいのか。清水さんは「各動物園の皆さん、しっかりやっているはずなのに、それでも起こってしまうのが事故。日々の観察や点検を徹底し、キリンに詳しい同僚がいなければ、他の動物園にアドバイスを求めることも重要」と話した。「事故で死んでしまうのはやはり不幸」とも。当たり前だが、健康で長生きが理想なのは、人間と一緒だ。
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ところで、ここまでキリン、キリンと書いてきたが、動物園によって「キリン」だったり、「アミメキリン」だったり、呼び方がまちまちだった。この点を清水さんに聞いてみると、「現時点では、日本ではキリンを1種9亜種に分類している」とのこと。キリンという大括りの下に、アミメキリンやマサイキリンなどの亜種が並んでいるという。
なお、アミメキリンはロスチャイルドキリン(ウガンダキリン)と交雑が進んだため、最近は「アミメ系キリン」とも呼ばれているそうだ。最近になって「実はキリンは4種に分類される」という学説も出てきたのだという。