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棚主の個性光る「シェア型書店」続々 こだわりの本棚で未知の世界へ【けいざい百景】

2023年01月18日13時00分

 数十センチ四方の本棚一つ一つにオーナーがいる「シェア型書店」という新しい形態の本屋が広がっている。「棚主」と呼ばれるオーナーは賃料を払ってスペースを借り、思い思いの本を並べる。本が売れれば収入を得られる。だが、むしろ個性が光るそれぞれの区画は、棚主にとって自己表現や発信の舞台。買い手にとっては一冊の本を媒介とした未知の世界への入り口となっている。(時事通信経済部 伊藤航介)

「棚主」は340人

 東京・神田神保町の古本屋街の一角にあるシェア型書店「PASSAGE(パサージュ)」。2022年6月にオープンしたパリのアーケード街風の店内には、バルザック通りなどフランスの実在の通りの名前が付けられた本棚が壁一面にある。現在、棚主は約340人おり、こだわりの詰まった本を陳列し、販売している。

 仏文学者の鹿島茂さんが立ち上げた書評サイトが運営しているだけあって、棚主には作家や書評家、編集者ら「本」に深く関わる人が多い。スペースは月額5500円から借りられ、本の売り上げの1割を店側に手数料として支払う仕組みだ。

 ふと目に留まったのは「ウクライナ・ノート:対立の起源」(花伝社)というグラフィックノベル。イタリアの漫画家の作品で、スターリン時代にウクライナで起きた過酷な飢饉(ききん)など現在につながるロシアとウクライナの対立の原風景が豊富な証言とイラストで描かれている。

 隣にはロシア語の同時通訳者で、06年に亡くなったエッセイスト米原万里さんの「旅行者の朝食」(文春文庫)。それにしても、他の棚に比べて、棚主のプロフィルや陳列している書籍に関する情報量が少ない。多分、コンセプトは「平和」なのだろう。そして異文化を「知る」ことの大切さも訴えているのではないか。勝手に想像を膨らませつつ、棚主のマレさんに連絡を取った。

「さぁ、行っておいで」

 「その時その時でこれはと思う本を置いているだけで、他の棚主さんのように強いこだわりを持って選んでいるわけではないんです」。そう控えめに語るマレさんは出版社に勤務する女性。

 棚主名のマレは、滞在していたパリの地区の名称。伝統的なユダヤ人コミュニティーやLGBTカルチャーなどが混在する多様性に富んだ地域で、「特にしばりはない」と笑うマレさんの本棚のコンセプトにぴったりの名前という気がする。

 ルールがないわけではない。他の棚ではあまり扱っていないグラフィックノベルは意識的に並べるようにしているそうだ。ノンフィクションが多いのは「コロナ禍以降、小説の世界にうまく入っていけないと感じることがある」から。理由は自分でも分からない。プライベートではノンフィクションの作品を手に取る機会が増えたという。

 昨秋の「神保町ブックフェスティバル」には「塹壕(ざんごう)の戦争:1914-1918」(共和国)というグラフィックノベルを出品。促されて添えたメッセージには、戦争終結への思いを記した。仕事柄、SNSで本を紹介することもあるが、パサージュに並べるのは、自身の書架から巣立ち、「誰かに見つけてもらいたい本」。「さあ、行っておいで」と送り出すようにして選ぶという。

 「本棚一つ一つが棚主さんにとっては自己表現の場。本が売れるということは自己承認にもつながる」。そう話すのはパサージュの運営会社の社長で、鹿島さんの次男でもある由井緑郎さん。本が売れると、棚主にはすぐにメールが届く仕組みで、「何十万部と売れている作家でも、自身の棚に並べた著作が売れるとうれしいみたいです」と笑顔で話す。

 ネット通販で本を買うのは簡単だ。だが、由井さんは、パサージュに並ぶのは棚主の思いがこもった「強いパワーを持った本ばかり」であり、「実際に手に取って本との出合いに刺激を受けてほしい」と話す。今月下旬には同じビルの3階にラウンジもオープン、本好きのコミュニティーのような空間をつくりたいと話した。

「交流の場」にも

 横浜・馬車道に21年6月にオープンしたシェア型書店「LOCAL BOOK STORE kita.」は、20~80代の約60人の棚主が、38センチ四方の本棚で個性あふれる「本屋」を展開している。コワーキングスペースの一角につくられたシェア型書店について、運営責任者の森川正信さんは「散歩のついでにふらっと立ち寄って交流できる場所」にしたいと話す。

 コロナ禍でコワーキング・スペースの利用者らによる交流イベントなどの開催が一時難しくなる中、横浜に住む人や横浜を訪れる人々に開かれた場所をつくりたいとの思いでオープン。時には、棚主自らが一日店長となって、読書会や座談会のイベントを開催することもある。

うさぎ本、地域をつなぐ

 うさぎに関する本だけを並べている「本屋うさぎ道」を開設した米澤智子さんの本業は中小企業診断士。コロナ禍でテレワークとなったことなどがきっかけで、うさぎを飼い始めたものの、犬や猫と違ってうさぎの飼育本は一般の書店では入手がしにくく、ネット通販などで探しては買い求めていった結果、蔵書は増えるばかりだ。

 そこでシェア型書店への出店を決意。最初は飼育本など5~6冊から始めて、今ではうさぎの写真集や絵本なども含めて30冊程度を陳列している。本屋うさぎ道の評判を知って交流が生まれた絵本作家の作品やSNSで勧められた本なども並べるうちに書架が充実していったという。

 「SNSのフォロワーが、近くにあるピーターラビットカフェや横浜駅にあるディックブルーナ・テーブルとセットで『横浜うさぎ名所』として紹介してくれた」と話す米澤さん。干支(えと)の卯(う)年やうさぎ業界が盛り上げるという3月3日の「耳」の日にちなんだ仕掛けも構想中だ。

 19年に東京・吉祥寺にオープンした「ブックマンション」の管理人の中西功さんは、「シェア型書店」を広めた仕掛け人的存在。「本という文化が廃れるのはさみしい」との思いから、新しい形態の本屋の可能性を模索。棚主と運営側の双方にとってリスクが小さいシェア型書店に行き着いた。同様の形態の書店は全国に広がっており、本を媒介に新たな人のつながりも生まれている。

(2023年1月18日掲載)

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