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日銀、突然の“利上げ” その背景と家計への影響は【解説委員室から】

2023年01月11日13時00分

 日銀が昨年12月の金融政策決定会合で、長期金利の変動幅拡大を決定した。日銀は従来の大規模緩和は「現状維持である」(黒田東彦総裁)と強調するが、変動幅の拡大で長期金利は上昇。住宅ローンの金利が上がるなど、「事実上の利上げ」(大手邦銀アナリスト)に等しい影響が出ている。日銀が突然“利上げ”した背景と、今後、家計に及ぶ影響を読み解いてみたい。(時事通信解説委員 窪園博俊)

【目次】
 ◇「現状維持」と言い張っても
 ◇効果続かなかった黒田バズーカ
 ◇YCCの欠陥と安倍氏の死
 ◇住宅ローン金利は、預金金利は

「現状維持」と言い張っても

 昨年12月19、20日開催の金融政策決定会合は、事前には「無風で終わる」(銀行系証券アナリスト)とみられた。足元で消費者物価は上昇し、目標である2%を超えたが、日銀はかねて「(物価上昇率は)プラス幅を縮小していく」(黒田総裁)とし、大規模緩和を堅持する方針を強調していたからだ。「金融政策は微動だにしない」(同)と予想された。

 ところが、日銀は金融市場の予想を覆し、長期金利の変動幅を拡大させた。理由は、詳しくは後述するが、「市場機能への配慮」である。これまで長期金利はゼロ%を中心に上下0.25%の範囲にとどめていたが、今回、変動幅を上下「0.5%」と2倍に拡大。この決定で0.25%前後で推移していた長期金利は0.5%近くに水準を切り上げた。その余波は長期固定の住宅ローンにも及び、借り入れ金利の上昇をもたらした。

 金融政策は「現状維持」なのに利上げに等しいことが起きたのは、長短金利を操作する緩和策(イールドカーブコントロール=YCC)が行き詰まったからだ。YCCに至る軌跡は、要は「弥縫(びほう)策の積み重ね」(日銀OB)だったが、もはやごまかしが通用しなくなり、“利上げ”に追い込まれた、というわけだ。

効果続かなかった黒田バズーカ

 ここでYCCに至る軌跡を簡単に紹介したい。発端は2013年にさかのぼる。当時、首相だった安倍晋三氏は、アジア開発銀行(ADB)総裁だった黒田東彦氏を日銀総裁に任命した。安倍氏は「デフレは貨幣現象であり、金融政策だけで脱却できる」というリフレ思想の持ち主で、同様の考えを持つ黒田氏を総裁に抜擢。リフレ政策の実行を委ねた。

 黒田総裁は期待に応え、国債爆買いによる異次元緩和(黒田バズーカ)を断行。当初、円安・株高が進み、物価も上がる気配を見せたが、翌2014年に原油急落などが痛手となり、物価は失速。ここでリフレ思想の空振りを認め、バズーカを撤収すべきだったが、黒田日銀は国債爆買いを継続。ところが、購入できる市中国債が枯渇し、異次元緩和の行き詰まりが懸念された。

 これを避けるべく、2016年になって突如、マイナス金利を導入した。黒田日銀としては起死回生の緩和策だったが、残念ながら銀行の収益悪化懸念から株価は下落。リスク回避の円高も招いた。さらに、長期金利もマイナス圏に水没。運用収益の枯渇から生損保の経営が不安視され、慌てた日銀は長期金利をマイナス圏から引き上げ、ゼロ%に誘導する方策を取った。これが現在のYCCの起源である。

YCCの欠陥と安倍氏の死

 このYCCには重大な欠陥があった。長期金利が本格上昇すると市場機能が喪失するのだ。上昇圧力が弱いと、長期金利は低位の範囲で上下動する。ところが、現在のように世界的にインフレが進行し、欧米金利が上昇すると、日本の長期金利も連動しやすい。長期金利はまず旧上限の0.25%に到達。日銀は同水準を防衛するために無制限で国債を購入した。

 単に防衛するだけならいいが、0.25%に張り付いてこう着すると、市場取引が極端に低迷する。売られる国債の大半を日銀が吸収し、市場間取引が枯渇しやすい。市場機能の重大な喪失であり、日銀はやむなく、一段の上昇を容認するしかなくなった。また、0.25%を死守すると、内外金利差がさらに拡大して「悪い円安」が再燃。企業・家計から改めて強い批判を浴びる恐れもあった。円安を阻止する財務省の通貨政策との矛盾も深まる。(参考記事 為替介入の「弾薬」が尽きれば万事休す 政府・日銀のちぐはぐな戦術で無駄玉が続けば敗色濃厚?

 黒田総裁は昨年6月、「家計は値上げを許容」との失言で激しいバッシングを受けた。賃金も上がらない中での物価高が批判されるのは当たり前だが、「物価さえ上がればデフレ脱却である、というリフレ思想が国民から全否定された」(先の大手邦銀アナリスト)ようなものだ。また、安倍氏の悲劇的な死で、リフレ政策を実行する黒田日銀への政治的な支持も失われた。(参考記事 「家計は値上げ許容」 黒田「前代未聞」失言生んだ日銀ロジック

 日銀としてはもはや0.25%を死守する意義は薄れ、市場機能を復活させるために金利変動幅の拡大を余儀なくされたのだ。金融政策は「現状維持である」との言い分は「単なる詭弁(きべん)」(別の日銀OB)であり、要は「長期金利を誘導するYCCが崩壊した」(大手運用機関のファンドマネージャー)と受け止められる。

住宅ローン金利は、預金金利は

 YCCがもはや機能しないことは明白であり、遅かれ早かれYCCは解除され、長期金利は誘導対象から外れて自由変動に移行するのは間違いない。家計にとって気になるのは、どこまで長期金利は上がり、住宅ローンの金利がどの程度の影響を受けるか、であろう。

 長らく続いた大規模緩和の修正は、巨額の財政赤字を背景に金利急騰を招くとの懸念も起きやすい。ただ、長期金利は、YCC解除で一時的に動揺するだろうが、最終的にはファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に沿った水準に落ち着く。日本経済は低成長・低インフレが常態化し、長期金利も「上がるにしても、最終的には欧米対比でかなり低い1%弱の水準にとどまる」(外資系ファンド幹部)とみられる。

 大手銀行の住宅ローン金利(長期固定)は、日銀の変動幅拡大で0.25%程度引き上がったが、今後、長期金利が自由変動すると0.5%程度は上がる可能性があるかもしれない。一方、政策金利に連動する住宅ローンの変動金利の上昇は限定的だろう。マイナス金利が解除されても、低成長下でもあり、政策金利は「上がっても0.25%程度」(同)とみられるからだ。

 このほか、マイナス金利が解除されると、預金利息が若干ながらも引き上げられる可能性が高い。まとめると、住宅ローン金利は長期固定の引き上げ幅がやや大きく、それに比べて変動金利の上昇は限定的とみられる。YCC解除に際しては金利急騰をあおる論調が出やすいが、動揺する必要はないだろう。

(2023年1月11日掲載)

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