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少子化対策、若者の格差埋めよ 中央大・山田昌弘教授に聞く【政界Web】

2023年01月27日

 「異次元の少子化対策に挑戦する」。岸田文雄首相の年頭記者会見での発言が反響を呼んでいる。1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計を示す合計特殊出生率が、当時の過去最低「1.57」を記録した1989年を契機に、政府はさまざまな少子化対策に取り組んできたが、歯止めはかかっていない。昨年の出生数は、国立社会保障・人口問題研究所の推計より8年前倒しで80万人を切る可能性があり、想定を上回るスピードで少子化が進んでいるのが現状だ。政府の対策に足りなかったものは何だったのか。少子化問題などを研究する山田昌弘中央大教授(家族社会学)は「若い人たちの格差を埋めることが一番重要だ」と指摘する。(時事通信政治部 川上真央)

【政界Web】前回は⇒「増税で福祉無償化」永田町が注目 慶大・井手教授が唱えるこの国の理想

【目次】
 ◇政府は本気で取り組まず
 ◇非正規に届く政策を
 ◇コロナ禍の影響、今後も続く

政府は本気で取り組まず

 ―政府は90年代から少子化対策に着手してきたが、出生数は低下している。

 90年代は出生数が減らなかったから、あまり重要視されなかった。子どもの数が減っていないと危機感がない。「30年」というのが重要で、ほぼ一世代だ。少子化になってから生まれた人が今、親になっているわけだから、(子どもの数は)減る。最低でも25年前から分かっていたことだ。政府があまり本気でやらなかったのは、少子化対策の効果が出るのは30年後だからだ。目先が重要で、30年後、40年後まで考える人はほとんどいなかったというのが、今まで関わってきた感想だ。

非正規に届く政策を

 ―少子化が進んだ要因をどう分析しているのか。政府の対策に欠けていた視点は何か。

 直接の要因は結婚する人が減ったことだ。バブル崩壊以降、安定した収入の男性と不安定な収入の男性の間で、はっきり格差が生じた。日本では男女共同参画が進まず、男性の給料でやっていかなければならない。収入が安定した4分の3の男性は結婚し、収入が不安定な4分の1の男性がなかなか結婚できない。それが30年間続いたから、子どもの数が減った。副次的な要因は「パラサイト・シングル」だ。親と同居しているから、収入の低い男性と結婚するくらいだったら、このままの方がいいと思っている。

 日本人にとって、結婚や子育ては経済の問題だ。将来の安定した収入が見込めなければ、子どもをたくさん生まない。そもそも、子どもを生まないし、結婚しない。日本人はリスクを嫌うため、4分の3は結婚し、4分の1は結婚しない。その4分の1が見捨てられ続けてきたのがこの30年だ。

 ―政府に欠けていたのも、この4分の1に対する政策か。

 「格差」というものを政府は言いたがらない。政府は今まで、男性も女性も正社員で働いていることを前提にした対策しか行ってこなかった。結婚せず、子どもを生みたくても生めない一番のボリュームゾーンである非正規やフリーランスの男女への対策は、ほとんどなされてこなかった。

 ―首相は、児童手当など経済支援の強化、子育て家庭へのサービス拡充、働き方改革の推進を掲げた。

 全部やらなければならないが、結婚してこれから子どもを生む人たちの中でも、経済的に安定している人たち向けの対策だ。少子化の主因である非正規の男女にどれだけ届くのか。若い人たちのいろいろな意味での格差を埋めることが一番重要だ。今までの政策に少し足したくらいで少子化が解決するわけがない。

コロナ禍の影響、今後も続く

 ―日本だけではなく、中国など東アジア各国でも少子化が進んでいる。

 子どもにお金をかけられないような結婚・子育てはしないということだ。日本、韓国、中国は親子のつながりが夫婦のつながりよりも強い。欧米では、子どもは夫婦の「愛情の証し」で、18歳まで育てればお役御免だが、東アジアのいわゆる「縦社会」の文化においては、相当長期にわたって育てるため、費用もかかる。子どもに惨めな思いをさせたくないというのは東アジア共通だ。だから、台湾や香港、シンガポールは子育てしやすい環境にもかかわらず、子ども1人当たりに教育費をかけなければいけないので、子どもの数が少なくなる。

 ―政策も重要だが、企業や地域社会を含め、社会全体が変わっていく必要もある。

 新卒一括採用と正規・非正規差別をやめなければいけない。正社員の方が企業にとって社会保障のコストが高く、日本は企業に福祉を押し付けている。このため、非正規社員と正規社員に差をつけざるを得ない。正規社員と非正規社員の格差をなくして中途採用を増やす、生産性の低い中高年男性の待遇を見直して若い人を男女の差なく手厚く処遇する、管理職も含め30~40代は午後5時で帰宅させるということをやってほしい。

 ―22年の全国の出生数が、統計開始以来初めて80万人を下回る可能性がある。新型コロナウイルスの流行によって、結婚や妊娠を控える傾向があったことが要因とみられる。

 不安定就労の人に最大の打撃があった。何かあったらお金がなくなり、子育てにかけるお金がなくなるのではという不安が強まったのではないか。世界的な傾向だが、日本や東アジアではこの影響は長く続くのではないか。コロナが収まれば、みんな結婚して、子どもを生むようになるかというと、そこまで甘くはない。

 山田 昌弘氏(やまだ・まさひろ)1957年東京都生まれ。東大大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京学芸大教授などを経て、2008年から中央大教授。専門は家族社会学。著書に「少子社会日本」(岩波書店、2007年)「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」(光文社、2020年)など。

(2023年1月27日掲載)

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