習近平政権が異例の3期目に入った中国で、極端なゼロコロナ政策に抗議する「白紙運動」の後も市民の不満が噴出する騒ぎが相次いでいる。政権指導部は習派で固められて、トップの個人独裁色が濃くなったにもかかわらず、政治的統制力はかえって緩んでいるように見える。(時事通信解説委員・西村哲也)
謎の「孫文」デモ
河南省周口市で1月2日夜、地元住民と警官隊が衝突する事件があった。インターネット上に流れた映像や情報によると、一部の住民が市当局の規制を無視して花火・爆竹で新年を祝ったためで、パトカーが破壊されるなどの騒動になり、6人が拘束された。
ネット上では、若者がパトカーの上に乗っている映像が広まっており、警察側が一時、事態をコントロールできなくなっていたことが分かる。
中国では昔から、祝賀のために大量の花火・爆竹が使われて、負傷者が出たり、火事を起こしたり、大気を汚染したりするため、場所や時期によって使用が禁止されてきた。習政権が特に規制を強化したわけではないのだが、この種の衝突は極めて珍しい。
ゼロコロナ政策で不満が蓄積していた上、経済の不調で失業者が多いという事情から、群衆による騒ぎが起きやすくなっているとみられる。
江蘇省の省都・南京市でも同1日未明、不思議なデモが起きた。大群衆が市中心部の広場にある孫文像の周りに押し寄せて、献花したり、風船を飛ばしたりした。映像を見る限り、警官が積極的に阻止しようとする動きはなく、群衆側も年越しのカウントダウン以外に政治的スローガンを叫ぶことはなかった。
国民党の創設者である孫文は中華民国の初代臨時大総統になり、南京を首都とした。共産党も革命の先駆者として高く評価している。孫文像周辺に集まった人々の意図ははっきりしないが、共産党以外の歴史的人物を称賛することで、共産党に対する不満を間接的に表明したのかもしれない。
ゼロコロナ終了でトラブルも
昨年11月下旬の白紙運動直後の12月にも各地の医科大学で学生たちが異例の抗議を行っていた。台湾の中央通信社電によると、同月11日から12日にかけて、江蘇、福建、江西、四川、雲南5省の医科大学で抗議の動きが続発。病院で雑務の仕事をさせられても月1000元(約1万9000円)しかもらえない、医療用マスクが支給されない、冬期休暇もなしに働かされるといった待遇への不満が原因だった。
医学生の抗議がこのように集中して行われるのは不自然で、各地の医学生が何らの形で連絡を取り合った可能性がある。
中国政府の方針転換でゼロコロナ政策は終了したが、それに伴うトラブルも起きている。1月8日の香港紙・明報によれば、重慶市で同7日、新型コロナ検査の薬品を生産していた工場でリストラされた1000人以上の労働者がデモを行い、警官隊と衝突した。この工場は受注が大幅に減り、数千人が解雇された。デモ隊の一部は工場の設備を破壊し、製品に放火したという。
習主席「異なる要求は正常」
昨秋の第20回党大会で権力を拡大した習近平国家主席(党総書記)はさぞかし危機感を強めていると思いきや、恒例の国民向け新年メッセージ(12月31日)で「中国はこのように大きいので、さまざまな人々に異なる要求があり、同じことに対しても異なる見方があるのは正常なことだ。意思疎通と協議で共通認識をまとめればよい」と述べ、「団結」を呼び掛けた。
何に関する要求や見方なのか、習氏は説明しなかった。しかし、国営通信社の新華社は1月8日、習指導部がいかに適時、適切にコロナ対策を「適正化」したかを宣伝する論評で「人口が14億人以上の中国では、さまざまな人々に異なる要求があり、同じことに対しても異なる見方がある。広い範囲で共通認識をまとめ、科学的に政策を決めることが、(新型コロナの)防止・抑制戦略調整のカギとなる」と指摘した。
中国公式メディアの論評は政権首脳の意向に沿って書かれるので、この文章は習氏の考えを示したものだろう。習氏が新年メッセージで言及した「要求」はゼロコロナ政策に対する不満や異論を指していたと思われる。
独裁政権のトップとは思えない寛容な姿勢だが、白紙運動でゼロコロナ政策転換を強いられた形になった上、当局に公然と逆らう騒動が頻発する状況が続けば、習氏の威信低下は免れない。社会主義体制下では指導者の政治的軟弱は命取りになる恐れがある。「第2の毛沢東」を目指す体制を始動したばかりの習氏は、危機管理の政治手腕を問われることになる。
(2023年1月11日掲載)