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【中国ウオッチ】中国軍で大粛清か─習主席の行動にも異変

2023年09月11日14時00分

 中国軍で大規模な粛清が進行しているようだ。核ミサイルなどを保有するロケット軍の司令官らが解任されたほか、消息不明や自殺とみられる不審死のケースが続出。不穏な政治情勢の下で習近平国家主席(中央軍事委員会主席)の行動にも異変が見られる。(時事通信解説委員・西村哲也)

異例の同時更迭と不審死

 「事件はすべて調べ、腐敗はすべて罰する」。ロイター通信などによると、中国国防省報道官は8月31日の記者会見で、ロケット軍司令官と政治委員が更迭され、魏鳳和前国防相(初代ロケット軍司令官)の動静が全く分からないことについて問われ、こう答えた。「反腐敗」絡みであることを事実上認めた形だ。

 中国軍では7月31日、ロケット軍の李玉超司令官と徐忠波政治委員が解任されたことが公式報道で判明した。ロケット軍は陸海空軍と同格の大部隊で、その両首脳が同時に交代するのは極めて異例。ロケット軍については、香港メディアなどで、司令官らが軍内の共産党規律検査委員会に調べられていると報じられていた。

 後任の王厚斌司令官は海軍出身、徐西盛政治委員は空軍出身。ロケット軍司令官が他の軍種から起用されるのは初めてだ。副司令官や副政治委員の更迭説もあり、同軍の首脳陣全体が粛清された可能性がある。

 粛清の規模から見て、単なる不正や不祥事が原因とは考えにくい。OBも含むロケット軍全体と習主席の間に何らかの政治的対立が生じたということであろう。中国の権力闘争では、完全な敗者は不正の有無にかかわらず、「腐敗分子」として断罪される。

 7月4日にはロケット軍の元副司令官が死去。当初「病死」と伝えられたが、その後、自殺だったことが明らかになっている。粛清がOBにも及び、追い詰められたとみられる。

 同軍以外でも、国家主席ら政権最高幹部の警護を担当する党中央警衛局長(中将)をかつて務めた王少軍氏の死去が7月24日に発表された。これも病死とされたが、公表が死亡から約3カ月もたっていたことから、死因を疑う声もある。

軍内の「反腐敗」拡大

 異変が起きているのはロケット軍だけではない。サイバー戦や宇宙戦などを担当する戦略支援部隊の巨乾生司令官も公式行事の欠席が続き、失脚のうわさが流れている。同部隊では昨年、宇宙部門の責任者だった副司令官がいったん、第20回党大会の代表(代議員)に選ばれたのにもかかわらず、その後、外された。いまだに消息不明で、規律検査委に拘束されたと思われる。

 さらに、中央軍事委の装備発展部は7月26日、全軍の装備調達に関する不正の情報提供を求める公告を出した。対象期間は2017年10月以後とされた。習政権が2期目に入った第19回党大会以後ということになる。

 習主席の盟友で、軍の制服組トップである中央軍事委の張又侠副主席は装備発展部の初代部長だったが、第19回党大会直前に部長を退任していたので、対象外となる。主な対象は習政権2期目と重なる第2代部長の時期。李尚福・現国防相が部長だった頃である。李氏は戦略支援部隊の副司令官・参謀長を務めたこともある。

 また、全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会は9月1日、軍事法院(裁判所)の程東方院長を解任した。在任わずか8カ月。通常の人事と異なり、後任の発表はなかった。何らかの事情で急きょ更迭された可能性があるが、軍内治安部門の要職に異動したとの説もある。

 一方、党中央と中央軍事委は軍内を政治的に引き締めるキャンペーンを展開。7月以降、習主席の東部戦区視察や全軍党建設会議、党政治局集団学習などで繰り返し軍内の党組織建設や反腐敗の重要性を強調し、党の軍に対する「絶対的指導」の堅持を求めた。軍側の忠誠心を確認する必要が生じているようだ。

謎の欠席相次ぐ

 今年、習主席の外国訪問はこれまでにわずか2回。ロシアと南アフリカで、いずれも訪問先の周辺国には行かなかった。コロナ禍前の2019年、7回の外遊で計13カ国を訪れたのと比べると、大きく減っている。

 習主席は9月9~10日の20カ国・地域(G20)首脳会議(インド・ニューデリー)も欠席し、代わりに政権ナンバー2の李強首相を派遣。国境問題を巡る中印対立が原因との見方もあるが、8月22~24日に南アで開催された新興5カ国(BRICS)首脳会議で、習主席はインドのモディ首相と同席している。インド開催に不快感を示すのが目的ならば、政権最高指導部(党政治局常務委)メンバーではない王毅外相(党政治局員)ぐらいの「軽量級」を出すところだろう。

 そのBRICS首脳会議で、習主席はビジネスフォーラムで予定されていた演説を急きょ取りやめ、同行の閣僚に代読させた。体調を崩したのかと思われたが、その後の行事には参加しており、何らかの緊急事態に対応していた可能性がある。

 そして、習主席は南アから帰国した直後、北京ではなく、新疆ウイグル自治区のウルムチで大規模な会議を開催。外遊同行者や地元高官に加え、わざわざ北京から軍制服組首脳や治安部門トップらも参加させ、「安定」の重要性を何度も強調した。

 また、前述の全軍党建設会議(7月20~21日)は軍事関係の最重要行事だったが、中央軍事委を率いる習主席は「重要指示」を伝えただけで、出席しなかった。9月2日のグローバル・サービス貿易サミットも、北京市内で開かれたにもかかわらず、オンラインで演説した。

 習主席の一連の行動はあたかも、自らの身の安全や政情の安定に関して何か不安を感じているかのような印象を与える。その主な原因が軍との関係にあるとすれば、3期目の習政権は重大な不安定要素を抱えていることになる。毛沢東、鄧小平時代を見れば分かるように、中国共産党政権では往々にして、軍の意向が政局の行方を大きく左右するからである。

(2023年9月11日)

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